32、喪失
「この本のタイトルは読めますか?」
「ランスーの冒険……」
「文字の認識は問題ないようですね。では、このお金はいくらか分かりますか?」
「1569ぺルミ」
ぺルミはこの国の通貨だ。
「これも問題なし。では少し立っていただいて、挨拶の仕方は分かりますか?」
両腕でワンピースを左右に少しあげ、片足を後ろに下げて反対の足を少し曲げ、背筋はピンと伸ばしたまま挨拶をした。
「優雅でお手本にしたい挨拶ですね。ではお座りいただいて、この国の歴史を大まかに話してくださいますか?」
「この国の起源は……
お医者様からの質問が延々と続き、終わったのは三時間ほど経ってからだった。
宰相様が私の隣の席に座った。
「アリシアはどうだった?」
「一般常識、王妃教育で学ばれたことなどの記憶は正常です。むしろ、ここまでの知識があられることに驚きを隠せません。よく努力なさっていたのでしょう」
「そんなことより……」
「はい。問題はここからです。歴史の人物やこの国での重鎮、有名な方、世間的に知られている方、公爵様をはじめ、貴族の方のことも情報としてはご存じでした。ご自身以外は」
「どういうことだ?」
「ご自身に関する記憶のみなくされてます。存在そのものがなかったかのように」
「……」
お医者様が私の方を向き質問をした。
「こちらにおられるスチュアート公爵様のお子さまはご存知ですか?」
「レオナルド様です」
「もう一人いるのだが?」
公爵様が仰るけれど頭に靄がかかったようになり思い出せず、次第に頭痛がしてきた。
「すみません。わかり……ません」
私はこめかみを押さえ痛みを逃そうとするが、思い出そうとすればするほど頭痛がひどくテーブルに突っ伏した。
「大丈夫か? わかった。もう思い出さなくていい。無理をしなくていい」
公爵様に言われ考えるのをやめると不思議と頭痛が引いた。
「思い出せずすみませんでした」
公爵様はしばらく腕を組ながら考えている様子を見せたあと、少し待ってるようにおっしゃって部屋を退室なさった。しばらくすると、公爵夫人、レオナルド様を連れていらっしゃった。私はここがどこなのか分かっていなかったが、スチュアート公爵家のお屋敷だったようだ。
私は席を立ち、
「はじめまして。お世話になっております」
と挨拶をすると、とても困った顔をされた。
それからスチュアート公爵様、公爵夫人、レオナルド様から私はアリシア・スチュアートといって、スチュアート家の娘だと説明されたが、何かの間違いだろう。ここのお子さまはレオナルド様だけだ。
私はいたたまれなくなり、トイレに行くふりをしてコッソリと窓から外に出た。
「一階でよかったわ。とにかく出ていかないとご迷惑にしかならないわね」
門の方に行くと門番が一人いたが、屋敷内から呼ばれたようで誰もいなくなったので、その隙にそっと外に出た。
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