『適性試験』
レネイが『冒険者』になると決めた日。アッシュは僕とレネイを、街の門から出て少しの所にある荒地に連れてきた。
「なあ、アッシュ。こんな所で一体何をするんだ?」
僕の問いに対し、アッシュは何気なくと言った様子で答える。
「ああ、とりあえず二人は『なにができるのか』ってのを知っておこうと思ってな」
……どういうこと?
「一口に『冒険者』と言ってもやってる事は人其々。俺みたいに街から街への護衛を中心にしている奴や、里に下りてくる魔獣の討伐を主とする奴。或いは賞金目当てに犯罪者を捕らえて回る奴……多種多様って訳だ」
だが、とアッシュは続ける。
「俺達がやりたいことは『冒険』、まだ見ぬ世界を夢見る事だ。そうだろう?」
それに、僕達は強く同意する。
「ただ、そうする為には先ず『金』が要る。だからこそ、『どんな仕事で稼ぐのが最適か』を見極め手っ取り早く金を稼ぐ……今日やるのは、その為の『適性試験』だ」
「先ずはレネイの魔法適性を見たいと思う」
そう言いながら、アッシュは適当な……子供ほどの大きさがある岩を持ってきてレネイから十メートルほど離れた所へ置いた。
「……馬鹿力」
「ちげえよ。『肉体強化』、魔法の一種だ」
ああ、時折アッシュの身体に浮かび上がる紋様の事か。
「そう、それ。でだ、レネイは『闇の加護』基『金の加護』を持っている。ただ『加護』と言ってもその大きさは人其々、魔法の適性も人其々で、よってレネイが何をするのに向いているのかを判断する」
そうして、アッシュはレネイに訊ねた。
「レネイは今まで魔法を扱ったことってあるか?」
「……ない」
「だろうな、元村娘なら当然だ。ユート、なんかいい感じの魔法を教えてやれ」
「は?なんで僕になるんだ?」
「あのな、『魔法』や『精霊魔法』ってのは基本『加護』が無いと扱えないんだ。だから同じ『加護』を持つ人間同士じゃないと上手く伝えられない。方向性の違い?ってやつだ」
成程、何となくわかった。
「……それじゃあ、レネイ。僕のかざす手の上にレネイの手を重ねて。……そう、それで僕の魔力に同調するように魔力を流して。僕が魔力の流れを切っても、レネイはその状態を維持して……僕の詠唱をなぞるんだ」
少し恥ずかしいけど、多分これが一番伝えやすい方法だ。
僕は、彼女が流す魔力が安定したことを確認すると。自身の魔力の流れを止め、文言だけを述べる。
―地に隠された力、欲に相対す力。しかして須臾の狭間にて、強欲を解放せん―
レネイが、それに沿ってたどたどしくも詠唱を終えると、彼女のかざした手の前に『如何にも』といった魔法陣が展開され……なにやら黒い物体が矢弓の様に飛び出しアッシュが持ってきた岩を粉々に砕き地に突き刺さった。
「ひえっ……」
うん、レネイ。僕もそんな気持ち。
そのように、二人して驚いているさ中に。アッシュは何でもないように黒光りする塊に近づき指で二、三度はじいてから言った。
「これは、黒曜石だな……成程、レネイらしい魔法だ。しかも適性は抜群、自分でもよく分かっていない魔法をこんな精度で扱えるってな最早天武の才だ」
「えっと、喜んでいいの?」
「応、普通『魔族』でも一発でこんなことは出来ない。誇っていいぞ」
そのような会話の中で、僕にはふと気になることがあった。
「その『レネイらしい魔法』って、どういうこと?」
「ユート、流紋岩って知ってるか?火山地帯とかで良く見つかる奴」
「あー、何となく。マグマが地下深くで固まった岩ってので合ってる?」
「そういう解釈で構わん。その中でも黒曜石はマグマが水中などで噴出し、急激に冷やされることで発生する。つまりな、これは彼女の『意志』の具現さ。黒曜石の欠点は『脆さ』だが、その鋭さと輝きは人の目を引き『宝石』の一つとして扱われる。普段は穏やかな流れの心を持っているが、これと決めれば強い意志の輝きを見せる……実に良い性質じゃないか」
アッシュの言葉に、レネイは恥ずかし気に顔を赤くして見せた。
「レネイはどう見ても前に立つ事に向いているとは思っちゃいなかったし。全体の均衡で見れば丁度いいかもな」
して、アッシュとしては僕の『魔法適性』というのはどうでもいいようで。次の『試験』とやらの説明を始めた。
「次は、単純な体力を見たいと思う。確かにユートとレネイはどう考えても魔法職だ。だが時として『魔法なんか使ってる暇はない』って場合が存在する。それもそこそこある。結構ある」
一理ある。それに何度か扱って分かったが、『魔法』も思いの外体力を使う。なんにせよ『冒険』をするからには必要だろう。
「そういうわけで、俺に振り切られない程度に、体力の限界まで俺を追いかけてこい。魔法は無詠唱のみを許可する」
……それってほとんど『魔法は使うな』って事じゃないか
「まあ、俺も『肉体強化』は使わないし。俺四十……まだ三十代、ユートは十代……レネイは『魔族』だから見掛けじゃ分からんが、要は年齢にハンデがあるってことだ。ある程度はついてこられるんじゃないか?」
成程、あくまで『瞬発力』でなく『持久力』としての体力を見たい。ってとこか。
「それじゃ、三で開始な」
「あ、ちょっと」
アッシュは、僕の制止も聞かずに。勝手に数え終えると直ぐに走り出してしまった。もう追うしかない、アレか、『身体強化』を使わせない為か。
「はっはっは!遅いな若者、荒地は苦手か?そんなことじゃ直ぐ賊に捕まっちまうぞ」
こっちがなんとか追いついているという状態だというのに、アッシュはヒトをからかう余裕まであるようだ。
「刻印術だけで『兎脚』と呼ばれちゃいねえよ。健脚だけが俺の取り柄だからな!」
その後、三十分ほどアッシュを追い続けたが。先ずレネイが倒れ……そして間もなく僕もダウンした。
「ほら、街まで一走りして買って来た水だ。ついでに水筒もな、其々大切に使えよ」
「この、体力、お化け……」
「ああ、それはよく言われる。……元々牛飼いだからな、体力はあるんだ」
『年齢のハンデ』というのは何処に行ったんだ。レネイなんか何も言えずにまだ倒れてる。
「レネイは思った以上に体力がないな。性差というより、これまで肉体労働はあまりしてなかったって感じだ」
ま、魔力頼りの魔族にはままある事だ。とアッシュは言って、自分の水を飲んだ。
そのように、『適性試験』は一旦休憩ということで。レネイの体力が戻るまで僕とアッシュは雑談をしていた。そして、何となくこの試験の間で僕が疑問に思っていた事を訊いてみた。
「そういえば、アッシュって今まで『肉体強化』以外の魔法を使ってるのを見た事がないけど、何の加護を持ってるんだ?」
して、その回答は実に簡潔で、だけれど少しばかりの後ろめたさを思わせるものだった。
「何もない。『人間属』は母胎にて命を宿したその時から『精霊の加護』を授かるものだが、時折俺みたいに『何も授からない』って奴がいる」
……。
「おい、そんな顔するなよ。別に気にしちゃいないし、生物なら皆『魔力』自体は持ってる。だから何度か見せたように、魔石を用いた刺青『刻印』にさえ魔力を回せば簡単な『魔法』は使えるんだ。だからそんな落ち込むなって、相棒」
「いや、なんか。ゴメン、そんなフォローさせちゃって」
「水臭いな、初めから決めてたじゃないか。俺が前衛、ユートは後衛。お前が振れない分、俺が剣を振るうんだ。何事も均衡、そうだろ?」
「……そうだな、確かに僕じゃアッシュの剣なんて持つ事すらできないや」
「そういうことだ。それが相棒、お互いが至らぬところを埋め合って冒険する。夢があるだろ?」
「ああ、かっこいい。ロマンだ」
その言葉を聞くと、アッシュはにっかりと笑った。