キュースケ
「ここが安全だって分かってるんだよ。大勢のお腹を空かせていないドラゴン、出入りするのもただの学生だ。弱肉強食の自然のなかで、ここ以上に安全な場所はないって分かってるんだろうな」
レオルエはトカゲに近づき、手のひらを向けた。
「知性が高いから仲良くなれば逃げないでくれるさ。試しに餌でもあげてみたら良いんじゃないか?」
手のひらに乗ってきたトカゲをそのまま、ラークの手のひらに移し、ポーチから小粒の練り餌を渡した。
「分かりました。やってみます」
ラークは恐る恐る練り餌をトカゲに近づけた。
パクッ
クンクンと数回鼻を動かし匂いを嗅ぐと、勢いよく食らいついた。
「お、食べた」
「よほどお腹が空いてたんだね。おかわりを要求してきたよ」
ペロリと食べ終えると、ラークに向けてキューと鳴きだした。
「へー、本当に頭が良いんだね。僕らが組んだら、成績もグングンうなぎ登りで要特別待遇者も脱却だ!」
ラークは再び餌をあげながら、思いがけず得た相棒に喜んだ。
「ラークがバカだから成績はプラマイゼロ、現状維持だな」
ジグルドはフッと微笑みながら可哀想な目でラークを見た。
「じゃあ今までは下がりっぱなしだったのかよ!」
じーっとジグルドを睨み付けながら叫んだ。
「いいや、1番底辺にいるから下がることはないぞ」
「じゃあ、現状維持でも底辺のままじゃん!」
ラークは打ちひしがれたのか、トカゲの頭をなで始めた。
「キュー?」
トカゲはパクパクと食べる手を止めずに、気持ちよさそうに目を細めた。
「まあ、とにかく良かったじゃねぇか。自分の相棒が出来て」
ジグルドが軽く笑みを浮かべた。
「うん、僕はこの子を立派に育てるよ」
ラークはトカゲを眺めながら力強く呟いた。
「いつものように騒いでくれないとこっちの調子がでないからね」
「意外と良いコンビ」
クレディとザイードもラークとその相棒を見て、微笑んだ。
「ありがとう、みんな。皆と一緒に、この子と二人三脚で頑張るよ!」
ラークは立ち上がり、相棒を掲げた。
厩舎の窓から入る太陽の光が、1人と1匹が照らし出し、これからの未来を輝かしいものだと示しているようであった。彼らの心が晴れると同時に、春風が吹きわたった気がした。
「ちょっといいか?」
レオルエが声をかけた。
「なんですか?」
すがすがしい顔でラークが振り返った。
「忘れてない?・・・・雑用」
少し気まずそうに言い放った。
「あ」
「じゃあ、皆とは別に頑張ってくれよ」
レオルエはそれだけ言うと、他の生徒の指導を始めた。
「忘れてたあああああああああ」
窓の外の空は一気に曇りだした。
「おはよう。あ、うん、おはよー。おはよう」
教室のドアが開きクレディが、女子からの挨拶を返しながら登校してきた。
「よう」
「おっす」
ジグルドとザイードが、近づいてきたクレディに声をかけると、クレディはいつもと違うラークの様子に気がついた。
「・・・ラークは一体どうしてこんなニヤけているんだい?」
目尻が下がり顔の輪郭が丸みを帯びるほど破顔しながら、筆箱の中をいじるラークに若干引き気味でジグルドに尋ねた。
「本人から聞いてくれ。おい!ラーク!クレディがニヤけ顔が気持ち悪いってよ!」
ジグルドは隣の席に座るラークに、顔の向きはそのままで、少し声を張った。
「そこまでは言ってないけどね・・」
クレディはハハハと小さく笑いながら軽く否定した。
「あ、クレディ。来てたんだ、おはよう。で、どうしたの?」
ラークは顔を上げ、クレディを見つけるとにっこりと幸せオーラ全開であった。
「気づいてなかったんだ・・なんか良いことあったの?」
クレディは少し呆れながら尋ねた。
「あー、見てよこれ」
ラークは筆箱の中から、何かをとりだし両の手のひらに乗せクレディの前に突き出した。
「昨日のトカゲ?連れてきたの?」
クレディは驚きながらも、そーっと人差し指でトカゲの頭を撫でた。
「トカゲじゃないよ、『キュースケ』だよ。それに連れてきたんじゃなくて、ついてきたんだよ」
ラークはふふんと笑うと自慢げに胸を張った。
「へぇ、もう仲良くなったんだ。それに名前も決めたんだね」
気持ち良さそうに目を細めるキュースケを見つめ、ニコっと笑いかけた。
「仲良くなったっていうか、舐められてるだけだろ」
ジグルドはクレディの指をよじ登り始めたキュースケを横目に、ケッと鼻で笑った。
「ジグルドくぅん、自分が動物にいつも恐がられるからって嫉妬されても困るなぁ」
ラークはくねくねと動きながら隣のジグルドの顔をのぞき込んだ。
「言ってろ言ってろ」
ジグルドは片手でパッと片手を挙げ、握り拳を作り、ラークの頭めがけて振り下ろした。
「ぶっ」
「口では冷静でも、ちゃんと行動には移すんだね」
頭を押さえて力なくしゃがみ込んでいるラークを見て、その衝撃の強さにハハハと笑いながら引いていた。
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