『異世界転生者』ユート
僕、『如月優斗』は特に変わったところもない十六歳の高校生だ。……いや、高校生「だった」が正しい。
或る夏の日の土曜日。その日は部活や用事もなく、ただコーラが飲みたくてコンビニまで歩いていた時の事だ。
それは本当に偶然の事で、もしも瑕疵があるとすれば『施工会社』という事になるのだろうか。僕が歩く丁度真横の集合住宅、所謂マンションに組まれていた―おそらく塗装による外壁保護の工事をしていたのだろう―足場が崩れ、多分それに巻き込まれて『僕は死んだ』。
推察なのは、今の僕は生きていて。最後に見たモノは上から落ちてくる金属の足場、それだけだったからだ。
ただ、次に意識がはっきりとした時。僕は奇妙な場所に居た。
一面が白色……或いは無色で、地平線も何も見えない。敢えて言うなら『何もない』そんな空間だった。
そのような所で、僕は男とも女とも、子供とも老人とも思えぬ謎の『声』と会話をした。
『君は、まだ定められた寿命に至っていない。故に、君はまだ生きなければならない』
とても、僕には理解しがたい。唐突な発言だった。
『しかし君が居た世界では。「君」は見つからず、しかし事故には巻き込まれたという事が「事実」として固着してしまい元の世界へ戻すことは出来なくなってしまった』
……。
『故に、余は君をこの場へ招き入れた。そして、改めて問う事にした』
声は、唯淡々と僕に対し話しかける。
『君は、まだ生きていたいかな』
それは勿論。当然のことだった。彼の言う通り、まだ僕に生きる時間があるのなら生きていたい。
『そうか、それを聞いて安心した』
そうすると声は、突然輝きとなって僕の前に現れ。僕の胸の内へ吸い込まれるように入っていった。
『これは、君の新たな旅路への餞別。人々はそれを『精霊王』と呼び表す、次の命を照らす道標となるだろう』
そうして、僕は再び目の眩むような光に包まれ……気が付けば見知らぬ森の中に居た。
……声が、聞こえる。誰だ、これは……大人の声だ。
「ユート……おい、ユート。何時まで寝てる積りだ。もう馬車出ちまうぞ」
……。
「あー、誰?」
僕がそう言うと、ごつんとなかなかいい音で頭を殴られた。
「アッシュだよ。ったく、寝ぼけんのも程々にしろ。ホラ、さっさと起きろ」
ああ、そうだった。『兎脚のアッシュ』僕はこの男に拾われ、見知らぬ世界を旅しているさ中なんだった。
それを思い出すやいなや、僕は土の上に敷いていた布を手早くくるみ、布団代わりにしていたフードジャケットを着て荷馬車に飛び乗った。
「そういえば、アッシュってなんの仕事をしてるんだ?傭兵とかか?」
異世界に放り出されて二日目。僕は昨日詰問責めで聞けなかった彼の事について訊ねはじめた。
「あ?俺が『傭兵』なんて「いい職」に就けるわきゃないだろ。『冒険者』だよ、『冒険者』」
そう言って腕を組む僕より一回りは年上の男の腰には、片手剣と呼ぶには少々大きめの剣がぶら下がっていた。
これは、やはり所謂『剣と魔法の世界』というものではないだろうか。しかも彼の職業は『冒険者』、ポップカルチャー好きなら皆知っている有名な職業だ。
「ア、アッシュ。それって、僕も成れたりするかな」
「あん?そりゃ冒険者くらい誰でも成れるだろ。……本当に何も知らないようだな」
そのようにしかめ面を見せたアッシュであったが。途端立ち上がって剣の柄に手を掛けた。
「与太は後だ。ああ、今回は楽な仕事だと思ったのにな。商人さん!『魔獣』の襲撃だ!馬車から降りて身を隠せッ!」
いうが早いか、アッシュは脹脛から太ももにかけて紋様のようなものを浮き上がらせ、とても人間とは思えぬ速さである方向へ『跳びあがった』。
その姿はまさに『兎脚』。しかし何故僕と会話をしていたのにも関わらず目視も無しに『魔獣の襲撃』に気が付いたのだろう。……少し後を着けてみようかな。
そのように、僕が彼の向かった方角へ歩いていくと。そこには上顎から酷く長い牙を生やした狼に似た生物の群れがあった。しかしその大きさは、僕が博物館でみたどの種の狼よりも大きく、また凶悪な姿をしていた。
『魔獣』まさにその通りだ。そして、アッシュはそのような凶獣を相手に、脚力と両手持ちの剣一振りで対等に戦っていた。
彼はやはり目視もせず背後より迫る獣を一薙ぎで斬り捨て、再度反転するとまた別の個体へ斬りかかっている。
しかし、如何せん数が多い。彼一人で対応するには、余りにもその肉食獣は大きな群れを成していた。
そして、とうとうその綻びが現れた。アッシュの呼吸が乱れた一瞬、肉食獣は好機と言わんばかりに大口を開けてアッシュの頭めがけて飛び掛かった。
―間に合わない、そう思った時。僕の身体は半ば無意識的に行動へ移していた。
それは、謎の声から授かった『餞別』自らの意志によってあらゆる魔法を構築する力。僕はアッシュが食い殺されるより一瞬早く、僕の望む最高の魔法を発現させた。
―赫灼よ世の起りの理よ我が心に映りし焔を現せ―
そのような詠唱を遂げた瞬間、伸ばした掌から自分の肌も焼けるのではないかという程の熱量を持った『炎』がアッシュを避けながらも獣の群れを灰と化させた。
魔術深度六、『赫灼の焔』。意志の強さに応じて火力も増し、通常の火とは異なり変幻自在に方向を変えられる。
そのような力を『初めから知っていたかのように』扱いアッシュを助けることに成功した。
「アッシュ、大丈夫か!」
僕は、急いで彼の元へ駆け寄った。アッシュは、返り血こそ浴びていたが。特に怪我を負うことは無く、しかし呆然と腰を下ろしていた。
「……今の、ユートがやったのか?」
アッシュは『信じられない』と言った様子で僕の方を見る。
「うん、勝手についてきてゴメン。でも、アッシュが危ないと思って咄嗟に手がでちゃった」
そういって僕はアッシュに手を差し伸べ、アッシュはそれを握り、起き上がった。
「いや、実際助けられた。お前が魔法を使ってくれなかったら間違いなく俺は食い殺されてたよ、恩に着る」
そのようにして、僕たちは隊商の元へ戻り、『もう危険はない』と伝え。目的地への旅を再開した。