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薔薇の名前  作者: 菖蒲
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取り調べ

大変、遅くなりました。




今日もフェリシティは隙のない無表情で目の前のソファに座っていた。


「お祖父様から、婚約破棄の条件をいただきました。

1つ、お互いに了承のあること。

2つ、婚約破棄は半年後。

以上です。

あと半年だけ、お付き合いくださいませ」


最後の一言と共に向けられた笑顔に、セオドアは驚いた。一見すると、白百合のように清楚で美しく見えるが、今まで愛想笑いさえしてこなかったフェリシティの初めて見せる上辺の笑顔に、セオドアは動揺していた。


「・・・フェイ・・・、私は婚約破棄を望んでいませんよ」

「今はそうかもしれません。でも、状況はいつでも変わる可能性があります。

婚約破棄は、選択肢の一つとしてお考えください」

「・・・・・・」


まるで心に壁を作られたかのように、フェリシティを遠く感じる。この状況を作ったのは他でもないセオドアだが、フェリシティには心からの笑顔でいて欲しい。今のような心を伴わない笑顔など、見たくない。美しいフェリシティの笑顔は、きっと大輪の薔薇ではなく鈴蘭のように控えめで可憐だろう。見たこともないその笑顔を想像し、セオドアは思わず眉根を寄せた。こうして会っていても、決して隣に座ることはない。その事からも、フェリシティに好かれていないのは明白な気がした。


(こうもあっさりと婚約破棄と言われると、本当に好かれていないんだな・・・)


政略結婚とはいえ、お互いに支え合える家庭を築きたいと思っていた。紳士として、不躾にならないよう距離を取ったのが間違いだったのだ。むしろ色恋に経験がない為、距離を取りすぎたのか。これから家族になるのだから、セオドアこそもっと好かれる努力をすべきだった。





「フェイ、君は婚約破棄したい理由があるのですか?」


フェリシティが驚いたようにベビーブルーの瞳を見開いた。


「いいえ、私には・・・」


それから少し考え込むように瞳を伏せる。


「私はセオ様の幸せを祈っているだけです。

愛する人がいるのなら、政略結婚などお互いが不幸になるだけです」


婚約当初なら、セオドアも同意しただろう。フェリシティが本当はどう感じているのか、その瞳の奥にある気持ちを慮ることもせず。

フェリシティが知らずに握りしめていた両手をそっと掬い上げ、セオドアの大きな両手で包み込む。フェリシティが自分の両手に目を向け、包み込むその手をたどり顔を上げれば、セオドアが苦しそうな顔をしてこちらを見ていた。


「・・・どこか、苦しいのですか?」


セオドアは軽く頭を振った。

フェリシティの表情は変わらないが、それでもセオドアにはフェリシティが苦しんでいるように見えていた。


「フェイが苦しそうに見えたので、咄嗟に手に触れたのです。許可も得ずに、不躾をお許しください」


フェリシティは数度瞬きをして口を開いた。


「名ばかりではありますが、私はまだセオ様の婚約者です。ですから、セオ様は私に触れる権利がございます。お気になさらず」


「フェイ、名ばかりなどと・・・そんな事はありません。あなたが私の幸せを祈ってくれるのは嬉しいですが、私は婚約を破棄するつもりはありませんよ。未熟な私には異性間の愛情に疎いところがありますが、もっとフェイの事を知るために私ができる事をしようと思います。

あなたが口にしない思いを、無理に問うことはしません。ただ、寄り添う事を許してください」


真摯に語りかけるセオドアの瞳を見つめていたフェリシティの瞳が、濡れたかのようにきらめいたが、すぐに瞼に閉ざされて見えなくなった。


「セオ様、ありがとうございます。

ご心配をおかけしましたが、私は大丈夫です」




「セオ様の想い人は、どのような方ですか?」

そう問いかけたフェリシティの顔は、いつもの無表情に戻っていた。

「想い人という訳ではっ・・・」

セオドアはそこで口を噤んでしまった。

ラブレターの相手に対してひとかたならぬ思いはあるが、それが愛情であるとはわかっていない。

「手紙を・・・いただいたんです。その差出人がわからず、探しています」

セオドアはラブレターだという事を伏せてしまった。探るようなフェリシティの瞳が痛い。


「そうでしたか・・・手がかりはあるのですか?」

「手がかりは、薔薇、でしょうか」

「ブルーサファイアローズですね。

ーーーセオ様の瞳を喩えた、という様な事をおっしゃっていましたね。

ブルーサファイアローズは、ここ4年ほどでできた品種です。ご存じの方がいらっしゃるとしたら、花に詳しい方ですね。

性別はお分かりですか?」

「・・・女性、だと、思います」


思わず、声が小さくなってしまった。

フェリシティは協力してくれるつもりなのだろうが、手紙の内容を考えると気まずかった。


「女性で、花に詳しい方・・・

貴族の方ですか?それとも、平民の方でしょうか?」

「・・・私は貴族だと思っています」


経験はないが、取り調べのようだ・・・


「年齢層はお分かりですか?」

「そうですね・・・

おそらく、10代以降だとは思いますが、正確にはわかりません」

「わかりました。

次にお会いするまでに、候補を何人かピックアップしてリストをお待ちしますね」

「そ、そこまでして頂くわけにはっ!

私の個人的な事ですから・・・」

「決してご迷惑はおかけしません。

セオ様の憂いを晴らす手助けがしたいだけです。

人手が多い方が、早く見つけられるかもしれません」


フェリシティはそう言うと立ち上がり、

「またお手紙をお待ちしております」と言い帰ろうとする。

「フェイっ!馬車まで送りますよ」

セオドアは急いで立ち上がった。

「ありがとうございます」

そう言って、フェリシティの華奢な手がセオドアの左腕に触れた。





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