コタツごと召喚されてしまった俺に何をしろと?
コタツの中で書いてます。
「なんなのこれは?」
それはこっちのセリフだ!
いつものように今期のアニメのCMカットをしていたら、突然、部屋の中が光に包まれて、気がついたらここにいたのだ。
「あなたはこの世界に召喚されたのです」
教会の聖女みたいなエロい姉ちゃんが喋っている。誰だおまえ?
聖女を見て即座にエロいと反応してしまう俺もどうかと思うけど、今やりこんでるゲームが『聖女だらけのハーレム構築! 聖女の性王に俺はなる!』だから仕方がない。おっと、コタツの上にそのゲームのパッケージが出しっぱなしだ。聖女の姉ちゃんにしっかり見られた。
ちなみに俺はというと、よれよれのデカいTシャツにトランクスという、いかにも独身男でございという恰好だ。そんな恰好の俺がコタツに入ったまま、このわけの分からない世界に連れて来られたというわけだ。さっぱり意味が分からん。いや、分かる。分かるよ。異世界召喚ってやつでしょ? 俺に勇者になれって言うんでしょ。
でも、なんでコタツごと召喚されてるのか。
コタツの上にはミカンやら雑誌やらTVのリモコンまで召喚されている。
どうせならTVも欲しかった。
「あなたが足を入れているその木の机はなんですか?」
「これか? これはコタツというものだ。おっと、入らない方がいいぜ。初心者にはハードルが高すぎる。コタツに一度捕われちまうと容易に抜け出せるもんじゃねえからな」
なぜかニヒルな男を気取ってしまった。
寝る前に見た昭和の特撮が原因だろう。
まあセリフの最後に「ひゅうー」と付けなかっただけマシだと思いたい。
「でも、なんだか気持ち良さそうですね」
聖女の姉ちゃんがそう言いながらコタツに近づいてきた。
おそるおそる、コタツ布団を覗き込む。
にゃあ……
「ひゃっ! な、なんです? この生き物は?」」
えっ? この世界には猫がいないのか? 猫がいない世界なんて小説だけの話かと思ってた。
「コタツを住処としているモンスターだ。心配はしなくていい。こちらに悪意が無い限り襲ってくることはない」
「は、はい。でも、とても愛らしいですね」
「ああ、猫は神様が作りだした中では2番目に愛らしい」
「えっ、この猫よりも愛らしい生き物がいるんですか?」
「ああ、その生き物は今、俺の目の前に座ってるがね」
一瞬の間をあけて、聖女の顔が耳まで赤くなった。
まったく可愛い女だ。
「そんなセリフ久しぶりに聞いたので寒気がしました」
おいおい、うぶにもほどがあるだろ。
「コタツの中に足を入れてみるんだ。なに、心配するな。いざとなれば俺が助けてやる」
「は、はい」
聖女はおずおずとコタツの中に足を入れてきた。
まさか異世界に来て女の子と一緒にコタツに入ることになろうとは。
高校を卒業して以来、その圧倒的なオーラで半径5メートル以内に女子を入れさせてこなかった俺にとって、こんな至近距離で女の子を見るのは久しぶりだ。あのとき、ニ〇リで小さめのコタツを買っていて本当に良かった。
「あ、ごめんなさい」
聖女の足が俺のふくらはぎに当たる。
女子の肌と触れあうのも実に久しぶりだ。
前回は中学の時のフォークダンスだったか。俺の手を握った女の子も恥ずかしそうに顔を真っ赤にしていたな。親指と人差し指の2本の指で、汚いモノでも触るように俺の手をギュッと握っていたっけ。
「構わない。コタツの中ではお互いの足を触れさせるのがマナーになっている。女子は足の指で相手の太ももをこちょこちょくすぐるのが礼儀だ」
急に聖女の眼が冷たくなった。
なぜだ。マナーが厳しすぎたのか。
「でも、とても気持ちが良いです。これは……一度入ったら出られませんね」
「そうだろう。コタツは人類が発明したもっとも偉大でもっとも愚かなものだ。コタツが無ければ人類はもっと発展していた。俺の就職もこのコタツに邪魔をされたといっても過言ではない。このコタツがなければ俺だって履歴書を郵便ポストに入れに行けたのだ。このコタツの魔力に捕われ、人生の大半をコタツで過ごすことになった人間は俺以外にも数えきれないほどいるだろうな。ニ〇リの罪は重い」
「それほどまでに……たしかに、ここから出る気が消え失せました。このまま横になりたいくらいです」
「だめだ! コタツで横になったら死んでしまうぞ! 社会的に! もう普通の生活には戻れなくなる。 俺のように、『ああ、もう布団なんかいらねえわ。コタツで寝るのサイコー!』となってしまうんだ。そうなったらすべてが終わりだ。コタツで寝てる女は最高の幸せを得るかわりに、色気を捨てることになる。最後には、コタツの中で下着を着替えるようになってしまうんだ!」
「まさか……」
「本当だ。行きつく先は生活必需品がすべて手が届くところに置かれている阿鼻叫喚な地獄絵図だ。ツ〇ヤに置いてあるようなお洒落なインテリア雑誌とは永遠にオサラバだ。なんなら電気ポットを近くに置いてキッチンまで歩くこともなくなる。すると、コタツの上にカップ麺で作ったバベルの塔が出来上がるんだ。もちろんそんなことを神様が許すはずもない。神様の怒りに触れて、寝返りをうった際にバベルの塔が崩壊してカップ麺に残った汁がコタツ布団にぶちまけられることになる。だが、コタツから出ることができない身体ではどうしようもない。コタツ布団についたカップ麺の汁を見て『コタツなんだからすぐに乾くだろ。ほっとこ』と、ただ見つめることしかできないんだ」
信じられないといった顔で聖女が口をつぐんだ。
だが、この女もコタツの魔力に囚われ始めている。引き返すなら今しかない。
「もうここから出たほうがいい。これ以上入っていると俺でも助けてやれなくなる。さあ行け! ここは俺にまかせて!」
「いやです! あなたはどうでもいいですが、猫を残してはいけません!」
そう言って聖女は身体を横にした。
恐れていたことが起きた。だめだ。この女はもうコタツの暗黒面に堕ちはじめている。
「嘘つけ! ただ出るのが嫌なだけだろうが!」
「嘘じゃありません! 猫ちゃんは今、わたしの足の上に乗ってるんです!」
まさかそんなことが。
世界でもっともテイムするのが難しいと言われたモンスターが、そんな簡単に人の足のうえに乗るわけがない。
だが、コタツ布団を覗き込んで俺は息をのんだ。
オレンジ色の世界で、猫が、聖女の足の上でくつろいでいる。
「おまえ……俺の足の上には一度も……」
「ふふ、猫ちゃんが乗ってるからしょうがないですにゃん」
なにがにゃんだ! 暗黒面に染まりすぎだろうが!
もう知らん。
俺は諦めて横になった。
うん?
違う。
いつもと違う。
コタツ布団が肩まで届かない。
「コタツ布団をそっちに引っ張るなよ!」
「だって寒いにゃん」
「にゃんじゃねえよ! これは俺のコタツだろ!」
「じゃあ、もう一台持ってきて下さいよ! こんな悪魔的な代物を持ってきといて何言ってるんですか!」
「だから召喚したのはおまえだろ! それなら俺じゃなくてニ〇リを召喚すればいいだろうが!」
「その手があったか」
その手があったかじゃねえよ。
しかも横になりながら喋ってるから顔も見えやしねえ。
「でも肩が寒いわね。肩当でも作ろうかしら」
言ってるセリフがおばちゃんみたいになってきた。
もうコタツに住む気まんまんだな。身体をコタツに対して対角線に配置するなど、コタツの扱いも完璧だ。これは侮れん。
「おまえ聖女だろ。この世界を救うために俺を召喚したんじゃないのか?」
「そうだ。忘れてた。ちょっと、コタツから出て魔王を倒してきてよ」
「いや、簡単に言うけど魔王がどこにいるのかも分からないんだぞ? せめて一緒に来るとかさ」
「えー、むり」
「おまえそれでも聖女かよ!」
「ひゃって、むひなもんは、むひだもん……もぐもぐ」
「勝手にミカンを食うんじゃねえ!」
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
それでも俺は何とか聖女を説得して魔王のところにやってきた。
どうやら召喚の際に転移魔法を使えるようになっていたようだ。
当然、俺はコタツと共に空間を転移する。見ようによっては青い猫型ロボットに見えなくもない。
しかし、こんな魔法があったら、ますますこの生活から抜け出せなくなるな。
「なんだ、おまえらは?」
頭から角を生やした恐ろし気な魔王が俺たちの姿を見てそう言った。
まあ、言われても仕方がない。
魔王を倒しにきた勇者と聖女が目の前でコタツに入ってるんだからな。
「観念しなさい! 魔王! ここにいるのはあなたを倒すために異世界からやってきた勇者よ!」
「ほう、おもしろい」
「さあ、勇者! コタツから出て魔王をやっつけて!」
聖女はコタツの中で横になりながらそう言って俺の足を蹴る。
こいつ、どこまでズボラなんだ。
しかも横になっているのはまだしも、顔は魔王と反対方向を向いてやがる。
「ずっと同じ姿勢だと肩が凝るのよ」
そう言って聖女はミカンを咥えながら俺が持ってきた雑誌を読んでいる。
聖女のくせに『あなたも今日からヨーチューバー! 副業で月10万!』の記事なんか読んでどうする気だ?
「なんだかよく分からんが、そのコタツとやらに我も入れてはくれんか?」
魔王が興味深そうにコタツに近づいてくる。
「えー? ちょっと狭いんですけど?」
露骨に嫌がり、魔王に向かって背中で語りかける聖女。
魔王に向かってなんという口のきき方だ。
それに、心なしか太ってきた気もするが大丈夫か? もうくびれがないぞ。
お尻がコタツを持ち上げてるじゃねえか。
「おお! なんだこれは? 身も心もとろけてしまいそうだ。くっ、もうこの結界から出られる気がしない」
「でしょ? こんなものを異世界から持ち込むなんて不届きものよね。なんだか色んな事がバカバカしくなっちゃうもの」
「悪いが勇者。もう少し詰めてはくれんか?」
「だからこれは俺のコタツだって!」
「もうみんなのモノでいいでしょ! まったく器の小さい勇者ね!」
結局、俺と魔王は戦うことはなかった。
この世界で起こっていた人族と魔族の領土争いは、こうしてコタツのおかげで終結したのである。この程度で仲良くできるんなら最初から戦うんじゃねえ。
もちろん今でも小さな争いは残っている。といっても、それはコタツの中で繰り広げられている、暖かい温熱機の下の領有権を俺と聖女と魔王で争っているだけのとても小さな争いなので特に問題はない。
「猫ちゃんが出てきたわ」
「魔王の足が臭かったんじゃ……」
「わ、われは昨日もちゃんと風呂に入ったぞ! 聖女ではないのか?」
「聖女の足が臭いわけないでしょうが! 取り消しなさい!」
「いや、でもお前風呂に入ってないし」
「それはあんたもでしょう!」
「いや、おれはウェットティッシュで拭いてるし」
「お前ら風呂くらいは入れよ」
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