人間とドラゴン
「実家がドラゴン牧場やってたんで、少しは見慣れてるんですよ」
「ほう!なんて牧場だ?」
レオルエは興味深そうに前のめりになって尋ねてきた。
「ランバー牧場です」
「おお!あのまあまあ大きいところか」
「まあ、田舎だから土地だけはありますしね」
「それより、知ってるとは思いませんでした」
「ふふふ、竜の飼育に関することなら知らないことは無いといっても過言ではないな」
レオルエはフフンと得意に鼻を鳴らし、腕を組んで胸を張った。
「嘘か本当か分からないからタチが悪い」
(へー、流石ですね)
ラークはパチパチと笑顔で拍手をしながら、思わず本音が出てしまった。もっと具体的な悪口で無かったのは不幸中の幸いであった。
「建前作るの下手だねぇ」
「すみません、思わず本音が」
「よし、今日の雑用の量を2倍にしてやろう」
「ちゃんと謝ったのに!」
ハハハと1回目は気にせず見逃してあげたレオルエであったが、2回目は見逃さなかった。
「もし本当にそう思っているなら下手とかの問題じゃないな」
謝れば本音を言っても良いと考えているラークに呆れたように、レオルエはやれやれと口にした。
「とにかくだ、俺と一緒に片っ端から洗っていくぞ」
ラークは「はい」と素直に従いながら、ドラゴンたちを一頭ずつ洗い出した。最初は緊張していたドラゴンたちも慣れてきたのか、次第に緊張をほぐしていき、洗うスピードはどんどん速くなっていた。
「よしよし、大丈夫だよ」
「あれ?なんだこれ?先生ー」
「お、どうした?」
「これ見て欲しいんですけど」
数頭を洗い終えた後、ラークはあるドラゴンになにかしらの症状がみてとれた。レオルエが近づいてきて、ラークが示す部分を眺めると、悲しそうにため息をついた。
「はあ、またか・・」
「何です?これ」
ラークの示した部分は、鱗が乾燥し割れており、下から新しい鱗が生えかかっていて、少し地肌が見えている状態であった。
「まあ、かさぶたのなりかけだな」
「じゃあ、重大な病気では無いんですね」
ラークは「よかったぁ」と胸をなで下ろした。
「ああ、しかし、もし同じ所に攻撃を受けた場合、防御力が薄い分怪我がひどくなる。最悪、補助なしで動くことは難しくなる」
いくら学園といえども、いや、学園だからこそそのカリキュラムに、戦闘訓練があり、その頻度は少なくない。それだけ傷を受ける可能性は高まるのであった。
「そんな!すぐ直るんですか?」
「いかに生命力の高いドラゴンでも1週間はかかるな」
「じゃあどうするんですか?」
「治癒系のスキルを持っていない俺らは、消毒液と代謝を促進させる薬を塗って、傷があることを目立たせるためにテーピングだな。ここは学園だからな。それだけで、対戦相手は狙わないし、騎手も狙わせない。暗黙のルールがある」
「なるほど、ちなみに何をしたらこうなるんですか?」
ラークからの質問に、少し間を置いて、小さな声でレオルエは答えた。
「・・・意外とドラゴンは繊細な生き物でな。傷を受けたらきちんと手当てをしないとこうなる。つまり人間のせいだな」
「そうなんだ・・・」
ラークも、自分たち人間が戦わせ、放置した結果つけた傷だと思うと、罪悪感が湧いてきたのか、それだけしか言えなかった。
「あ、でも野生のドラゴンは?」
「勿論なることもあるが、彼らは自分または家族で治療する。野生のドラゴンは親を見て、生きる術を学びながら育つが、ここに来るドラゴンはその殆どが、生まれてすぐに親元を離れた幼竜だ。傷の治し方も知らないのさ」
「・・・・・」
人間のために連れてこられたドラゴン。それが幸せなのかどうかはこのときのラークにはまだ分からなかったが、幸せにしなきゃいけないと思ったのはこのときであった。
「だからせめて、俺らが出来る限り守ってやらんとな」
「そうですね」
そう言うラークの目は決心したことを物語っていた。
「よし、終わった!」
あれから、また数頭洗ったところで、チャイムがもうそろそろ鳴る時間だと言うことに気がついた。レオルエに声を掛けようとすると、ちょうどキリよく作業が終わったらしく、目が合った。
「おし、お疲れさん。もうそのまま教室に戻って良いと皆に言っといてくれ」
「分かりました」
自分の3倍のスピードで洗っていたその手際に、腐っても教師かと感心しながら、厩舎を出ようとした。
「じゃあね」
こちらを見ていたさっきのドラゴンに挨拶をして、飼育下の厩舎に戻った。
「おーい、戻ったよ」
ラークは帰って来ると、厩舎の中にいる3人に声を掛けようとした。
「どうやってこんな隙間に砂が入ったんだ?」
「グル?」
「うーん、このトリートメントじゃ艶が出ないな。別のがいい?」
「ミュー!」
「気になるとこある?」
「ガウガウ」
ラークは思わず笑みをこぼした。
こいつらであれば、ドラゴンを無碍に扱ったりはしないだろうと。先ほどまでの不安が晴れたようなどこか誇らしい気分になっていた。
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