6時 起きるにはまだ早い
目の前には沢山の怖い人たち。そしてその人たちはもれなく呆然としている。
壇上に運ばれていたようで顔がよく見える。
『レイ・ミュリス君!こればどうなっている!!』
いち早く正気を取り戻した老人がマイクを持ったまま叫ぶ。うるせぇよ!マイクで叫ぶな!
老人はぎろりとこちらを見る。ごめんなさい!
「こ、これは……そんな筈は、おい、お前たち確かに確保した筈だったんだよな!!」
レイ・ミュリスと呼ばれた男は私を運んだであろう者たちに叫びながらも確認を取る。この人、気持ち悪い笑みで固まっていたが怒った瞬間急に怖くなった。
「確かに、言われた通りに指定された車から逃げ出した少女を確保しました!」
男たちの中のリーダーらしき人が声を張り上げて言う。あくまで仕事だというのを強調するようにはきはき喋る。
「だが実際に此処にいるのはこの小娘だろう!!捕まえたのは誰だ!!」
なんかもうこの人顔が真っ赤だ。怖い。
「捕まえたのは雇われの女です!」
多分私を気絶させた人のことだろう。そう言えばあの人はいないけれど雇われという事は帰ったのだろうか。
「捕まえたのはその女でもお前たちの仕事なんだしっかり確認はしなかったのか!?」
レイなる人は捕まえたのが此処にいる者ではないとわかると質問を変える。
「我々は対象の情報は少女であることしか伝えられていませんでした!」
それってこのレイって人が悪いよね。
「なんだとぉ!?……」
『今する事はそれではないだろう』
老人はそう言って話を切る。でもこの人が話振ったんだよね?
『今すべきはこのガキの処理だ。そうだろ?』
そういわれて自分の立場を思い出す。
どうしよう?逃げるしか……でも扉のところにも人いるし。
「お前のせいでこうなってんだぞ!クソガキ!」
とにかくこの人たちから離れないと。
――パーンッ
「……え?」
視線を動かし後ろの壁を見ると何かがめり込み、穴が開いている。
「チッ、外したか」
声のする方を見ると、男はまだ煙が立ち昇る銃を持っていた。
もしかして、今のは私の向けて……
がくがくと足が震える。
足が震えて上手く立てない。
だって仕方ないじゃないか。
銃だ。そんなもの向けられて堂々としていられるわけがない。
無意識に後ずさろうとした足がもつれ、尻もちをつく。
男はもう一度引き金に指をかける。
――い、いやだ、死にたくない。いやだ。いやだ。いやだ。死にたくない。嫌だ。
死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。
うまく力が入らない体に鞭を打ち、手足をこれでもかと動かして後ずさる。
この距離ではもういくら逃げても無駄だろう。
それでも、なんとか逃げようとして。
そんな中、行動とは裏腹に引き金が引かれるのをどこか冷静に見ている自分がいる。
だけど、そんなもの死の淵ではすべてが無意味で。
――バーンッ!!
漫画だったらそんな擬音が尽きそうな音がなる。
これは、銃声ではない。
ドアが開かれたがためになった音だ。
それでも、この部屋のドアは重く、どんなに勢いよく開けようともこんな音を立てるはずはない。
ではなぜか?
理由は簡単。
そのドアは天寿をまっとうするまでの間、立てることはないであろう音を、その耐久値と引き換えにかき鳴らしたのだから。
まあ、つまり、簡単に言うとドアは蹴破られその勢い余すことなく豪快に吹っ飛んだ。
そして、当然扉が開けれたのならその先には人がいるはずで。図ったかのようなタイミングで開かれた扉の奥には人影が見える。
「――待たせたわね!」
高くよく通る声。その主はドアから堂々と入ってくる。両脇には二人のメイドが控え、まるで……
まるで、あれは王子様だ。
母がよく聴かせてくれた物語に登場する王子そのものだった。
黒髪の少女は歩いてくる。堂々と真ん中を。
だれが開けたわけでもなく自然と、そうであるべきだと、開いたその道を。
十戒の再現でもするつもりか、その光景はさながら割れた海のようであった。
そして、その道を歩く少女を私は知っていた。
この子何処かで……そうか、車で助けてくれた子だ。それに横断歩道のところでも目があっただけだけど一度会っている。
と、見とれている間に壇上を上がりもう既に目の前まで来ていた。
綺麗だ。磁気のように白い肌、腰の辺りまで伸ばされた黒髪はサラサラでその大きな瞳は宝石のようで吸い込まれてしまいそうなほど綺麗だ。
彼女は足を揃えてお辞儀をする。
「一曲お相手願えませんか?」
「……うぇ?」
一瞬自分に言われた事だと気づかず変な声が出てしまう。
頭がうまく働かないのは、さっきまで命の危険にさらされてたからなのか、突然のことに思考力が著しく低下しているせいなのか。
だが、そんなことは関係ないとばかりに張り上げられた声によって我に返る。
「そいつが本物の七黒灯墨だ!!」
この集団の中で初めに我に帰ったのは間近でこの光景を見ていた老人であった。今度はマイクを使わずに叫ぶが十分に伝わっている。
本物――恐らく私はこの人と間違われたのだろう。
多分此処にいるは全ての人が見惚れてしまったのだろう。その瞬間、時が止まっていたかに思えた者たちは一斉に動き出した。
わたわたとしていたら黒髪の少女――七黒灯墨と呼ばれた少女に抱き抱えられる。これは多分お姫様抱っこと言うやつだ。
「大丈夫?レラ」
「なんで私の名前?」
「それは後で」
彼女を捕らえるのが目的だったようだし、発砲はしてこないようだが、この人数に囲まれるのはキツい。
「あ、あの、七黒さん……」
「下の名前で呼んで」
「え、あ、はい。えっと灯墨さん」
「さん付けもダメ」
「灯墨ちゃん」
「よろしい」
結構注文が多い。
「助けてくれるんですか?」
「敬語も禁止」
「うぇ!?えっと助けてくれるの?」
「もちろん、そのために来たんだから」
もちろんと言われてもこの人に拉致られたのは事実だけど、今頼れるのもこの人だけ。
ちなみにお姫様抱っこされてる私だけど、此処でよくある恥ずかしいから下ろして、みたいなくだりはない。こんな命の危機に陥っているのにそんなこと出来ない。
「でも、こんなに囲まれているのに大丈夫なの?」
「うーん、結構まずいかも」
え、今この人結構まずいって言った?何でそんな状況で名前の呼び方とか喋り方の注意してんの?そんな事よりもっと敵に注意を払わないとでしょ。
「じゃあ、仕方ないか」
そう言って私を下ろす。あれ、抱っこした意味は?もしかして文句言ったから此処に置き去りにされちゃうとか?でも声には出してないし……
そんな、私をよそに言葉が紡がれる。
「死んで、レラ」
私の人生において、それを聞くだけであの日のことがフラッシュバックするほど記憶に深く根ずくこの言葉だけど――
今この時は何か、何か全く違う言語のように聞こえて……
ん?
どういうこと?
今死んでっていった。
え、ええ、どうしよう。怒らせちゃったのかな?で、でもどうすれば……
「ん?どうしたの?……ああ、そう言う意味じゃないわよ。心象能力の発動のために……もしかして知らないの?」
そんな顔されても……もしかしてちゅうにびょうってやつだろうか?聞いたことがある。
「……知らない」
「先生は何をしてるの……」
一人呟くように洩らす。
そんなこと言われても学校でそんなことは習わない。
困ったような顔をして灯墨ちゃんは仕方ないかと手を差し出す。
「えーと、死ぬって言っても仮死状態なんだけど……説明をしている時間はないから、とにかく私の手を取って」
差し出された手は改めて見ると、ガラス細工のように繊細できれいだった。
見とれていたところに、透き通るような声で「レラ」と声をかけられ顔を上げる。
その目に映るのは人形のように儚くきれい、それでいて人形には表せないような人間的な笑みを薄く浮かべる少女。一瞬、目が合い見惚れてしまいそうになる。
すでに、見惚れたのは何度目になるかわからない。
だがこんな状況の中、何度も見惚れてしまうはど目の前にいる少女は美しかった。
「一曲お相手願えませんか?」
その言葉の意味をまだ正確には理解することはできなかったけど、なぜかこの誘いはひどく魅力的で。
「……はい」
半ば無意識で発せられる言葉。
そしてそれに応えるようにして何かに包まれるように意識が飛んだ。




