酒と料理と冒険と
隊商が魔獣……『牙狼』に襲撃されて半日と少し。アレからは特に何事もなく、目的地である『イリア』へ辿り着くことが出来た。
商業都市『イリア』。この『ガラデア』王国でも指折りの交易地であり、俺が仕事の拠点としている街でもある。
「そんで、この依頼人から捺印を貰った『証書』を食酒亭……あー、ユートの言う『冒険者ギルド』?に持って行けば、報酬を受け取ることが出来る……っておい、聞いてんのか」
無事に依頼を終えた俺は、ユートを連れ立って街を歩いていた。のだが、どうもこいつは浮ついた様子で辺りをまたきょろきょろと見渡していた。
「ん、ああ聞いてる聞いてる。ホント、すごい街だなあ……アレ獣人ってやつか?」
どうもユートは『並人族』以外の『人間属』に会った事が無いらしい。こりゃ相当な辺境出だな。
「しかしなあ、本当にいいのか?ただ『食酒亭へ案内』して、『メシを奢る』だけって……命の恩人だぞ?」
そんな問いに、ユートは漸くこちらを向いて答える。
「こんな得体の知れない奴に、そこまでしてくれるなんて寧ろおかしいくらいだ。……そうだな、森の中拾ってくれた恩も併せてトントンだ」
「かーッ、欲のねえ男だな。そこは『命を救ったんだからその報酬は俺が貰う』とか、『助けてやった褒賞を払え』ってのが普通じゃないのか?」
「……なんだそれ、恐喝じゃないか。僕はそんな野蛮な人間じゃないぞ」
確かにそれは一晩と少し旅をしたから分かる、が。
「まあ、そういうのは飯を食いながら話すことにするか。ほら、此処が『食酒亭』。宿の看板と、軒先にある剣の刺さった酒樽が目印だな。ここで『この街の冒険者』として登録することが出来る……けど期待はするなよ」
そのように、俺が扉を開けユートと共に踏み込んでいった時彼がこぼした言葉が。
「なんだ、この辛気臭い所は」
素晴らしい、完璧な反応だ。ああ、俺もそう思う。所詮は社会の爪弾き者の溜まり場、壁や柱は刀傷や焦げ跡だらけで。薄暗く椅子も机も湿気ってモノによってはカビすら生えている。
「ま、これが『冒険者』の現実って奴だな。さあさ、愚痴は後で聞こう。スられる前に銭を貰わんとな」
この街は交易によって商業が発達しているという事もあり、大変優れた設備が整えられている。……簡単に言えば、綺麗な水を使った美味い飯を安く食うことができる。
「しっかしなあ、まさか『共用語の読み書きができない』ってな意外だった」
『この街で一番の飯を食べたい』というユートたっての希望と、俺の懐が暖まったこともあって。俺は個人的に一番好きな街酒場へユートを連れて来ていた。
「……そんなに驚くことかな。もしかして、この国の識字率ってそんな高いのか?」
「そりゃ違ぇけどよ、驚くだろ。辺境から来て、それだけ流暢に共用語を話せんのに『読めない』『書けない』って言うんだからな」
まあ、俺は依頼書を読む都合もあって識字ができるから、食酒亭には代筆でユートの名を記帳したのだが。
そのように、ぼちぼちとりとめのない話をしていると。漸く俺達の机に料理が運ばれてきた。ああ、実にいい香りだ。焼きたての湯気の立ち方がまた食欲をそそるじゃないか。さて、これに対するユートの反応はどうだろうか。
「おお、鳥の丸焼きか。豪勢だな……美味しそうだ」
中々に良好、連れてきた甲斐があったってもんだ。
そうして俺が肉に小刀を入れると、中から『果汁』と炊いた大麦が零れ落ちてきた。
「これがこの店の名物、『大麦の果汁炊き』……麦だけじゃなく肉にも味が沁み込んでるから、ヤバいぞ」
そのように、俺とユートは揃って切り分けた肉と麦粥を口に運んだのだが。
「……美味い」
「だろ?初めて来たときゃ俺も『穀物に果物ってのはどうなんだ』なんて思ったんだが。肉汁と岩塩が果汁を薄めて程よい甘さになる上に、皮まで使っているおかげで薫り高くなってると来たもんだ。ヤバいだろ」
これにはユートも顔をほころばせ、言った。
「確かに、ヤバいな。本当にこれ岩塩と果物だけか?ウマい……」
「実は隠し味に香草も使われている。そこは交易都市ならではだな」
「そりゃヤバい」
「な、ヤバいだろ」
……これは、連れてきて良かったな。
「いやあ、食ったな。こんな豪快に金使ったのは久し振りだ」
「ホント、奢ってくれてありがとう。ああいう料理は初めてだったけど……はー、満足感が凄いな。そういや、その果物は何処の特産なんだ?多分僕が飲んだ果実水と同じ奴だろ」
鋭いな、さては中々の美食家とみた。
「アレはな、実は輸入品じゃなくこの土地でしか栽培していない『ゾーヤー』っていう果物だ。本来は早めに収穫して果実酒にするんだが、あの店は敢えて熟したモンを仕入れて飯の味付けに使うんだ。それにあの果実水は街を流れる上水の源……要は湧き水を毎朝早くから態々汲み取ってきて、親仁秘伝の比率で混ぜることによりあの深みと甘味を出してる」
「なるほどなあーッ!美味い筈だあ。ありがとうアッシュ、それはどう考えても『この街一番』の飯だ」
そのように、暫し街の要所を教えながら。ぶらぶらと街を歩き回っていたのだが。ふと、俺はユートに訊ねた。
「そういや、お前これからどうする積りなんだ?冒険者やるっつっても、どう見たってユートは旅慣れてるようにゃ見えないし、共用語がわからないんじゃ依頼書すら読めないぞ」
それに対し、ユートは或る提言をしてきた。
「あー……、それなんだけど。確かに僕は旅の「た」の字もわからない、共用語は覚えるつもりだけど……それなりに時間がかかると思う。だからさ、アッシュ。差し出がましいようだけど、後衛職が欲しかったりしないか?」
彼の言葉に、俺が目を丸くしていると。彼は捲し立てて言った。
「ホラ、前の依頼で見た感じ。アッシュは魔法とか殆ど使わない、バリバリの『戦士』って感じだろ?それに対し僕は剣の一つもまともに振れない、使える刃物なんて精々包丁がいいとこだ。でも、魔法なら多分そこらの傭兵なんか目じゃないくらい使える」
……そりゃ、つまり。
「俺と組みたいってことか?」
「……うん、そういうこと。都合のいい話だけどさ、報酬の取り分は宿賃が払えればあとはアッシュが全部持っていっていい。だから、一緒に『冒険』しないか?」
『冒険』その言葉に、俺は震えた。それは二十年前に俺が憧れた言葉であり、正に今ユートの瞳の中で輝いているものだ。
「ッ、いいだろう。ユート、今から俺達は相棒だ。旅の仕方も、文字の扱いも俺が教えてやる。丁度俺も恩を返し切っていない気分だったしな!これからよろしくだ、『相棒』」
それに対し、ユートは俺が差し出した手をがしりと掴んだ。
「ああ、よろしく。『相棒』」
瞬間。ユートがピクリ、と反応すると。唐突に脚へ『風属性』の力を溜め、路地に向かって走り出した。
さては『あの時』俺の『肉体強化』を見ていたのか。ともあれ一瞬見た彼の顔は、如何にも彼らしくない剣幕であった。今の今まで温厚にしていた少年が、突然そのような行動に出るとは並のことではない。何より、今決まったとはいえ『相棒』が何かを察知したのだ。俺もまた『刻印術』によって刺青に魔力を回し、彼を追って路地へ駆け出した。