ミモザ・アズライト男装令嬢の婚約
二作目、男装令嬢の恋バナです。
ミモザ・アズライトは侯爵令嬢である。
星空の様な濃青色で腰の長さまである髪を三つ編みに結び、紺の地を基調とした銀色の装飾が施されている侯爵家の軍服をきちりと着こなす。その姿は王宮騎士よりも凛々しく見栄えも良い。
普通であれば「変わり者」と称されても仕方がない状況にある彼女だが、その美貌と出立ちから特に令嬢には賛美の籠った視線を受けるだけでなく、彼女の与り知らないところで熱烈な信者が「ミモザ様の会」などと称し同志を集めている令嬢集団もあるくらいだ。
彼女は「男装の麗人」として令嬢の中では、アイドル的存在として崇められていた。
そんな彼女は現在、アズライト侯爵家所有の軍に従事し、尚且つ20歳となっても一度も婚約者が居ないという帝国史上異例の存在だ。
彼女の父親であるアズライト侯爵も、彼女が若い時は娘可愛さにこれ幸いと見合いを拒否してきたのだが、既に結婚適齢期が過ぎようとしているにもかかわらず、見合いを拒否する彼女に頭を悩ませていた。娘愛が強すぎて彼女に嫌われたくないと思っているアズライト侯爵は、どう見ても情け無い父親である。
そんなミモザと父親をニコニコと笑顔で見つめ、彼女の結婚については口を挟むことのない母親と、またか……と肩を竦めるミモザの兄ジグムント。
今日もまた、父と娘の攻防が始まった――
「本日の任務は終了いたしました」
「ご苦労だった、ミモザ。今日は身体を休める様に。後は、そろそろお見合いをだな……」
「いえ、結構です。私はこのまま兄の補佐を勤めますので、ご安心を。それでは失礼します」
いや、そうじゃなくて……と小声でぶつぶつと呟く父親に背を向け、三つ編みした髪を揺らし颯爽と部屋を出ていくミモザ。そのことに気づいた侯爵は彼女の背に手を伸ばし、「ちょっと待て」と声をかけるのだが、時既に遅し。彼女の姿は既に扉で遮られていた。
パタン、と扉が閉まり、侯爵の仕事場である執務室には静寂が訪れる。
取り付く島もない。残念ながら本日も父親の敗北に終わった。
その静寂を破ったのは、彼の右側で静かに佇んでいる執事ロンだった。彼は先代アズライト侯爵の時から執事見習いとして侯爵家に仕えており、今では現アズライト侯爵であるミモザの父の右腕として、能力を発揮している。
腰が引けている侯爵を彼は横目で見ていた。
「……旦那様」
ロンが一声かけると、侯爵は動揺したらしく肩が跳ね、恐る恐る彼の方向を向く。その瞳には侯爵としての威厳など全く見受けられず、まるで悪戯をして怒られる子犬の様な目をしている。と言っても、外見は筋肉のついた厳ついオジ様なので、可愛さの欠片も見当たらないが……
「普段の侯爵としての威厳のあるお顔と、執事である彼に嗜められる時の怯えた子犬の様なお顔のギャップが好きなのよ」とよくミモザの母は言っていた。
ついでにそんな雰囲気の時の侯爵は、自分から声を出すことをしない。その事をよく理解している彼は、額に触りながらため息混じりに話を続ける。
「お嬢様が学園を卒業されて早二年……旦那様はこのままで宜しいのですか?」
勿論、ミモザの婚約話が進まないことについてだ。
「良くない、良くないんだが……娘が拒否する事を無理矢理させる事ができなくてな……」
「お嬢様の事を大切に想われているのは、存じております。ですが……」
「分かっている。分かっては……いる……のだが……」
彼女が婚約者を作らない理由、それは彼女が根っからの仕事人間であるためだ。
ミモザは表向き侯爵家の軍部の文官として、父や兄を支える数人の部下と共に事務作業一般を引き受けているが、手が回らない時や、依頼内容に女性が必要なときは駆り出される存在である。が、同時に彼女はアズライト家のお抱えである、諜報部隊の副隊長を兼任している。
アズライト家は多くの貴族の間で、農業と鉱業で発展した領地だと認識されているが、極一部――皇家と一部の公爵家には、裏家業である諜報部の存在を知られている。
そのためミモザは幼い頃から諜報部隊の訓練を受け、学園入学前には既に諜報部隊の第一線で活躍する実力を得ていた。
勿論、最初から彼女が諜報部隊の一員として任務に着かせるつもりなど、侯爵には毛頭なかった。
ミモザが自分で身を守れる様にと、侯爵が「護身術を兼ねて」訓練をさせていたのだが、元々適性があったのだろう。ぐんぐんと頭角を現し、彼が気づくといつの間にかミモザは諜報部隊として任務遂行にあたっていたのである。
ちなみに彼女に稽古をつけたのは父であるアズライト侯爵だ。彼はミモザの才能を見抜いただけでなく、実力が伸びる様にと彼女に合った指導を行っていた。……時が経つにつれて「護身術を兼ねて」ではなく、どんな訓練でも食らい付いてくる彼女を見て侯爵が愉快になり、調子に乗った結果が今の彼女なのだ。
「旦那様が説き伏せなければ、このままでは本当にお嬢様は独り身のままですよ?」
「そうなんだが……まあ、最終手段として……」
「部下に嫁がせますか?旦那様。それは困難かと」
自分の考えていた事を言い当てられ、ばつの悪い顔をする侯爵。ロンはため息をつきながら、話を続ける。
「旦那様は諜報部の独り身の者に嫁がせれば……とお考えでしょうが、諜報部の人間にほぼ独身の者はいません。現在独身なのは、諜報見習いであるカイ、ただ一人です。しかも彼は5歳年下です」
「ううむ……」
ロンに言われて頭を抱える侯爵。頼みの綱である部下たちは、カイを抜かして既婚者だった。カイに宛てるか……と一瞬考えたが、頭を振った。流石に5歳下はよろしくない。
「それに仕事中毒のお嬢様のことですから、結婚後も仕事を続けたいと仰るでしょうね。相手方には仕事の件も話せる様な方が宜しいのではないかと思いますが」
「……頭が痛い」
「いっその事、お嬢様の希望通りにさせるという手もありますが……」
「……そこは承諾し難い」
「それでは旦那様の腕の見せ所ですね!」
ロンにとっては既に他人事であるからか、その声色は明るく聞こえる。流石に娘の結婚相手をロンに放り投げる訳にはいかないのだ。
それだけではなく、もう一つ侯爵にとって頭の痛い問題があった。
「……ミモザは男装が定型の様なものだからな。それも許容してくれる男性がいるだろうか」
「本当に我々が知らぬ間に変装の腕前も上達なさっていましたね」
ミモザは顔を隠すために、と母親から変装の仕方を教わっていた。最初は女性だと舐められないようにするだけでなく、顔を隠すための変装だった。
だがヒラヒラのドレスよりどうしてもズボンが履き慣れているミモザは、私服でもほぼスカートを履かない。茶会やパーティに呼ばれる事もあるが、諜報の仕事と被ることも多く、片手で数えるほどしか参加していない。そのため「幻の麗人」などと言う渾名で呼ばれ始めているのだが、そのことも社交界に疎いミモザは知らないのだ。
最初は履き易い一択だった服装が、いつの間にか男装用の服も増え、どれを着ていくか楽しんでいる事も知っている。その服装を注文しているのは、彼女の母親ではあるが。
「そろそろ本格的に動き出さないといけないのだが……ん?」
「どうなさいましたか、旦那様」
「アレキド公爵家からの……ほう」
手紙と思われるものを見ながらぶつぶつと独り言を言い始めた侯爵に、ロンは「また始まった」と言わんばかりのため息を吐いた。こうなると、呼んでも反応しないのだ。
ロンは侯爵用に入れたティーセットを片付けようと机に近寄ったが、その瞬間彼と目が合う。
「ロン、ミモザを至急ここへ。仕事の依頼だ」
「承知致しました」
結局お見合いはどうなったのだろうか……なんて聞ける状態では無い。ロンは急足でミモザを呼びに、彼女の部屋へ向かったのだった。
そんな話をしていた数日後。ミモザは依頼人のアレキド公爵家の庭園で女性と会っていた。庭園のテーブルに腰掛けているのは、ミモザと公爵家の長女であるキャサリンだ。
彼女――キャサリンは、その場にいるだけで絵になるという噂は本当らしい。キャサリンはまるで夜空に煌めく星のようなライトゴールドの艶やかな髪を持ち、ルビーのような赤い瞳。側から見れば儚い令嬢だ。
「では、出立日前日まで護衛を、と言うことですね」
「ええ。補助をお願いしたいの」
彼女の少し低めの声に驚いたミモザだったが、流石に顔に出す事はしない。
ちなみにキャサリンは二週間後、隣国の王家に嫁入りする事が決まっている。この婚姻はより隣国と帝国の同盟を強化するための政略結婚だ。
だが丁度、この二週間だけ彼女の護衛の一人が急遽休暇を取る事になってしまったそうだ。そのため、臨時の護衛をと言う事で名前が上がったのがミモザだった。その理由はキャサリンが「一度お会いしてみたいの」だったらしい……
「承知致しました。……ちなみに本当に私が、キャサリン様付きの護衛で宜しいのでしょうか?」
「勿論!よろしくお願いしますわ」
「こちらこそ。未熟者ですが、命を賭してお守りいたします」
立ち上がり彼女に一礼して、ミモザは執事の案内に従った。これから護衛を行う時間帯や護衛場所等を確認するためである。後は彼女の両親である公爵夫妻にもお会いするとのことだ。気を引き締めた彼女は、いつも以上に背筋が伸びていたためか、他人から見れば凛とした貴公子のように見えていた。
そんな彼女を見てキャサリンは妖艶に微笑む。
「ふふふ、楽しみですね」
その声は誰にも聞かれることなく、空に消えていった。
キャサリンは一つ一つの所作は美しく、女性のミモザですら見惚れる程のものだった。
ミモザが彼女に目を見張りつつ、そんな事を考えていると、先程まで本を読んでいたキャサリンは早々にそれに飽きてしまったらしく、護衛のミモザに声をかけ始めた。
「ねぇ、ミモザ。お話ししましょう?」
「しかし……今は護衛中で……」
「今見ている本も読み終わってしまったの。お願い!」
「……承知しました。念の為、確認を取らせてください」
とキャサリンの侍女に確認をお願いしたところ、許可が出たのでキャサリンと話す事もミモザの仕事となった。
キャサリンは守りたくなる令嬢だ、と思っていたミモザだったが、それは仮の姿だ、という事に後々気付いた。それはそうだ、隣国の大公家に嫁ぐ女性が、単に弱々しいだけなはずがない。むしろ図太いのだ。
いつの間にか、午後に一時間程あるアフタヌーンティーでは、ミモザも一緒にお茶をする事になっていた。あれよあれよといううちに決まっており、公爵家の彼女付きの侍女からその事を言われた時には、驚きで飛び上がってしまいそうになった。
今日で任務に就いてから一週間。これといった問題がなく進んでいる。
現在日課となっているアフタヌーンティーを二人で楽しんでいた。ミモザもキャサリンの話を楽しく聞きながら、不審者がいないかどうか、特に天井に意識を向けていると彼女が、寂しそうに話した。
「ミモザ。明日からはアフタヌーンティーを一緒に戴く事ができないと思うの。寂しいわ」
ミモザも楽しんでいただけに、この言葉は寝耳に水だった。だが、来週は大公家へ出発する予定もある。忙しいのだろう、と彼女は考えた。
その考えは正解だったらしく、大公家のある王国のマナーや言葉、文化等の最終確認をする時間を改めてとっているからだそうだ。
「それは残念です……私もアフタヌーンティー有意義な時間を過ごさせていただきました。貴女様に感謝を」
「うふふ、本当にミモザは騎士のようね。敬愛会ができるのも分かるわ」
彼女の言葉に引っ掛かりを覚えたミモザは、その事について確認を取ろうとしたが、その前にキャサリンが言葉を紡ぐ。
「だから、今日は貴女に聞きたい事があってね。一番聞きたい事なの」
目が合うと満面の笑みで返してくるキャサリンに魅了されつつも、一番聞きたい事……?とミモザの頭の中では疑問だらけだ。そんなに聞きたい事があるのだろうか、と思っていたところ
「ミモザ、貴女は婚約者を作らないのかしら?」
その言葉をキャサリンが言った瞬間、ミモザの時が止まった。
「ねぇ、どうなの?ミモザほど綺麗なら、婚約者も居そうなのに」
そう再度訊ねられた事で正気に戻ったミモザは、しどろもどろに答え始める。まさか自分の結婚事情について聞いてくるとは思わなかったからだ。
「そ、それはですね……」
頬を染めながら慌てるミモザ。もしこの姿を部下や侯爵家の軍部の人間が見ていたら、目をまん丸にして「あれは誰だ!?」と言うだろう。
それ程、彼女は焦っていた。流石に男装趣味があって……諜報員なので……とは言えない。
そもそも彼女は恋愛話がとことん苦手、奥手である。恋愛が盛んになる思春期は戦闘訓練や勉学に明け暮れていたからだ。他にも、学園の女生徒が彼女を神聖化しすぎて、友人ができなかったというのもあるのだが。
「……恋愛より、仕事の方が好きなので」
その言葉を吐く事でなんとか持ち直したミモザ。キャサリンもそれに納得したようだった。
「後は、ミモザのお父様かしら。かの方も厳しそうですもの。それが重なったのでしょうね」
「ええ。侯爵は当時見合い書を全て突き返していましたから……今になって焦っているようです」
「あら、そうなの?きっと『娘はやらん』と思っていたのでは? 侯爵様は貴女のことが大好きなのでしょうね」
「多分その通りです……」
目の前で「娘はやらん!」と言って、積み上げられた見合い書をばら撒いた記憶がふと頭によぎる。キャサリンにとって侯爵の行動は推測しやすいのだろうか。「後は〜」と言いながら、侯爵が取ったであろう行動を楽しそうに話している。それのどれも侯爵である父が取った行動なので、ミモザは思わず下を向きそうになる。
実はキャサリンに揶揄われているのではないか、とミモザが思ったところで、キャサリンは彼女に笑いかける。
「もし、貴女が結婚する事になったら、私も結婚式に呼んで頂戴!ふふふ、楽しみだわ」
「……いつになるか分かりませんが、宜しいのですか?」
「ええ、勿論待つわよ。けど意外とすぐに結婚しちゃうかもしれないわね」
キャサリンにウインクしながらそう言われたのを不思議に思った私は、思わず首を傾げてしまったのだった。
翌日、キャサリンの宣言通り午前中は授業、午後は読書というスケジュールに変わった。そのため、アフタヌーンティーの時間も無くなった。その上、忙しいからなのかミモザと喋る事も少なくなる。ミモザは少し寂しく感じたが、護衛に専念する事にした。
そして出発まであと三日となった今日。
ほぼ復習も完了し、後は待つだけ状態になったキャサリンが、「街に出たい」とお願いをしてきたのである。嫁入り先の大公家の家族に個人的にお土産を渡したいらしい。忙しくて中々購入できていなかったため、今日になったらしい。
「しかし、出歩かれても宜しいのですか?」
「……今はそこまで影を向けられる事は無いの」
隣国との婚姻を結んだ公爵家は、キャサリンが婚約を結んだ当時から何度も彼女に暗殺者を送られている。勿論彼女が傷を負った事など一度もないが。
流石に出立日まであと数日。念の為を考えるとやはり家の中にいた方が良いのでは……?そう考えているミモザは彼女の外出に渋っていたが、キャサリンから「両親や兄には許可を取っている」事を聞かされたこと、最後に生まれ育った街を見たい、と涙ながらに訴えた彼女にミモザは敗北した。
渋々ミモザは一つの提案をして街に出る事を了承したのだ。
それが入れ替わりである。ミモザがキャサリンの代わりになると言う。そこでキャサリンは、「私が護衛になれば良いのね……なら良い方法があるわ!ミモザの方はよろしくね」と言って出ていったのだ。
つまり入れ替える方向で行く事に決めたのだろう。提案を了承されてミモザはホッとした。だが、次の脅威が迫ってきている事に彼女は気づかない。
「ミモザ様、私たちにお任せ下さいませ」
「ふふふ……腕がなるわぁ〜」
侍女の手の動きがとても怪しい。それが少し恐怖に繋がった。カチンコチンに固まっているミモザを侍女たちは引っ張り、応接間へ連れていく。そして――
「頑張りましょう、ミモザ様」
それがミモザにとって地獄の時間になるとは……この時は思わなかったのだった。
「簡単に提案すべきではなかったな……」
遠い目をして悟ったミモザ。鏡には公爵令嬢のキャサリンに似せた姿のミモザが映っていた。流石に目の色だけは変える事が出来ないが、遠目から見ればまるでキャサリンのようだった。
初めての経験だった。あれだけ侍女に揉みくちゃにされるとは思っていなかったのだ。女性は大変だな……と出かける前から疲労が溜まっているミモザの耳に、ドアのノックの音が聞こえた。
「終わったかい?」
振り向くと目の前には、キャサリンと同じ瞳と髪色を持つ青年が立っている。誰だろうか……?とミモザが疑問に思っていると、侍女の一人がその疑問に答えるように話し始めたのだ。
「あら、キャサリン様。デーヴィド様に変装されたのですか?」
「ああ、その方が良いかなって思って。女性二人よりは、男性が一人いた方が良いだろうし……ミモザより変装しやすい事が一番大きいけど」
デーヴィドは公爵家の長男であり、次期公爵予定の人物だ。キャサリンとそっくりな兄妹らしい。そもそも彼女もデーヴィドもどちらかと言うと中性的な顔つきなので、変装はしやすいだろう。
だが、ミモザはここでハッと気づく。
「ご兄妹に変装されたのは良いのですが……それでしたら、私は変装しなくても良かったのでは?」
「「………………」」
全員がその答えに詰まっているらしく、全員が目を逸らしている。無言の時間が続くが、馬車の準備が終わったことを伝えにきた執事によってその沈黙は破られた。
「ミモザ様!時間はありませんから、このままで行きましょう!」
「そうです!それに……」
二人目の侍女の言葉は聞き取れなかったのが、確かに時間がないのはその通りである。そのまま行くしかないのだろうな、と思っていたところで、恭しく手を出された。
「お手をどうぞ、キャサリン」
「ありがとう、キャ……デーヴィドさ……ま」
「ふふふ、私のことは外では『兄様』とお呼び下さい」
そんな会話をしながら、彼らは馬車に向かう。馬車に先に着いたミモザは、手すりを持って登ろうと手を伸ばす。
「可愛らしいお嬢様。どうぞ、私めにエスコートをさせて頂けますか?」
と言って恭しく手を差し出してきたのである。そうだ、今はキャサリンに変装しているんだと言う事をミモザも思い出し、その手を取る。手は思ったより大きくて、暖かい。人の温もりに触れたのは、いつ以来だろうか……人の温もりも良いものだな、とミモザは頭の中で考えていた。
馬車の中では買い物先での振る舞いについて確認を取っていた。キャサリンがお土産として購入するのは、四つらしい。義両親と、妹二人の分だそう。妹も弟もデビュタントは終わっているらしい。妹用にはバレッタを購入する予定だそうだ。
「店で商品を見る際は、二人で見るようにしましょう」
「それが宜しいかと。私も兄様を守りやすいですから」
「ふふふ、頼もしくて助かります。でも私も護身術等は習っていますから、応戦しますよ?」
「兄様、そこは護衛に任せて下さい……」
なんて気軽に話していたが、そろそろ街に入る頃だ。
「ここから口調を変えさせていただきますわ。キャサリン様の口調と似ていると良いのですが……」
「問題ありませんよ。何かありましたら、私がフォローしますね」
「……ありがとうございます」
ぎこちないながらも、キャサリンの代役を務めようとする彼女に、周囲は温かい目を送っているのだった。
――仕事だ、仕事だ。相手はキャサリンだ!女性だ!
そう思っていても、どうしても意識してしまう。
今ミモザは宝飾店でお土産の物色していた。馬車でも話していた通り、襲撃に備えて常に二人で行動していることもあり、ミモザへのエスコートがとても多いのだ。
ミモザは何方かと言うと諜報の仕事では女性の姿ではなく、男装して行う事が多いため、どうしてもエスコートをする側が多い。そのため、このようにエスコートされて連れられる事が今まで数度しかないのだ。しかも、その数回でさえエスコートしたのは、父や兄である家族。異性からのエスコートに慣れていない。
相手はキャサリンだ、女性だ。と思っていても、変装っぷりが素晴らしい。ホールにある家族の肖像画で長男のデーヴィドの姿は見た事があるが、まさにそこから出てきたのではないか、と言うくらいに似ている。
心の中では混乱しながらも、馬車内で話し合った通り店員の話は二人で聞く。
「キャサリン、どうですか?お土産にお気に召す物は?」
「そうですわね……この緑の宝石は如何でしょう」
「ほう、流石お目が高い!その宝石はアレキサンドライトという希少価値の高い宝石です」
「アレキサンドライトは、昼間と夜間で色を変える宝石……でしたか」
「ええ、デーヴィド様。よくご存じで。その通りでございます。昼間はエメラルドのような緑色に、夜間はルビーのような赤色に変化することから、昼のエメラルド・夜のルビーとも呼ばれる宝石でございます」
「どのように変化するのかしら……?」
「気になりますか?」
無言で頷くミモザに、店員は「購入されれば見れますよ」と笑いながら話す。「それはそうですね」と返しながら、この不思議な宝石に彼女は魅力を感じていた――
一時間ほどでお土産の宝石は決まった。大公夫妻は青色が好みだと言うことで、ラピスラズリを使用したタイピンとネックレスを。妹にはピンク色のモルガナイトを使用したネックレス、兄にはタンザナイトを使用したタイピンを購入した。
お土産が決まれば、もう問題はない。だが、キャサリンはいつどこで狙われているのか、分からない。そのため、ミモザは「申し訳ございませんが、このまま帰りましょう」と提案した。歯切れの悪い返事を聞きながら、御者に帰宅するよう指示を出す。
帰り際が油断を誘いやすいため神経を張り巡らせていたが、無事に公爵家に辿り着いた事に胸を撫で下した。勿論、最後のエスコートも手を重ねると、心臓の鼓動が大きくなる気がした。
――きっと慣れていないだけだ。そうに違いない
そうミモザは自分に言い聞かせて、自分が女装するという何とも珍しい護衛の仕事は終わりを告げたのであった。
翌日、護衛最終日。
キャサリンとの別れが近いため寂しい気持ちになっていたミモザに、キャサリンが声を掛ける。「最後にお茶でも如何かしら?」と問われたミモザは、「はい」と返事をしていた。
「今日が出立前の最後の日と言っても……やる事が無かったのよね」
と苦笑いしているのはキャサリンだ。今、ミモザは一週間前と同じ場所でアフタヌーンティーを楽しんでいた。
「貴女と明日別れるなんて寂しいわ……ねぇ、護衛として一緒に来ない?」
「お誘いは嬉しいのですが……私はアズライト侯爵家に所属しておりますので」
「ふふふ、もし何かあったときは私に頼って頂戴。力になるわ」
「ありがとうございます。その時はよろしくお願い致します」
そうお礼を言えば、彼女は満足したらしい。成程、後者が叶えば良いのだろう。最初から「頼って」と言われれば、ミモザは遠慮しただろうが、最初に無理難題を突きつけた事で、「それなら……」と言う気分にさせる彼女の手腕は素晴らしかった。
そんな世間話をしている最中、キャサリンに客が来たらしくアフタヌーンティーは中断するかと思われた。ミモザは席から立ちあがろうとするが、キャサリン付きの侍女から「お嬢様から『座っていて下さい』と申し付けられておりますので」と言われ、彼女は元の席に座る。
5分程経った頃だろうか。キャサリンが戻ってきたようだ。
「ごめんなさい。昨日の商品が届いたか、最終確認をしていたの」
「昨日選んだ土産ですね」
「ええ。……昨日は私に付き合わせてしまって。本当にミモザに申し訳なかったわ」
「いえ。私は基本男性の格好をしておりますので、逆に新鮮でした。それに、皆様の手腕が素晴らしく、感動いたしました。私がキャサリン様のように見せる事など、無理ではないかと最初は思っていたので」
「この家に勤めている侍女たちは、素晴らしいのよ」
ふふふ、と笑う彼女は可愛らしい。彼女が笑った瞬間、ふと手袋をしている事にミモザは気づく。濃青色のドレスに腕を隠す白い手袋が彼女に似合っていた。
「ねぇ、私の護衛に来ない?という話を先ほどしたでしょう?」
「ええ、申し訳ございませんが……」
「それは良いのよ。それなら、もう一つ提案があるの」
「提案ですか……?」
「ええ。兄様に嫁入りしたらどうかしら。我ながら良いアイディアだと思うのよ?」
「え」と言いながら、固まったミモザ。仕方ない事だと思う。彼女は恋愛・結婚関係については、今まで全く浮いた話がない。つまり免疫が無い。
「兄様は優良物件だと思うわよ。顔も良い方?だと思うし、仕事は出来る、って周囲から評価されているし。性格も悪く無いと思うわ」
「いえ、私のような男みたいな女性など、釣り合わないと思うのですが」
「釣り合わないなんて私は思わないわ。男性用の格好をしているのは、仕事のためでしょう?似合っているから良いと思うのよ。ミモザは自己評価が低いのね。綺麗なのに……。何が好ましいって、『高貴な女性は学園卒業後結婚して家庭に入らなくてはならない』という価値観が根付いていたこの帝国で、結婚せずに仕事を選ぶ事って中々難しいと思うの。伯爵家以上の貴族令嬢は全員が仕事をする事なく、嫁いでいったものね。私もそう。けど、貴女はその前例を破ったわ。高位貴族令嬢の社会進出のきっかけを作ったのよ。素晴らしい事じゃない」
そう言われても、何も実感が湧かない。ミモザはそもそもそのように考えた事が無かったからだろう。それを理解しているのか、こう告げた。
「大丈夫よ。これからきっと理解できるようになるわ」
彼女の笑みは美しかった。だが、何か違和感を覚える。その違和感に気づけないまま、アフタヌーンティーの時間は終わりを告げる。
その違和感の正体が分かったのは数日後だった。
「ミモザ、キャサリン様は無事に出立されたそうだ」
翌日、父侯爵の執務室で終業の報告を終えた後のことだった。
「先ずは一安心ですね」
「ああ、後は道中の安全を祈るしかないが……まぁ公爵家の私兵と王家の衛兵がいるから問題はないだろうが」
それに暗部もいるだろうな、という侯爵の言葉も部屋に響く。ミモザは残念ながら最後の言葉を拾う事はなかった。胸中では彼女の護衛をしていた時のことを思い出していたからだ。
彼女は一歩、いや二歩三歩先の事を見通していたのかもしれない。この先起こる事が分かっているようなそんな目。心が見透かされているような気がして焦りを抱くこともしばしばだった。
侯爵が話している横で、内容を耳に入れながら立っていると、彼が思い出したかのように話し始めた。
「公爵家と言えば、キャサリン様の兄である、デーヴィド様がミモザにお礼をしたい、と言っていたぞ」
「お礼……あまり大した事はしていないと思いますが」
「ああ、妹の話し相手になってくれてありがとう、と言っていた。その礼らしい。断るのも悪いだろうし、お礼なのだからいってきなさい」
「……そうですね、承知しました」
そして三日後、彼女は公爵家へ赴いたのだが……
――早く帰りたい。
彼女は心の中でそう思っていた。何故なら、彼女の今日の格好がドレスだったからだ。
ドレスほど心許ないものはない、足が隠れていない事が彼女は苦手であった。特にこのドレスは緑のマーメイドドレスなのだが、動きやすいようにスリットを入れている。裾が広がりすぎるのも宜しくないので、スリットの部分の広がりは、紐で制限できるようにしている。例えると、トゥシューズのような編み込みがなされている。
お礼を受け取るだけなのに、何故ドレスなのだ……それは本人が一番知りたい事だろうが、ただ単に押し切られただけである。食事中に母、侯爵夫人からその話を振られたミモザは、服装について聞かれたところ「騎士服で参ります」と答えたのだ。だが、その答えを聞いた夫人が食事後、ミモザの部屋まで彼女に同行し、侍女に指示を出しドレスの支度をさせるよう命じたのだった。
執事や侍女たちに迎えられ、ミモザは護衛の際お世話になったカールトンに案内され、庭園に案内された。この時期は花が見頃を迎えているらしく、その景色を見てほしいとのことだ。緊張のあまり少し早く到着してしまったため、まだデーヴィドは庭園に来ていなかったようだ。そのためカールトンは謝罪を口にした。
「デーヴィド様は直参りますので、少々お待ちくださいませ」
「ありがとうございます。お言葉に甘えて、少しゆっくりさせてもらおうかと」
カールトンはお礼を述べると、すぐに紅茶の準備に取りかかる。温かい紅茶がティーカップに注がれたので一口飲んでみるのだが、全く味がしない。味も香りも一級品である紅茶を楽しむ事ができないほど、彼女には余裕がなかった。
そんな彼女も、庭に咲き誇る花々を見ていると心が癒やされたらしい。服装を気にする事なく庭の花鑑賞を楽しんでいた。そして紅茶がティーカップから無くなる頃、彼がこちらに向かっていることに気づく。慌ててミモザは立ち上がり、彼の方へ歩き出した。
「お待たせいたしました、ミモザ嬢。お越し頂き、ありがとうございます」
「こちらこそ、ありがとうございます」
そう笑ってミモザが答えれば、デーヴィドは満面の笑みで返す。
「ミモザ嬢、貴女にお会いできて心が躍っております。この時間を楽しみにしておりましたので」
「……そんな、大袈裟ですよ」
デーヴィドの言葉に思わず頬を染めてしまったミモザは、気づかれないように下を向き答える。それが彼女の精一杯。だが、そのことに気づいているのか分からないデーヴィドは、立て膝の格好でミモザに右手を差し出した。
「護衛としてキャサリンの元にいた貴女も美しいと思いましたが、ドレスを着た貴女はさらに美しいですね」
美しいと褒められたミモザは困惑顔だ。勿論、頬は赤みを持ったままだが。デーヴィドが差し出した手に恐る恐る右手を載せると、彼は女性が見惚れるような笑みを返した。
デーヴィドにエスコートされるミモザ。二人の距離は近い。そしてそんな時、キャサリンのあの言葉を思い出したのだ……「兄様に嫁入りしたらどうかしら」という言葉を。
彼を見上げると、端正な顔が目に入る。やはり美しい。
――肖像画を見ると線画細いように見えるが、本人と対面すると筋肉がしっかりとついている。これは毎日訓練を欠かさず行っている人間の筋肉だ。努力家なのだろう。好ましいとは思うが……
そう彼を分析したミモザは、はっと我に返る。彼を意識していることに気づいたからだ。
なんと破廉恥なのかしら。恥ずかしい想いで真っ赤になった彼女は俯いた。穴があったら入りたい気分なのだ。だから、ミモザは気づかなかった。側から見ればデーヴィドに好意を抱いているように見えている事を。そしてデーヴィドも俯いた彼女を愛しい目で見ていた事も。
「では、ミモザ嬢。お座りください」
完璧で優雅なエスコートにミモザは自分が女性として扱われていることを実感して、また頬が赤くなる。彼女が座っていた椅子まで案内して彼女を座らせたデーヴィドは、そんな彼女に笑いかけるのだった。
何を話せば良いか、そこも悩みの種だったミモザであったが、思った以上に会話は弾んでいた。最初は聞かれた事を話すだけだったが、デーヴィドが話すと、疑問に思う部分を聞いたり、相槌を打ったりとどんどん会話が広がっていく。そのような感覚が初めてだったミモザは、デーヴィドとの会話を楽しんでいた。
そんな最中、会話が切れ無言の時間が一瞬、辺りを静寂に包む。それを打ち消すようにデーヴィドの声が響き渡った。
「ミモザ嬢、今日貴女に来ていただいた理由は二つあってね。一つは護衛のお礼……二つ目は、貴女に結婚を申し込もうと思っていて」
「え?」
思わず声が出ていることにも気づかず、目を見開いてデーヴィドを見つめるミモザ。何故?という疑問が彼女の頭を駆け巡る。
ミモザが混乱していることに気づいているデーヴィドは、「本当に可愛らしい」と言って更に彼女を困惑させる。見かねたカールトンが紅茶の手配を侍女に命じたことで、第三者が物理的に彼女の視界に入ることによりミモザも一旦落ち着く事ができたのだった。
だからこう尋ねたのだ。
「御無礼を承知の上でお聞きしますが、嫁ぎ遅れの私に結婚の申込、ですか?」
「ええ、貴女となら良い関係を築けそうだと思って」
失礼だが、デーヴィドの目は節穴なのかもしれない、とミモザは思った。彼女よりも若く美しいご令嬢はごまんといる。それなのに何故……?そう考えていると、デーヴィドと目が合う。だが、婚約の申込をされている相手ということを思い出し、照れたミモザはすぐに目を逸らす。
だが、デーヴィドはそんな彼女に腹を立てるどころか、ニコニコと微笑みながら彼女を見つめていた。
二度目の混乱を乗り切り、思い切って彼女はデーヴィドに疑問をぶつけることにする。
「で、ですが、私は仕事に生きようと考えている女です。公爵夫人など務まりません」
「勿論、別に仕事を辞める必要はないよ?ただ仕事場所は変わるけれど。私は外交官をしていてね、護衛や諜報活動能力の高い人を探していたんだ。ちなみに婚約の件は侯爵殿からも許可を頂いていて、あとは君次第らしい」
「そうなのですか?」
「うん。それか公爵家の護衛として手配することもできるし。先ほど言った通り、私は外交官として外に出る事が多いから、その時の護衛という形で助けて貰えると嬉しいかな。頑張れば、アズライト侯爵の元で働けるように環境は作れるかもしれないけれど……ここは少し時間を貰わないといけないな。ちなみに今日の茶会も婚約の話を出すと、『仕事に生きたいので』と拒否されるので、先日のお礼という形で招待してほしいとアズライト侯爵から相談を受けていてね。元々受けるつもりだったのだけれど、侯爵夫人が『ミモザにドレスを着せて伺わせますわ』と張り切ってくれたんだ。とても気合が入っていたよ」
なんと、両親もこの件を知っていたらしい。だから気合十分だったのか、と今更納得する。侯爵も夫人もミモザの結婚の件については、20歳過ぎた頃から積極的になり始めたのだ。彼女の性格を知っている二人からすれば、この手は有効だったのかもしれない。
考え事をしているミモザにデーヴィドは近づき左手をとった後、彼女の耳元に囁きかけた。
「それで、婚約の話は受けてくれるかな?」
思わぬ行動に吃驚したミモザだったが、耳には彼の声の余韻が残っている。線の細さに似合わぬ低音、そして甘く響く声。恋愛初心者のミモザにはハードルが高く、声を発することもできず口を少し開けたまま固まってしまった。
固まったミモザの瞳はデーヴィドを見つめていた。デーヴィドも同様に彼女を見つめている。離れて見る侍女やカーライルのような第三者から見れば、甘い雰囲気を醸し出しているようにしか見えないのだが、二人はそのことには気づいていない。
一歩ずつ、ゆっくりと近づくデーヴィドに目を離す事ができないミモザであったが、先ほどの言葉の返事を返していないことに気づく。
「デーヴィド様、私は……」
言い淀むミモザ。仕事だけではない、女性らしくない私で良いのか、それが胸中を占めるのだ。
「いいよ、ゆっくりで良いから教えてくれるかな?」
「……私で宜しいのですか?女性らしくないのですよ。若くて可愛い令嬢なら沢山おりますし」
「……私は君が良いんだ。エスコートで可愛らしく頬を染める君がね」
と言われて、ミモザは顔が真っ赤である。いつの間にか彼の美しい顔がミモザの目の前にある。
「気づいておられたのですか?」
「勿論。キャサリンの代わりとして街に行った時から気づいていたよ」
「……え?」
「あれ、気づいていなかった?5日前の外出はキャサリンではなく、私が外出をしたんだ。キャサリンは家にいた方が安全だからね。君が本当にキャサリンにそっくりだったから、驚いたよ」
という事は、キャサリンにドキドキしていたのではなく……そのことに気づいて、真っ赤だった顔が更に赤くなり、頬に熱を持ち始める。そんな彼女の頬にデーヴィドは手を優しく添えた。何もしていなければ、恥ずかしがって下を向いてしまうからだ。
「その表情は良い返事だと受け取って良いのかな?」
そう聞かれて思わず首を縦に振るミモザの様子を見て、デーヴィドだけでなく周囲の侍女やカーライルまでもが、うまく行ったとほくそ笑んでいた事をミモザは知らない。
その後デーヴィドが「見せたいものがあるから」と、応接室に案内されたミモザ。ドアが開いて彼女が見たものは……
「キャサリン様?で、ですがあの方は大公家に向かっていると……」
「私だよ、ミモザ嬢」
「デーヴィド……様?」
目の前にはキャサリンの姿をしたデーヴィドが佇んでいたのだ。それだけでも驚くべき事であるが、デーヴィドの次の言葉で更に驚かされる。
「ちなみに出立の前日、キャサリンが席を立ったのは覚えているかな?あの後戻ってきてから君と話したのは、実は私だったのだよ」
確かに声が少し低くなった気がしたような記憶はあるが、まさか変装したデーヴィドだとは。
「まぁ、私たち兄妹は幼い頃から必要に駆られてお互いに変装していたからね。みんな慣れたものだよ。声も違和感なかったと思うんだけど。あの時言った事は、勿論私の本心……流石に自分で優良物件と言うのは、恥ずかしかったけどね」
その時の事を思い出したのか、少し頬を染めるデーヴィド。そんな彼も艶やかだ。
「……ミモザ、もう離さないからね?」
お互いの鼻先が付きそうな程の真近でデーヴィドの色気を感じながら、ミモザの意識は遠のく。そして次に気がついた時、ミモザは彼の膝枕で寝ている上に、指にはアレキサンドライトで作られた指輪がはめられていた。
その後。
ミモザとデーヴィドが婚約を決めたと聞いて、アズライト侯爵家とアレキド公爵家ではお祭り騒ぎだったそうだ。
「やっと仕事一筋男装趣味娘が嫁に……」
「やっと仕事一筋女装趣味息子に嫁が……」
似た物同士、祝福されていたのであった。
拙作を読んで頂き、ありがとうございました。明日も最後の新作短編を投稿する予定です。そちらも是非ご覧ください。
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「問題児と優等生と婚約破棄と」
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