秘密を教えてさしあげます
夏休みを目前に控えた土曜日、駅前で待ち合わせたゆっこは、挙動不審なくらい、ソワソワキョロキョロしてた。
「ゆっこ、お待たせ」
「りこ!!」
好奇心と期待を隠しもしない、満面の笑みで振り返ったゆっこに、今日のこれからを思うとちょっぴり罪悪感がわく。
「もう!楽しみすぎて落ち着かないんだよー」
「みたいね。お昼はちょっとしたサプライズもあるから、楽しみにしてて」
「うっそ、鼻血でそう」
むしろドッキリ企画だけどね。
2人で話しながらゆっくり歩いても、駅からは15分ほどしかかからない。
さして特色もない、よくある3階建のアパートはセキュリティだけはやけにこだわった駿兄のセレクトで、オートロック式だ。
エントランスでカードキーと指紋認証で解錠する様子を興味津々で見てたゆっこは、「初オートロック!」って変な感動をしてた。
「わ、かっこいい部屋!」
「インテリア関係は兄に任せてるの。ゆっこが誉めてたって言っておくよ」
「お兄さんのセンス良すぎ」
「まあ本業だからね」
全体的にブルックリンスタイルに統一されたインテリアは、雑貨メーカーの営業職である駿兄のセレクトだ。間接照明の位置とか観葉植物の配置にもこだわって置いてある。
これで、物が散乱さえしなければ、本当にオシャレなんだけどね。
アイスティーを淹れてゆっこが待つ自分の部屋に戻ると、駅と同じようにキョロキョロと忙しなく見渡していた。
「何か珍しいものでもあった?」
「何もない。てか、物がなさすぎじゃない?シンプルなの、りこのイメージぴったりだけど。アタシの部屋きたら、びっくりするよ?」
「うん、なんか想像できるよ」
オシャレなゆっこは、洋服とかメイクの小物とか、とにかく沢山物が溢れてそうだ。
しばらくは、学校の話や、最近新しく出来たお店のことでもりあがってたけど、唐突に「で?」とゆっこがニヤリと笑って問いかけてきた。
「なんかアタシに話があるんでしょ?」
「・・・わかりやすかった?」
「アタシは嬉しいんだけど、家によんでくれたのも、学校とかじゃ話しづらいからじゃないの?」
「うん・・・・・・実はさ」
少しゆっこの様子をうかがいつつ、野呂君とのアレコレを話していくと、額を押さえたゆっこが、しまいには頭を抱えてしまった。
「・・・・・ごめん。気を悪くした?」
「なんでよ、違う。りこ、確認だけど。もしかして、もしかしてよ?アタシが雅也のこと好きかもーなんて思ってたりする?」
「・・・・・・・・・・うん」
だからこそ、なかなかゆっこに話せなかったんだ。
「ちっがーーーう!!違うって!!」
「だって、野呂君を切なそうに見てたりしたから、そうなのかなって」
「あああああ、誤解!誤解だよー。アタシは、なんつーか、昔馴染みがカレカノ作って、ずっと同じようにはつるめないんだなって、少し寂しくなっただけなんだよぉ!」
ゆっこはスマホを取り出すと、「じゃーん」と、一枚の画像を見せてくれた。
「わ、みんなちっちゃいね」
「大和も雅也も、親がもともと友達でさ。まだこんなちび助の時から遊んでんのよ」
「ただの同級生ってだけじゃなかったんだ」
「そ。だからこそ、なんつーか、子離れ?親離れ?そんな感じの寂しさっての感じただけなんだよ」
それにしても、とゆっこがアイスティーをぐびりと飲み干した。
「最近、やたらりこにちょっかいかけるなーとは思ってたけど、本気だったとはねー。意外」
「意外って。野呂君は昔から人気者だったでしょ?モテたんじゃないの?」
「あたらずさわらずって感じでね。こんなに自分からぐいぐいいくの、雅也にとっては初めてじゃないかな。少なくともアタシは見たことないよ。で?デートはいつするの?」
デート、の単語に顔がひきつりそうになる。
「一応、夏休み中・・・ねえ、デートってなにするの?私、正直まだ野呂君への気持ち、全然わからなくて。むしろちょっと怖くなっちゃって」
「そんなに真剣に考えなくて平気だよー。うちらと遊んでる延長だと思えばいいんだって。強引に雅也が誘ったんだから、全部任せちゃえばいいんだし、つまんなくなったら途中で帰っちゃえ!」
「無理だよぉ、もうっ他人事だと思って」
からからと笑うゆっこに「そのくらいの軽い気持ちで大丈夫だよー」と言われ、ホッと息をついた。
「不安だったら電話でもなんでも繋がるうにしとくから、連絡してよ?」
「うん、ありがと。あー話せて良かった。これからはゆっこに相談できるってだけでも、すっごい気持ちが楽になったよ」
「そ?よかったぁ!ちなみにアタシのタイプは、りこのお兄ちゃんとか、どストライクだから!だから、今日のお昼がすっごい楽しみ!」
ちょうど話題の駿兄から、飲み物だけ買って、こっちに向かうってメッセージが入ってきた。
いつの間にかもう、お昼間近だ。
今日は駿兄たちとゆっこと、みんなでお昼を食べる約束なのだ。
そう、駿兄と。
「今からこっちにくるって。あ、駿兄の友達もいるけどいい?」
「もちろん!!イケメンならもっといい!!りことたこパ出来るだけでも嬉しいのに、イケメン鑑賞つきとか、ご褒美すぎるしっ」
「ちなみにもう1つサプライズがあるから」
「やだー!!楽しみすぎるー!!!」
大興奮のゆっことキッチンに移動して、タコ焼きパーティの準備をはじめる。
タネは予めつくってあるけど、追加でちょっとしたものをつくり始めると、玄関のドアがあく音がした。
今日は午前中は仕事だった駿兄が、買い物バック片手にキッチンに顔を出した。
「ただいま、りこ。ゆっこちゃん、いらっしゃい」
「はっはっはじめっまして!」
「うん、こんにちは。ちゃんと話すのは多分初めましてだね。兄の駿太です、よろしくね」
「はうっ!目がっ!王子様のキラキライケメンオーラで目がぁぁぁあ」
「あはは、ゆっこちゃんは面白い子だね」
駿兄がタコ焼き器をリビングに持っていくのを、リアル王子様がいる、と呟いたきり、ぽやーと見ていたゆっこが、「アタシも手伝います!」と慌てて後をおった。
慌てすぎて、足元に落ちていたクッションにつまづいて、手に持っていた割り箸を駿兄の頭の上に放り投げている。
ギャグみたいな一連の流れを、キュウリをまな板で転がしながら笑ってみてた私の後ろに、いつの間にかあっちゃんが立っていた。
「あいつ、ひとんちでも騒がしいのかよ」
「あっちゃん、つまみ食いだめだよ」
「はっ!もう1人の人もはじめまひっ!!!」
こっちに振り返ったゆっこが、その体勢のまま、びしり、と音がなりそうなくらいに固まった。
私の後ろから手を伸ばしてキュウリをつまみ食いしてるあっちゃんは、ワイシャツネクタイ銀縁眼鏡の芳賀先生スタイルだ。
「よお、いらっしゃい」
きっと、すごくワルい顔して嗤ってるんだろう。
ゆっこの大きな目が、大きく見開いてこぼれ落ちそう。
「は?はぁーーーーー???????」
「うっせぇぞ、白鳥」
「は、え?な、なんでっ、えっ?えええええーー!」
ゆっこが再起動して、改めて絶叫し直すまで、5分かかった。
「りこー。これもう食べていい?」
「駿兄、それまだ生焼け」
「りこ、マヨ」
「はい。ちょっとあっちゃん、ソース垂れてるよ」
テーブルの上には色んな具を用意してあって、各自自分の好きな具をいれる。タコ焼きとは名ばかりで、タコは用意していない。
小さく切ったお餅とたらこを入れたタコ焼きをひっくり返すと、ずっと狙っていたらしい駿兄が手を伸ばしてきたので待ったをかける。
さすがに生焼けすぎだ。
「あっちゃん・・・このイケメンが芳賀先生。あの芳賀があっちゃん」
「おいりこ、こいつ大丈夫か?」
「あっちゃん、こいつって言わないの。ゆっこ、その、驚かせてごめんね」
「芳賀センセが俺様口調でりこに世話やかれててあっちゃんりこって呼びあっててなにこれなんてドッキリ?」
ぶつぶつ呟きながら、ほとんど無意識につつきまくってるから、ゆっこの目の前のタコ焼きは悲惨な姿になってる。
「ゆっこー、戻ってきてー」
「なんだ白鳥、食わねえの?」
「はっ!食べる!食べるにきまってるでしょ!アタシの分まで食べんな!」
「篤史は気にせず、ゆっこちゃんはゆっくり食べていいからね」
「王子様が!お兄さんの笑顔が眩しい!」
騒がしい奴だなと、もくもくと食べるあっちゃんは、ゆっこに見せるためだけに着ていたワイシャツはとっくにTシャツに着替え、セットしていた髪はくしゃくしゃに崩されてて、眼鏡ももちろんはずしてある。
「チーズ入りうまー。あ!前に雅也が騒いでた、お兄さんの友達って、もしかして芳賀先生だった?」
「だった。今後もあーゆうことあるかもって思ったら、ゆっこにだけは話しておきたいなって思って」
「へへへへへ、アタシだけとか嬉しいー!でも、まだちょっと信じられない。ビフォーアフターを目の前でみたから本人だってわかってても、なんか納得いかない」
じとり、とあっちゃんを見たゆっこのグラスにお茶を注ぎながら駿兄が苦笑した。
「そんなに学校だと篤史は別人?」
「そりゃもう!!堅物で神経質そうで、無愛想で無表情で無駄なことが大嫌い!って感じなんですよ!今も無愛想だけど!!」
「はは、そりゃ別人だね」
昔からの知り合いなんだってことも、実は隣に住んでることも話すと、ぼとりとキュウリの浅漬けを落とした。
「え、もしかしてりこ、付き合って・・・」
「ないないない」
「えっ!実はもう結婚・・・なんてね!」
「よくわかったな」
「はぇっ!!!!」
落ちたキュウリを拾って布巾で拭く。
隣のゆっこは大分長く停止したあと「あ、わかった」と突然立ち上がってあっちゃんを指差した。
「そんな簡単にアタシが騙されると思ったら大間違いだから!冗談のひとつも言えるぜアピールとかいらないし!」
「冗談じゃねぇし」
「あははは。ゆっこちゃん本当におもしろいね」
「あのね、ゆっこ・・・・本当に結婚してるの」
「そんな!!!!」
どさっと崩れ落ちるように座り直したゆっこが、今度は猛烈な勢いでタコ焼きを食べ始めだした。
「で、ホントは?」
両頬がパンパンになるくらいに頬張ったあと、ゆっこが荒んだ目をむける。
「え?」
「え?冗談じゃないの?えっ!ホントに結婚してんの!!」
「白鳥食い過ぎ、叫びすぎ」
「うっさい!りこはどー見てもアンタに恋してないし、王子様なお兄さんが嘘言うわけないし、アンタどんな手使って誑かしたのよ!!」
「こっち向けんな、きたねぇな」
びしっっとあっちゃんに突きつけたフォークから飛び散ったらしい何かを頬から拭う。
「りこ!何かされたの言われたの?脅迫?質のかた?なにもコイツと結婚なんてそれしかなかったとしても無理矢理我慢することなんかないんだからね!」
「ゆっこ息継ぎして」
「あはは、想像力豊かで面白い子だね」
「駿太は王子様で俺はアイツとかコイツかよ」
鼻息荒くふんふん怒ってるゆっこの姿が、申し訳ないけどすごく嬉しくて頬が緩む。
「色々心配してくれてありがと、ゆっこ。事情はあとで詳しく話すけど、ちゃんと私も望んで納得して結婚してるの」
「心配なんて、大事な友達なんだから当たり前でしょ!」
「えへ、嬉しい。大好きゆっこ」
「アタシに告白きたーー!!」
二人とも可愛いなあって頬杖ついて微笑む駿兄の横で、全然無関心でアヒージョを食べていたあっちゃんが突然「やべっ」と焦った声をあげる。
「あつっっ」
あっちゃんの箸から滑って飛んできた、熱々のオイルをまとった海老が、手の甲にピチッと当たって落ちた。
もう、と文句を言ってやろうと顔をあげるより早く、がっと脇を抱えられてシンク台に連れていかれる。
後ろから抱えるようにして、ジャージャー水を手にかけられ、そのむこうでは「救急箱!」って駿兄が慌てふたむく姿を、ゆっこが口を開けて見てた。
「あ、あっちゃん?一瞬あたっただけだし、大丈夫だよ?」
「痛くねえか?ちゃんと冷やせ」
「いや、だから大丈夫」
ようやく救急箱を探し出したらしい駿兄が、消毒か冷却シートかとまだ慌てているのに、お兄さん落ち着いて、とゆっこが声をかけている。
「もう大丈夫だから、ほら、ね?」
掴まれていたあっちゃんの手ごと水から引き抜くと、海老がぶつかったらしき場所を見せる。
「赤くもなってないし。駿兄も大丈夫だから、それしまってきて」
「りこ、包帯は?」
「巻きません」
全く大袈裟な、と、まだ手を掴んだままのあっちゃんに視線を戻す。
「本当に痛くねえ?」
「ん。すぐに冷やしてくれたから、もう平気」
「よかった・・・悪かったな」
「2人とも大袈裟」
ぺち、とおでこを軽く叩いて笑うと、ゆっこが謎の奇声をあげた。
午後は2人で買い物に出てきた。
オシャレなゆっこにコーディネートしてもらったり、お揃いの小物を買ったり、久々に女子高生らしくはしゃいだ気がする。
「もう帰らないとかあ、早いねえ」
「夏休みになったらもっともっといっぱい遊ぼうね!海とかプールとかお祭りとか行きたい!!」
テイクアウトした飲み物を片手に、外のベンチで帰る前の休憩だ。空はまだ明るいけど、もう7時。
ついさっき『あまり遅くならないうちに帰っておいで』とメッセージが入ったから、これ以上遅くなると迎えにこられちゃう。
「まさか芳賀先生があれとはねー」
「びっくりさせてごめんね」
「しかも結婚してるとはねー」
「紙一枚出すだけで、こんなに簡単に結婚ってできるんだって拍子抜けしたよ」
ゆっこには結婚に至る自分の事情も話した。重たい内容だから正直ゆっこの反応が怖かったけど、ゆっこは話し終わるまで口を挟まず聞いてくれた。
「でもさぁ、りこ。実のとこ芳賀先生のことどう思ってんの?」
伺うように下から覗き込んで呟かれた内容に、ごほっと噎せる。
「失礼かもしんないけど、王子様なお兄さんだって戸籍上は他人な訳でさ。恋愛は禁止されてる訳じゃなくて彼氏作っていいならさ。むしろ偽造結婚ならお兄さんで良かったわけじゃん?今だって一緒に住んでるわけだし」
「・・・・うん」
実はあっちゃんから結婚の提案があった当初は 、駿兄は自分が結婚相手になるつもりでいたんだそうだ。
我が儘を言ったのは私だ。
「私にとって、駿兄はお兄ちゃんで。その、お兄ちゃんじゃなくなっちゃうのが嫌で。それに・・・」
「それに?」
「・・・・あっちゃんは・・・初恋の人、だから」
「・・・おぅふっ」
あの頃は恋心というより、憧れていただけだけど。
「つまり嫌じゃない、ってより好き寄り」
「今は恋愛的に好きかって言われると・・・ちょっとわかんないんだけど」
「わかんない、ときた」
ゆっこは私を見て、なにか納得したような諦めたような顔で、ジュースをズコココっと飲み干した。
「てかアイツ学校と違いすぎ。あんなイケメンなら隠すことないじゃん。りこだけに見せる顔ってやつ?」
「プライベートと仕事の区切りをつけたいからって言ってたよ。あの姿込みで先生って仕事なんだって。私からしたら、学校でコスプレしてるなって感じ」
「ちっっ、もったいつけてんのかよ」
あっちゃんにコスプレって言うと、すごい悪い顔で笑ったから2度と言わないけど。
「女子高生に騒がれるのがいや、とも言ってたけど」「騒がれる容姿なんだって自分で思ってるってことじゃん。うわ、ムカつくわ」
しかめた表情から一変してにやりとすると、体をグッと近づけてきた。
「学校で2人だけで話したりしてた?」
「・・・なくはないけど」
「まーまー、その辺は今度の機会にじっくりとっくり聞かせてよ」
「疚しいことは何もないよー」
「いやぁ、あんな過保護な姿を見せられちゃあさ。これは雅也なんか相手にされないなーって可哀想になったもん」
2人が私を大切にしてくれてるのはわかってる。けれど、そこにある感情は家族愛と庇護欲だろう。
困ったように笑った私に「フラグなんて急にたつんだからね!」とゆっこが詰め寄るけど、そんなもの立ったら困る。
「でもね!誰が彼氏になっても、アタシがりこの1番だから!」
「うん。私はまだ、恋愛するよりゆっこと遊ぶほうがいいな」
「雅也、すでに振られてる!!!でもアタシにカレができても、りこ怒んないでー」
「泣いちゃうかも」
真面目な相談も、他愛のない会話も。
話せて受け止めてくれる友達が、何より嬉しい。
「今日はありがとね、ゆっこ」
「刺激強めの1日だった!楽しかったぁ!!」
「ゆっこ大好き」
「りこがアタシを堕としにきた!」
楽しくて楽しくて。
帰りに駅の改札にぶつけた手の甲が赤くなっているのを見つけた駿兄が「火傷の跡が!」と悲愴な雄叫びをあげたのにも、デコぺち2回で対処できた。