手掛かり
誤字・脱字の報告ありがとうございます。
「貴方が、この手紙の差出人なのか?」
セオドアの目の前には、ダークブロンドのゆるくウェーブした髪を後頭部で一つにまとめた、若い女性が立っている。吊り目がちな茶色の瞳は、戸惑ったように揺れている。
その手には、差出人のない真っ白な封筒。
顔に見覚えはない。という事は、ウェスト家の使用人ではない。
「いえ、私は・・・」
否定のようにも受け止められる言葉だが、続く言葉を躊躇う様子に、周囲を見る。
「この場所だと話し辛いのなら、こちらに来てくれないか。
少し、話が聞きたいだけなんだ」
「・・・私、もう帰らないと・・・」
「少しでいい、お願いだ」
みっともない、すがるような声音に、セオドアは自己嫌悪する。
「・・・・・・申し訳ございません、お答えできません」
そう言うと、女性は小さく頭を下げ、踵を返し走り出した。セオドアはすぐに後を追って走り出す。
女性の足では、すぐにセオドアに捕まってしまった。セオドアは咄嗟に掴んだ手を、ぎゅっと握り締める。
「待ってくれっ!気になって仕方ないんだ!
・・・このままでは、とても結婚なんてできないっ!」
「?!」
セオドアの言葉に、女性の顔から血の気がひく。
後ろから手を掴んでいるセオドアからは、女性の顔は見えなかった。
「そ、そんな、そんなつもりじゃ・・・」
女性は、思わず、と言う様につぶやく。
「お願いだ、少し、少しでいいから、話を聞かせて欲しい」
話を聞かせてくれるまでは手を離さないというように、手を握り締める。握り締めた手からは、女性が小さく震えているのが伝わってきた。
「怖がらせたい訳じゃない。
ただ、話を聞きたいだけなんだ。
お願いだ、話だけ・・・」
通用口で待ち伏せしている間、ずっとなんと言って話を聞き出すか考えていたが、いざその場に立つと頭が真っ白になってしまい、単純な言葉を繰り返すだけになってしまった。
「分かりました、お話しますから、手、手を・・・離してください・・・」
つい強く握ってしまっていたらしい。
すぐに手を離す。
「すまない、つい・・・。
女性の手を許可もなく掴み、強く握り締めるなんてーー怖がるな、と言う方が無理だな」
自嘲気味な言葉が口をつく。
「・・・あの」
「ああ、すまない、時間がないんだったな。
このままここで話を聞くのは目立つから、中に移動してもいいだろうか?」
「はい」
女性が諦めたように頷くのを確認して、セオドアは歩き出した。
◆◆◆◆◆
応接室に女性に通し、ソファをすすめたセオドアは向かい側に座った。先ほどよりも顔色の良くなった顔からは、強い決意のようなものを感じた。
「まず、差出人が誰なのか、教えてもらえないだろうか」
「・・・閣下の、存じ上げている方です」
「では、君はどこの家に仕えている?」
「本気でおっしゃっています?」
「答えてくれる、というのは嘘だったのか」
「答えたい事だけ、答えさせていただきます」
「なかなか、強情だな。
では、差出人は君の主人なのか?」
「はい」
「私に差出人について知られたくない理由は?」
「・・・知られたくないのではありません。知ってほしいからこそ、こうしてお届けしているんです!」
「では、なぜ名前を言わない?」
「すでに答えは閣下の心の中にあるはずです!」
「駆け引きでもしているつもりなのか?名前が分からないから聞いている」
「・・・信じられない。本当にお忘れなのですか?」
「私も会った事のある方なんだな・・・」
「そうです」
「・・・そうか・・・忘れてしまっている、私が悪いな・・・」
あんなにひたむきな愛情を向けられて、会った事がないなんて事はなかった。成人する前、いやもっと前に会ったのだろう。子ども頃か・・・
答えあぐねている目の前の女性を見て、肩を落とす。
「・・・彼女は、ご結婚されているのか?」
「いえ!」
「婚約は?」
「・・・・・・していらっしゃいます」
「・・・そうか、・・・」
想定していた事だ。
名前を明かさない、もしくは明かせない理由があるとしたら、既婚者か彼女にも婚約者がいるかもしれないと考えていた。
「閣下、発言をお許しいただけますか」
「・・・ああ」
「閣下のご婚約に水を差そうと考えての事ではありません。ご結婚の前に、どうしても知っていただきたいと届けました。
ここまでお気に留めていただけるとは思わず、お心を煩わせてしまい申し訳ございません」
女性の表情は固く、握り締めた手は色をなくしている。
「・・・また、こうして話を聞かせて貰えないだろうか」
「・・・え?」
意味がわからない、という表情を見て、それでも続ける。
ここで引くつもりはなかった。今までどこの誰かもわからなかった彼女との、唯一の繋がりだ。手放したくない。
「また手紙を持ってきた時、こうやって話を聞きたい」
「私がお話できる事は、ほとんどありませんよ」
「今日ほど時間はかけない。答えたくない質問に対して、今日のように答えなくていい。
だから、お願いできないか」
「・・・・・・」
「今日は時間をとらせてすまなかった。ありがとう。また次の手紙を待っているよ」
女性の返事は待たずに、応接室を出る。
扉の外にはジョージが立っていた。
「もうお帰りになる。
出口まで案内を頼む」
そう言うと執務室に向かう。
手には差出人のない真っ白な封筒。
愛する貴方へ
今日は愛しい貴方へ報告したい事があるの。
貴方の瞳と同じ、ブルーサファイアローズの花が咲いたのよ。
愛しい貴方の事を想いながら育てたの。
令嬢が土をいじったり、花の世話をするなんて、非常識かもしれないけど、
優しい貴方なら許してくれるかしら。
いつか、貴方にも見せてあげたいーーーー