アッシュ先生の冒険者教室~その1
武器や道具を揃え、改めて身丈に合った装束へ着替えた次の日。
僕とレネイは再び荒地へ連れてこられた。てっきり今日は依頼を受けるものかと思っていたが、どうも違うようだ。
「まあ聞け。これは冒険者の死亡率についての話なんだが……新人の冒険者程死にやすい、特に初任務での死亡率は目も当てられないくらいだ。街によっては依頼をこなして初めて記帳できる、なんて所もあるくらいにな」
アッシュは、至極真面目な表情で淡々とそのようなことを口にした。
「付け焼き刃の冒険者程危険な奴はいない。魔法職なら然もありなん、自分の詠唱に夢中で後ろからガブリ、あるいはグサリ、ってのが一般的な死因だな」
……今日は、随分と脅してくるな。
「これはな、脅しじゃない。『事実』を伝えてるんだ。折角組んだ仲間に死なれたくないから敢えて厳しい事を言うし、死なないよう訓練をさせる」
訓練?どういうことだろうか。
「二人には、自衛力を身に着けてもらう」
自衛力?戦闘力ではなく?
「そうだ、『戦う』なら誰だってできる。敵見ゆ、魔法か武器で攻撃する。簡単だろ?だが、『自衛』となると別だ。誰よりも早く敵を捕捉し、『護るべきもの』との間に立ち。自分が死なない程度で敵がその先に進ないように相手をする。これは難しい」
何となく、アッシュの言っていた事は分かる。実際に彼の戦い方を目にしたから。護衛対象に隠れるよう命令し、獣の群れへ飛び込み隊商より己に意識が向くよう戦い続けていた。
「そして、これは『護衛任務』のみに限った話じゃない。どんな依頼にせよ『生きて帰ること』が最優先。その場合俺達が護るべきものは、『退路』だ。何が何でも『退路』を護って戦う……というわけで、今日から暫く。二人には『逃げながら戦う』或いは『護りながら戦う』という手管を身に着けてもらう」
そこまで言って、アッシュはレネイの方を向いた。
「まあ、レネイはどうも『精霊魔法』の方に素養が向いてるっぽいし。『護りながら戦う』っていう方向だけで行こう、どんな攻撃も当たらなければどうという事もない」
そこで、僕はふと疑問が湧きあがった。
「なあ、アッシュって『魔法』と『精霊魔法』を言い分けて使ってるけど。それには意味があるのか?」
「応、勿論意味はある。というか魔法職にとっちゃ常識になるから今覚えとけ」
そう言って、アッシュは口頭で『魔法』と『精霊魔法』の違いについて説明を始めた。
一に、人の扱う『魔法』は。魔力を自身が授かった『加護』の触媒とすることでこの世に『加護』を映し出す行為だという事。
二に、『精霊魔法』とは、魔法陣という『門』によって直接『精霊界』と呼ばれる場所から『加護』そのものを召喚する行為であるという事。
「そんな感じで、『魔法』と『精霊魔法』には明確な違いがある。レネイは初めて魔法を使った時、無意識下で『精霊魔法』を選択していた。実際それで現れたのはレネイの『本質』そのものだった訳だし、間違いなく向いてる」
そしてアッシュは、続けて『魔法陣とは何か』と更に掘り下げて説明した。
先ず、魔法陣というものは魔法に対する素養が無い人間でも張る事自体は出来る。しかしその魔法陣は本当に小さな敵意だけでも壊される程脆弱であり、目視すらできないほど弱いものである。
そのような魔法陣で『加護』を召喚することなど不可能であり、『如何に強力な陣を張れるか』によって『精霊魔法』の素養は変わる。
「で、これは捕捉なんだが。俺は仕事中、常に自身を中心とした魔法陣を展開している。それもそこそこ大きい奴。これは呪い避けというより『壊される事』を前提に張っているんだ。そしてここからが重要。魔法陣が壊される、或いは陣の中に望まぬものが侵入すると、術者の肉体にそれが返ってくる。具体的に言うと背を虫が這うような気持ち悪さを感じる」
そこで、とアッシュは話を繋げる。
「レネイには俺の様に『常に魔法陣を展開する』という事を覚えさせる。まあ、正直これはかなりしんどい。俺みたいにそれくらいしか魔力が使い道のない奴か、膨大な内包魔力がある奴くらいしかできない。つまり超しんどい」
「結局しんどいのか……」
「だが、俺が出来るって事はレネイにも出来る。そんで、此処からは俺と違ってレネイにしかできない事なんだが。展開した陣に『何か』が侵入したと思った瞬間、そこに『精霊魔法』を発現させる術を身に着けてもらう」
「……そんな事、本当にできるの?」
「できる。というか、やってる奴を一人だけ知っている。レネイやユートみたいな魔力バカだ、そしてバカだ」
魔力バカて。否定はしないけどさ。
「という訳でユート。レネイに二、三種くらい『精霊魔法』を教えてやってくれ、主に自衛向きの奴」
あ、やっぱりそこは僕が教えるんだ……。
「ま、持ちし者の宿命と思え。それにレネイは飲み込みが早いし、何度か練習させれば自力で出来るようになるだろ」