クリスマスホリデー!
12月も末が近づくと、周囲にはそこはかとなくそわそわとした空気が流れ出す。
それはリリィの通う学校でも同じで、クラスメイトたちはウィンターホリデーの話題で大忙しだ。
誰それは家族でどこに行くやら、はたまたプレゼントに何をねだろうか、なんて。
みんな心の底からウィンターホリデーを、クリスマスを楽しみにしている。
そんな中で、リリィだけがぼんやりと浮かぬ顔をしている。
クリスマスの予定が、決まっていないのだ。
それ自体は、別にそれほど不満ではない。
リリィが10歳になる前、兄が実家を出て以来、リリィは実家でもクリスマスらしいクリスマスを過ごしたことはない。
25日の朝に、父親がプレゼントを渡しにやってくるぐらいだ。
だから、リリィはクリスマスにそれほど夢は抱いていない。
年末年始に向けて、皓月とガベイラがばたばたと大変忙しそうにしているという現実だって、ちゃんとよくわかっている。
最近では三人揃っての夕食の時間を確保するのがやっとという有様で、それだって食事を終えるとすまなさそうに謝りながら二人は慌ただしく店へと戻っていくくらいなのだ。
夜だって、二人してリリィがすっかり寝入った深夜にそろそろとベッドにやってくる。
三人で過ごせる時間がめっきり減ってしまったことは、寂しい。
けれどそんな多忙な中で、それでも二人がなんとか時間を作ってリリィと過ごそうとしてくれているのがわかるから、リリィは平気だ。
そんなリリィの悩みの種は、クリスマスを祝っても良いのかどうか、だ。
ガベイラはおそらく平気だろう。
リリィがプレゼントを贈ったら、それがどんなものであったとしてもきっといつものにこにこ顔で喜んでくれるはずだ。
問題は皓月である。
皓月は、クリスマスを祝いたいと思っているのだろうか。
クリスマスというのは、家族とともに過ごし、お互いにプレゼントを送りあう賑やかで楽しいホリデーであると同時にやはり多少は宗教的な意味合いを伴う。
異なる文化圏に置いては異教のイベントとしてクリスマスを祝うことを避けることだってあるらしいのだ。
皓月は、基本的に異邦人としてシスタリアでは振る舞っている。
果たして、皓月の故郷では、文化では、クリスマスを祝っても良いものなのだろうか。
こっそり用意したプレゼントを贈っても、良いものなのだろうか。
リリィはそればかりが、ずっと気になっている。
一言、聞いてみれば良いのはわかっている。
プレゼントを用意してもいいか、と聞いてみれば、きっと皓月もガベイラも答えがなんであれ快く答えてくれるだろう。
だが、リリィがプレゼントを用意してくれてることを知れば、二人はそれに応えようとしてくれるであろうこともリリィにはよくわかっていた。
ただでさえ忙しくしている二人に、余計な仕事を増やしたくはない。
クリスマスなどよりも、リリィには二人の方が大事だ。
忙しい年末年始を乗り越えて、また三人でゆっくりできるようになれば、それだけでリリィには充分なのだ。
二人にはそれだけ、日頃から大事に、優しくしてもらっている。
だから、クラスメイトにクリスマスの予定がないことで気の毒そうに見られたってちっとも気にはならなかった。
リリィにとっての懸念事項は、クリスマスのプレゼントを贈れるかどうか、だ。
貰えるかどうかなど、どうでも良い。
すでに充分過ぎるほどのものを、リリィは二人から貰っているのだから。
そうして、渡せるかどうか悩ましい二つのプレゼントを部屋に隠したままリリィは悶々とクリスマスまでの数日を過ごし――…動きがあったのは、23日の午後のことだった。
今日は少し早めに迎えにいくね、と連絡があった通り、ガベイラがリリィを迎えに来たのはまだ日が沈み切っていない頃合いのことだ。
ガベイラがリリィを迎えるついでに適当な食事をピックアップし、店で待つ皓月に届けて三人で食べるというのが最近のパターンだ。
皓月が忙しくしていて、あまり店から抜けられないのだ。
だからその日もリリィはそのつもりでいたのだが……、ぱたぱたと向かった玄関先にガベイラだけでなく皓月の姿までもがあったもので、リリィは思わず立ち止まってぱちくりと瞬いた。
「皓月、お仕事大丈夫なん?」
「うん、後は任せてきたからね」
リリィにそんな心配をさせてしまったことが不甲斐ないとでも言うように、皓月は柔く眉尻を下げて見せる。
それからおいでおいで、とリリィを手招いた。
とてて、と傍に寄ったリリィの身だしなみをちらりと上下確認するように見て、自分の首に巻いていたマフラーを解くとくるりとリリィの首元を包みむ。
ふかりと顔を埋めると、涼しげな花のような、皓月の身に纏う香りがする。
「今日は夜から雪も降るらしいからね。ちゃんと暖かくしないと」
「皓月は寒くないん?」
マフラーをリリィに譲ってしまった皓月は、いつもの華やかな装束の上に細身の黒外套を重ねただけの格好だ。
もこもこのリリィよりも、よほど寒そうに見える。
「僕は寒さには強いんだ」
「その代わり暑さには滅法弱いよ」
「ガーベラくん余計なこと言わない。ほら、さっさと着替えておいでよ」
「了解、上着だけぱぱっと換えてくるから、二人は先車に乗っといて。玄関先じゃ冷えるでしょ」
長い足で大股に二階へと上がっていくガベイラの背を見送って、皓月がリリィへと恭しく掌を差し出す。
ぺふりと手套に包まれた手をその上に重ねて、二人で玄関を潜って……、リリィはここでもまた目をぱちくりとさせた。
車が、いつもと違う。
いつもは黒塗りの乗用車なのだが、今目の前にあるのはピックアップトラックだ。
4ドアなので、誰かが荷台に追いやられる心配はないことに内心安心しつつ、リリィは皓月が扉を開けてくれた後部座席へと乗り込む。
皓月は助手席だ。
「車、なんでいつもと違うん?」
「諸事情でね」
応える皓月の声音は面白がるような笑みを含んでいる。
仕事で何かあったのだろうか。
もしかすると、リリィの知らないところでまた車を潰されるようなトラブルがあったのかもしれない。
と、そこへガベイラが運転席へと乗り込んできた。
いつものスーツに会わせたロングコートではなく、カーキ色のミリタリージャケットをスーツの上から羽織っている。
いつもと違う車に、いつもと違うガベイラの格好。
皓月とリリィは、いつも通りだ。
なるほど、と思った。
おそらく、ガベイラはこの後何か別の仕事を皓月に任されているのだろう。
食事を終えてリリィと皓月を送り届けた後、そのままガベイラが仕事に赴けるように、との準備に違いない。
リリィがそう納得したところで、ガベイラが明るく「出発するよ」と声をかけて車は静かに走り出したのだった。
□■□
リリィは、困惑していた。
てっきり、夕食のために出かけたとばかり思っていたのだ。
それが、何故か今三人は夜の森にいる。
サザルテラ郊外の、何もない森である。
何故だ。
空は真っ暗で、ちらちらと白い雪が降り始めている。
足下にはこれまでに降り積もったふかふかとした雪が敷き詰められている。
危ないから僕が先導するね、と先頭を歩くガベイラがのしのしと雪を踏みしめ、リリィはその後を皓月に手を取られて歩いている。
夜の森である。
おまけに、何故だかガベイラは当たり前のような顔で斧を担いでいる。
森の入り口近く、車を止めた場所にあった納屋から拝借したのだ。
何故なのか。
相手が皓月とガベイラでなければ、殺されて埋められるのでは、などと考えてしまいそうになるシチュエーションである。
一通り進んだところで、この辺りかな、と呟いてガベイラが足を止めた。
辺りの木々は少しだけ背丈が低い。
斧を担いだガベイラが、くるりとリリィと皓月を振り返る。
良い笑顔だ。
ちょっと間違えたらサイコホラーに片足を突っ込んでしまいそうなぺっかぺかの笑顔で、吐息を白く曇らせながらガベイラが言う。
「好きなの選んでいいよ、姫!」
好きなの。
リリィの頭の上を大量の「?」が飛び交った。
好きなのを、選ぶ???
きょとんと瞬くリリィの手を、ぎゅ、と皓月が握る。
思わず見上げた先で、異国の神様のように美しい男が満天の星明かりをその双眸に蕩かすようにして笑った。
低く柔らかな声音が、とっておきのなぞなぞの答えを教えるように囁く。
「クリスマスツリー」
「!」
ぴゃ、とリリィは飛び跳ねる勢いで背筋を伸ばして辺りを見渡す。
星明かりと雪明かりの下、黒々とした木々のシルエットは確かに見慣れた三角形のシルエットだ。
「クリスマス、やるん?」
「姫が厭じゃなければ」
「厭じゃないん!!」
クリスマスだ。
皓月と、ガベイラと、リリィが過ごす最初のクリスマス。
リリィは雪の中、ぴょんこと跳ねる。
「最近ずっと忙しくしていたけど、おかげで明日明後日の休みは勝ち取ってきたので――……のんびりクリスマスホリデーを決め込もうと思ってね。だいぶギリギリになってしまったけれど、クリスマスの支度、姫も手伝ってくれるかい?」
「もちろんなん!」
リリィの硝子色の双眸がわくわくと煌めく。
こんなクリスマスは初めてだ。
クリスマスツリーを選ぶところから始めるなんて。
リリィは一つ一つ、周囲の木をじっくりと眺めて吟味していく。
せっかくなら、形の良い、立派な、最高のクリスマスツリーを選びたい。
「ここは知り合いの私有地でね。お孫さんのために毎年クリスマスツリーを植えてるんだそうだよ。で、残った分から好きなものを選んで良いと許可を貰ってね。なかなか立派なツリーが手に入りそうだろう?」
皓月はさくさくと雪を踏みながら、リリィの後をついてくる。
ガベイラはにこにこと笑いながらリリィがこれだというツリーを選ぶのを斧を片手に待っている。
「大きさの目安は1.5ガーベラくんぐらいまでかな。2ガーベラくんになるとたぶん部屋に収まらなくなる」
「1.5ガーベラ」
「人を単位みたいに」
「まあ、庭に飾るなら2ガーベラくんでも3ガーベラくんでも」
「……そのサイズになると僕と皓月だけじゃ運べなくなるからね」
サイズの目安にされたガベイラと比べるようにして、リリィはクリスマスツリーの選定を続ける。
ふわふわの髪がしんしんと冷えて冷たくなってきた頃、ようやくリリィはこれだというツリーを決めた。
「これがいいん!」
大きさは、ガベイラの背を少し超える程度だ。
皓月風に言うならば、1.2ガベイラ、というところだろうか。
枝振りがどの角度から見ても左右対称で、三角形のシルエットが一等綺麗なものを選んだつもりだ。
葉の色艶も申し分ない。
「よーし、それじゃあ僕の出番かな。姫は皓月と一緒に下がっていてくれる?」
「わかったん!」
おとなしくリリィが皓月のもとまで下がるのを待ってから、歩み出たガベイラが大きな斧を降りかぶる。
カコーン、と良い音が夜の静寂に響いた。
わくわくとその姿を見守るリリィの頬に、そ、と皓月の指背が触れる。
黒革の手套を脱いだ、暖かな素肌の指先だ。
なん……、とリリィが瞬いていると、その指先がリリィの首に巻かれたままのマフラーを引き上げてしっかりと口元までを覆うように包み直していった。
「風邪、ひかないようにね」
「……ありがと、なん」
つくづく、大事にされていると感じる瞬間だ。
くすぐったくて、暖かい。
「倒れるよ、気をつけて」
ガベイラが声をかける。
そう言いつつも倒れる先はしっかりコントロールしているのか、二人がいるのとは真逆の方向へ、雪をクッションにばさりと柔らかに木が倒れた。
「皓月!」
「はいはい、斧は僕が預かるよ」
皓月が歩み出て、ガベイラから斧を受け取る。
ガベイラが手にしていても大きく見えた斧は、皓月が持つとますます大きく見える。
よっこらせ、とガベイラがずしりと重たげなツリーを肩に担ぎあげる。
「姫、ちょっと手伝ってくれる?」
「何したら良いん?」
「ツリーの先端が地面につかないように支えてほしくて」
「お安いご用なん!」
リリィはガベイラの後ろに周り、しなったツリーの先端が地面で引きずられてしまわないようにそっと抱える。
重さはほとんど感じない。
あくまで支えるだけのお手伝いだ。
「それじゃあ帰ろうか。途中でモールに寄って、オーナメントを選ぼうね。あと、今日のお夕飯。僕もうお腹がぺこぺこ」
「あと一踏ん張りだよ、ほら、運んで運んで」
「はいはい」
三人、白々とした雪を踏んで来た道を戻る。
収穫は、立派なクリスマスツリーだ。
ピックアップトラックの荷台に枝を潰さないように注意深く固定して、トラックは再び夜道を走り出す。
□■□
モールにて、たくさんのオーナメントを選んだ。
きらきらとした、美しい飾り。
そのすべてを、三人で選んだ。
それから三人で食事を選んで持ち帰って、でも食べるより先にツリーを飾ってしまいたくて、三人でああだこうだと言いながら暖炉の隣にツリーを飾った。
途中、空腹に負けたガベイラがピザをつまんだりもしていたけれど。
せめて温めなよ、と皓月に小言を言われつつも、ピザを立ったままもぐもぐ頬張るガベイラの姿にはリリィはツリーを飾りながらもくすくすと笑ってしまった。
最後、てっぺんの星飾りをつけたくて椅子の上で背伸びをしていたリリィをひょいと抱き上げてくれたのは皓月だった。
腕の上に座らせるような、大人が子どもをあやすような抱っこで持ち上げられて、リリィはそっとツリーの先端に星を飾る。
普段力仕事はガベイラに任せっきりであるように見えて、皓月は皓月で決して非力なわけではないのだ。
一見嫋やかに見える異国風の装束も、油断を誘い、そして相手を呑むための一種の武装であることをすでにリリィはよく理解している。
よく理解はしているのだけれど、それでも毎回新鮮に感じてしまうのは隣にガベイラがいる姿を見慣れてしまっているからだろう。
「皓月、暖炉は任せて良い?」
「構わないよ、君は食事を温めてきてくれる?」
「了解」
ガベイラがキッチンに引っ込み、皓月が暖炉の前に屈み込む。
やがてしゅぼッと小さな音がして、それに続いてぱちぱちと火種の爆ぜる音が周囲に響いた。
暖炉で、赤々と火が踊る。
部屋の明かりを、皓月が落とす。
ゆらゆらと揺らめく炎の陰影に照らされたツリーは、夢見るように美しく、立派だった。
これは、リリィと、皓月と、ガベイラが三人で用意し、三人で創り上げた、三人のためのクリスマスツリーだ。
それが、なんだかリリィには泣きたくなるほどに嬉しかった。
きっとリリィは、いつかの昔、本当は悲しかったのだ。
古くなったから、との理由で兄と飾った想い出のツリーを捨てられてしまった時。
継母と義弟と父親が飾ったピカピカのクリスマスツリーを見た時。
本当はきっと寂しくて、悲しかったのだ。
そんなものなのだろう、と飲み込んできた棘に、随分と時間が経ってから気づかされたような心地がした。
ここが家だと思った。
皓月と、ガベイラのいるこここそが、リリィにとっての家だ。
「皓月」
「なぁに」
「ありがとなん」
「どういたしまして」
横から伸びてきた手が、くしゃりとリリィの髪を撫でる。
「僕もね」
「うん」
「こうしてクリスマスを家で祝うのって、初めてだよ」
「皓月のおうちでは、クリスマスはやらなかったん?」
皓月の故郷では、とのつもりだった。
どこか遠くにある、リリィの知らない皓月の故郷となる国。
皓月がやわりと双眸を伏せる。
悲しげ、というわけではなかった。
記憶をたどるような横顔だ。
リリィは、ふと思い出す。
リリィを助けてくれた時、皓月は言っていた。
皓月自身も、あまり家族には恵まれていないのだ、と。
もしかするとクリスマスを祝う文化がなかったのではなく、これまで皓月に与えられなかったのは、クリスマスを祝う余裕、ではないのか。
酷いことを聞いてしまった、としょげたリリィが謝りかけたところで、ふと皓月が口を開いた。
「家では、やらなかったな。僕の養母は店をしていてね。毎年店を派手に飾って、店で祝ってた。お客さんたちと一緒にね、毎年大騒ぎだったよ」
語る声音は暖かで、優しい。
リリィは、ほっと安心する。
良かった、と思う。
皓月にも、心を温める優しいクリスマスの思い出があって、本当に良かった。
「明日は、何したい?」
「皓月とガーベラと、のんびりしたいん」
「いいね、暖炉の前でごろごろする?」
「するん」
「クリスマスディナーはどうしようか。イルミネーションの綺麗なホテルなんかはどうかな、ってガーベラくんと話してたんだけど」
「楽しみなん。でも、夜はうちが良いん」
「そうだね、せっかくツリーも飾ったことだし」
クリスマスの予定を、一つ決めるごとに胸の奥の悲しい棘が消えていく。
もしかすると、穏やかにリリィを見つめて微笑む皓月もそれは同じなのかも知れなかった。
「はいはい二人とも、ご飯だよ。あんまり行儀は良くないけど、今日は暖炉の前で食べようか。皓月、テーブルのけてラグ広げてくれる?」
てきぱきと明るく響いたガベイラの声に、リリィと皓月は視線を交わして笑い合う。
クリスマスホリデーはまだまだ始まったばかりだ。
□■□
「――……」
ふと、リリィは目を覚ました。
暖炉の火はほとんど消えかけている。
それでも寒さを感じないのは、寝る前にガベイラが暖房をセットしてくれたおかげでもあるだろうし、リリィをサンドイッチするようにふかふかの毛布に収まった皓月とガベイラのおかげかもしれない。
二人の体温にみちっと挟まれて、リリィはぬくぬくだ。
クリスマスイブの夜は、美しいイルミネーションを眺めながら外でディナーを済ませて、それから三人で暖炉の前で過ごして更けていった。
くわりと小さくあくびをしたリリィに、皓月は部屋に戻るかと聞いたけれど、リリィが首を横に振ったのだ。
もう少しだけ、暖炉の前にいたかった。
赤々と燃える炎の明かりに照らされたツリーを、見ていたかった。
そんなリリィにガベイラが柔らかく苦笑して、二階の寝室から毛布を下ろしてきてくれたのだ。
三人で毛布にくるまって、ガベイラがいれてくれたマシュマロの浮いたココアを飲みながら、いろんな話をして。
どうやら、リリィはそのまま眠ってしまったようだった。
もう一度寝直してしまいそうになるのをなんとか堪えて、リリィはそっと二人の間から抜け出して自室へと向かう。
隠してあった二人分のプレゼントを取り出して、そろそろと一階に戻った。
クリスマスツリーの下に、そっとプレゼントを置いて、それからまたもぞもぞとぬくぬくの二人の間に埋まりにいく。
ぬっくりの隙間に収まって、リリィは満足げに唇を笑ませる。
幸福な、クリスマスの夜だ。
□■□
次にリリィが目を覚ました時には、もう珈琲とトーストの良い香りが漂っていた。
リリィは一人で毛布にくるまっている。
くるまっている、というよりも梱包されている、に近い。
リリィが冷えないようにと先に起きた二人がしっかりと包んでくれたのだろう。
薪を足された暖炉では、ぱちぱちと暖かな炎が元気よく揺らめいている。
「……、おはよう、なん」
目元を擦りながら、二人を探す。
二人はダイニングで一足先に朝食をつまんでいるようだった。
「おはよう、姫。トースト、一枚でいい?」
「ありがとなん。顔、洗ってくるん」
「飲み物は紅茶でいい?」
「お願いするん」
二階の洗面所で顔を洗い、髪を梳かし、着替えてから下に戻る。
すでにリリィの席には暖かな朝食が用意されている。
皓月がガベイラもすでに身支度を調えてはいるものの、今日まではオフという言葉に嘘はないのか、二人とも寛いだ格好だ。
化粧をせず、髪を下ろしたまま緩いニットにスラックスという格好の皓月は随分と珍しいし、Tシャツの上からパーカーを羽織ってカーゴパンツを合わせたガベイラの姿もこれまた珍しい。
二人とも、少し普段よりも幼く見えるのが新鮮だ。
「よく眠れた?」
「ぐっすりなん」
「僕たちもぐっすり」
「それでね」
「僕たちが眠っている間にどうやらサンタさんが来たらしくてね」
穏やかな笑いを含んだ声で、二人が交互に言う。
ハッ、とリリィが振り返った先には、クリスマスツリーの下にいくつものプレゼントの包みが置かれていた。
昨夜、こっそりリリィが二人への贈り物を置いたときにはなかったものだ。
思わず二人を見るものの、二人は何も言わずににこにことするばかりだ。
「開けてみる?」
「開けるん!」
三人で、プレゼントの包みをテーブルへと運ぶ。
包みは、全部で六つだ。
視線を交わして、三人で笑い合う。
まず、リリィが一つ目の包みを開ける。
中に入っていたのは、美しい化粧品のセットだった。
クリスマスコフレだ。
透明感のある蒼の艶やかなケースに、繊細な雪の結晶を象ったクリスタルが散らされている。
きらきらと光を弾く様は、どんな女の子だって虜にしてしまいそうだった。
淡く、上品な色使いが可愛いのだと話題になっていた一品だ。
「……皓月?」
「おや、バレたか」
贈り主は、瞳をきらきらとさせるリリィの様子に満足そうに笑う。
「ありがとなん。大事に使うん」
「気に入って貰えて良かった」
次の包みは、一抱えほどに大きくて、ふかふかとしている。
そっとリボンを解いて開けた中身は、臙脂色の柔らかくも暖かそうな大判のストールと、白くふかふかとしたイヤーマフのセットだった。
どちらも肌触りが蕩けるように素晴らしい。
「今年の冬は寒いからね。あったかくしないと」
「ありがとなん、あったかくするん!」
「じゃあ次は僕が開けちゃおっと」
次にプレゼントに手を伸ばしたのはガベイラだ。
見るからにボトルの形をしたプレゼントの包装紙の下から出てきたのは、いかにも高そうなブランデーだ。
「わあ、これ限定生産で全然手に入らないヤツじゃん……皓月、こんなのどうやって手に入れたの」
「企業秘密」
「……うっわ厭な予感がする。でもその辺りはそのうち追求させてもらうとして、とりあえずありがとう。後で一緒に飲もうよ」
上機嫌に笑いながら、ガベイラはもう一つの包みを手に取る。
小さな、掌に収まるほどの箱だ。
ガベイラの指先が、丁寧に包みを解いて、箱をそっと開く。
そして、ふくくくく、と笑った。
「ありがとう、姫。これ、可愛いね」
「かわいいん」
こっくりと、リリィも頷く。
ガベイラの掌の上には、艶やかなムーンクォーツで作られたうさぎのネクタイピンが乗せられている。
ころころと丸みを帯びた可愛いウサギの首元のリボンにだけ、オレンジの輝石が小さくあしらわれている。
ガベイラの色だ。
鮮やかで、元気をくれるオレンジ。
「明日仕事につけていこうっと」
嬉しそうにガベイラが、可愛らしいウサギのネクタイピンを明かりにかざす。
きらきらと輝くうさぎも、どこか誇らしげだ。
「それじゃあ次は僕だ」
続いて、皓月が包みを手に取る。
包装紙を丁寧に解いて、その下から出てきたのは黒革のショートグローブだ。
「ガーベラくん?」
「当たり。あれ、そろそろ新調しても良い頃かな、と思って」
「ありがとう。大事に使わせて貰うよ」
ふふりと皓月が笑って、最後にリリィからの贈り物を手に取る。
なんだか気恥ずかしいような気がして、リリィの頬がぽっぽと熱を持つ。
「僕にはどんな可愛いものを贈ってくれたの……」
かな、と続けようとしたのだろう。
だが、包みを開いたところで皓月の言葉が途切れる。
「……………………」
皓月は、固まっている。
一体何が中に入っていたのかと、ガベイラが横からちょいと覗きこんで。
にまぁ、と口元を笑みの形に緩めた。
「愛されてるね、皓月」
どす、と返事は足を踏む音だった。
が、ガベイラは全然堪えた様子もなく、ますます楽しそうに笑みを深めている。
皓月の手の上の小箱の中には、ピアスが一つ収まっていた。
上品なシルバーに彩られるようにして、小粒の淡い桃色の輝石が煌めいている。
淡く色づいた桃色はリリィが好んで身につける色だ。
今は、皓月の耳朶も似た色に染まっている。
「……右の耳なら、良いかと思ったん」
ぽしょりと、リリィは言う。
皓月は日頃、前髪を右に流し、露わにした左の耳に垂れ下がるタイプの派手なチェーンピアスを飾ることが多い。
タッセルだったり、植物をあしらったり、種類は様々だが、決まってチェーンタイプのピアスだ。
その一方で、髪で隠れがちの右にはほとんど目立たないスタッドピアスをしている。
だから、その右であれば、リリィがピアスを贈ってもつけて貰えるのではないかと思ったのだ。
「……ガーベラくん」
「何、どうしたの」
「針ある?」
「まって」
察しの良いガベイラである。
リリィだけが置いてけぼりで、ぱちぱちと瞬いているとガベイラが「皓月左に穴増やそうとしてるんだけどその辺の針で開けようとしてるからちょっと姫止めといて」と教えてくれた。
ちょっと待ってて、ステイ、ハウス、とか言いながらガベイラが出ていった後、リリィはちら、と皓月を見る。
「ピアスって、針であけるものなん?」
「僕は両方、炙った針であけたな」
なるほど。
「じゃあ姫も、あけたくなったらそうするん」
「絶対駄目だからね」
力強く却下された。
解せぬ。
「…………なんで、増やすん?」
リリィは、右に飾ってくれれば良いな、と思っただけだった。
自分の好きな色を、好きな人に身につけてほしいな、と思って選んだ石だった。
右耳なら、目立たないから、普段から身につけて貰えるのではないかと思ったのだ。
なのに、皓月は左に穴を増やそうとしている。
「……それ、聞くの?」
恨めしそうに、じとりとした視線を向けられる。
化粧をしてないはずなのに、その目元はほんのりと朱に染まっている。
「聞きたいん」
リリィの直球のおねだりに、皓月は観念したように息を吐いた。
「……僕だってね、贈り物を自慢したいって思うぐらいには、浮かれてるんだよ」
□■□
その後、近所のドラッグストアでガベイラがピアッサーを買って戻り。
「せっかくだから姫があける?」
などと皓月が言い出したことにより、リリィが皓月の耳に新しく穴を拵えることになった。
もちろん、リリィには初めてのことだ。
なんていったって、たかがピアスとはいえ、人様の身体に穴をあけるのである。
リリィが選んだピアスをピアッサーにセットし、ガベイラがペンでぽちりと印をつけた上に針が当たるように慎重にピアッサーをあてがう。
緊張のあまり、油断すると手が震えてしまいそうになる。
「姫」
リリィの手の甲を包み込むようにガベイラが背後から手を添える。
リリィの身体がすっぽりとガベイラの懐に収まる形だ。
「この引き金を引くだけだから大丈夫。一瞬で終わるよ。痛みを感じる暇もないから大丈夫。何も怖くないよ」
「……わかったん」
「中途半端な優しさは帰って苦しめるだけだからね、ひと思いにやってあげた方が長引かない」
「僕もしかして今から死ぬ?」
そんな会話にひとしきり笑ってから、リリィはバチン!と勢いよく引き金を引く。
ピアッサーは無事に皓月の薄い耳朶を貫通し、既存の穴の上に新たな貴石を飾った。
□■□
短いクリスマスホリデーが終わる。
皓月とガベイラは再び仕事に戻る。
クリスマスツリーは片付けられた。
けれどそれでも。
ガベイラの胸元ではうさちゃんが誇らしげに輝き、皓月の左耳では淡桃が淑やかに煌めいている。
クリスマスを過ごす幸福な三人。
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