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薔薇の名前  作者: 菖蒲
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ラブレター



18歳で爵位を継いでからあまり社交界に顔を出していなかったセオドアは、"幻のブルーサファイア"などと呼ばれていたが、全く男女の付き合いはしてこなかった。仕事で忙しかったというのも理由のひとつだった。

そんなセオドアは今までラブレターを貰ったことがなかった。婚約者がいながら不謹慎かもしれないが、初めてのことに少しドギマギしていた。


週に一度届く匿名のラブレター。

最初はフェリシティかと思ったのだが、少し崩れた字は違うように思う。フェリシティとは必ず手紙で都合を伺ってから会っていたので、筆跡はわかる。

それに、なんというか、内容が情熱的なのだ。あのいつも表情のないフェリシティに、こんなラブレターが書けるのだろうか。

しかも、切手も消印もない。つまり、直接届けられているという事。屋敷の使用人の可能性も考えたが、文章の端々に貴族の教養が見えるので違うと思う。


最初に届いた時は、これから結婚を控えた身にラブレターなど非常識だと嫌悪したが、念の為内容を改めようと少し読んでみたら止まらなくなってしまった。

正直なところ、これまで好意を寄せられた事のない

ウブな男が浮かれてしまったのだ。ラブレターが届くのを心待ちにするくらいに。






◆◆◆◆◆






(そろそろ、次のラブレターが届く頃だか・・・)


セオドアはそわそわしながら、手紙の束を持ってくる老執事を待っていた。仕事にも身が入らない。

自分がこんなにも愛情に飢えていたとは、ラブレターの差出人を責められない。




コンコン


ーーー来たっ



「ジョージでございます。お手紙をお持ちしました」

「ああ」


待ち焦がれていたせいか、少し早口になってしまった。そんな事には触れず、ジョージは手紙を書斎机に置いた。

ジョージは父の代から支えてくれている執事で、寡黙だか仕事は正確で頼りにしている。余計なことを指摘してこない所も有り難かった。執事になる前は陸軍で少佐の任についていたと聞いたが、怪我が元で軍を辞め仕事のなかったところを父に拾われたらしい。


「下がっていい」


不自然に聞こえない様に言ったつもりだか、ジョージは一礼をして何も言わず静かに退室していった。

扉が閉まるのを見届けて、広げていた書類を脇に追いやり、手紙を纏めている紐を解いた。仕事関連やパーティーの招待状を順々に確認していく。

ラブレターは、やはりあった。

他の手紙たちを傍に重ね、すぐに封筒の中身を確認する。最初の頃より少し、字が整ってきた。そんな事にも気付いてしまう自分に、小さく笑う。





愛する貴方へ



こうして愛しい貴方へ手紙を書けて、幸せです。

貴方に会えなくても、私の心を貴方へ伝える事ができるのだからーーー


















「セオ様、聞いていらっしゃいますか?

セオ様ーー・・・・・・・・?」




心配そうなフェリシティの声に、我に返った。

セオドアの顔を覗き込むように、フェリシティが首を傾げている。ハーフアップにしたホワイトブロンドの髪が、その動きに合わせて揺れる。


「・・・あ、ああ、すみません。

少しぼーっとしていました」

「お疲れでしょうか。また今度になさいますか?」

「いえ、大丈夫です。ご心配お掛けしました。

このまま続けましょう」


式の相談をしていたが、心ここに在らずだったようだ。

原因は分かっている。

今日はラブレターが届く日だからだ。なぜこんなにも気になるのか。婚約者と結婚式の打ち合わせをしているにも関わらず、その最中に他の女性を考えているなど・・・自分がこれほど不誠実な人間だと知りたくなかった。

その後の打ち合わせの間、罪悪感からまともにフェリシティの顔を見ることができなかった。






「本日はありがとうございました。またご連絡しますね」

「はい、お待ちしております。セオ様、お身体に気をつけて」


優雅に会釈をしたフェリシティを、馬車までエスコートする。無表情ながら、少しずつだが感情を読み取れるようになってきたフェリシティの瞳が、心配そうにこちらを見つめていた。馬車を見送った後、どれほど言い訳をしようとも、足は執務室に向いた。



「セオ様、お手紙でございます」

「ありがとう」


ジョージが退出し扉が閉まり切る前に、焦った様に手紙の束をめくる。

差出人のない、真っ白な封筒。目にすれば心が浮き立ち、文字を追えばこそばゆい。

この気持ちはなんなのだろう。封筒を前に、自問する。

相手は見も知らぬ他人。名前さえ知らない。

一方的に送られてくるラブレターは、一歩間違えば気味悪がられるだろう。それを、なぜか受け入れている。誰かに認めてもらいたいのだろうか。

これまで支えてくれた様々な人たちがいるが、父が亡くなってからの5年は孤独でもあった。忙しかった為寂しいと感じる事はなかったが、こんなにも愛情に飢えていたのだろうか。

これは恋に恋しているだけなのか、それとも愛なのか。セオドアには判断できなかった。






◆◆◆◆◆






1週間後、セオドアはタウンハウスの通用口で1人の女性に声をかけていた。


「貴方が、この手紙の差出人なのか?」



女性は動揺したように焦げ茶の瞳を揺らし、セオドアを見つめていた。









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