154、シン side 未来
レオナルド様がお亡くなりになって五年の月日が経った。
あれから私の立場も大きく変わり、今では王太子妃殿下付きの執事となった。といってもアリシア様の執事なので環境にいうほど変化はない。筆頭侍女もエマのままだ。
アリシア様は三年前に結婚式を盛大に執り行い、二年前にご長男であるレオン様を、半年前ご次男であるセイン様をご出産されたばかりである。出産後、アリシア様は一時危ない状態になったが、マーク医師のおかけで回復し、今では寝不足ながらもご自身で多くの育児をなさっている。
「ねぇねぇ」
「レオン様、いかがなさいましたか?」
「おかーさまは?」
「今は休んでおられますよ」
「…………。じゃ、この前の続きをよろしくね」
「……急にお戻りになるのは、何度見てもなれませんね」
苦笑しながら答える。
「シンにしか言ってないから話せるときに話したいんだよ」
拗ねるように話すレオン様はとてもかわいらしい。
「わかりました。では先日の続きで紅茶の話の続きをしましょう」
レオン様はソファーに寝そべるようにして耳を傾けた。
◇
「シン、エマ、これならどうかしら?」
「綺麗な色ですね」
「イチゴを潰されたのですね」
「二人とも、飲んでみて!」
アリシア様は笑顔で紅茶を勧める。
アリシア様が入れた紅茶は凍らせたイチゴを潰し、そこに紅茶を入れたもので、色は下の方が濃く上の方は薄く、グラデーションになっていた。紅茶はイチゴと一緒に煮出し、フワリとイチゴの香りも漂う。
「良い香りがするし、飲みやすくておいしいですね」
「エマと同意見です。とてもおいしいですよ」
するとアリシア様はこれ以上ないぐらいの笑顔になり、見ている私たちもつられて笑顔になった。
「殿下にお出しできそうですね」
そういうと、アリシア様は「二人ともありがとう」と顔を真っ赤にしながら言った。
あぁ、レオナルド様のかわいいかわいいが身にしみる。いちいちかわいい。
それからのアリシア様はご両親に振る舞ったり、殿下に振る舞ったりと紅茶を楽しまれていた。もちろん、私とエマに新作の判断として最初に振る舞ってくださったが、たまに失敗もあり、それもまた楽しい出来事だった。
レオナルド様が亡くなってから、アリシア様はレオナルド様の本にばかり没頭されていたのだが、レオナルド様とは違ったものに興味をお持ちになって少しホッとしていた。外に目が行くようになったのだと。
それからというもの、アリシア様は紅茶にはまり、紅茶を飲むことはもちろん、料理長とデザートを考えたりもしていた。
◇
「おや、いかがなさいましたか?」
「…………」
「寝てしまわれましたか……。さすがに二歳の体じゃあね……」
レオン様の寝顔を微笑ましく眺めていると、隣の部屋からアリシア様が顔を出した。
「レオンは寝ましたか?」
「はい。今、ベッドにお運びしますね」
「あ、シン、私が連れていきます」
アリシア様はレオン様を横抱きにすると、今出てきた隣の寝室に連れていき、そっとベッドに下ろした。
「寝顔は二歳児なんですけれどねっ、ふふっ」
え?
「シン、どうかした?」
「いえ……」
「そう……?」
アリシア様は笑顔でレオン様の頭を撫で、頬をふにふにとつついた。ぷっくりとした頬はとても愛らしくてかわいらしい。
「アリシア様ももう少し休まれてはいかがですか?」
「そうね。じゃあ、レオンと寝させてもらうわ。エドが来たら知らせてね。シン、あとお願いね」
「はい。では失礼します」
私は寝室から退室し、与えられている執務室で書類仕事をすることにした。アリシア様は常に回りを気にかけているが、殿下には尚更だ。仲が良いことは見ていて安心できる。
しばらく仕事をしているとノックの音がして、エマが入室してきた。
「シンさん、殿下がお呼びですよ」
「ありがとう。今行きます」
殿下には毎日呼ばれている。主にアリシア様の報告で、殿下が執務でいない時間が多いのもあって報告することも多い。しかし、報告は今朝したばかりだ。殿下の執務室に入るといつも通り人払いがされていた。
「お呼びと聞きましたが……」
「シン、そろそろかなと思ってね」
「……何がです?」
「シンは気がついてるでしょ? レオンのこと」
「……何がです?」
私は内心ドキドキしながら、それをおくびにも出さずに聞いた。
「んー。どう言えばいいのかな。レオンは天才だよね?」
「……天才?」
「今はそれを出さないように演じてるように思うのだけど。違うかな?」
そっちか!
「いえ、レオン様は賢いというレベルでは語れないように思います」
「シンもそう思う?」
「はい。発語も早かったですし、文字もすでに習得されてます。一般的に見るとかなり早いです」
「そうだよね。他は?」
「そうですね……知識の吸収も早いですし、とても二歳とは思えず……」
「二歳とは思えず……?」
「に、二歳とは思えずまさしく天才かと!」
「……そう。シン、レオンの執事にまたなる?」
「あ、いえ、今はアリシア様の執事ゆえ……」
あ……。『また』って……。
汗が吹き出しそうな気分になりながら殿下を見ていると、殿下はニッコリと微笑む。あぁ、この顔は知った上での質問だったか。私は小さくため息をはいた。
「殿下はいつから?」
「つい先日ぐらいからかなあ。アリシアと寝顔を見ていたらたまたま寝言を聞いてしまってね」
「寝言……」
寝言はさすがに制御できないか。
「それで殿下はレオン様をどのようになさるおつもりで?」
「アリシアと同様、二人の子どもたちもこれ以上ないくらい愛するよ!」
お子さまがお生まれになったときと同じ笑顔をした殿下は優しい声色になった。
「シン、レオンはきっとこれからもシンにしか打ち明けないだろう。だからアリシア同様手助けしてあげてほしい。今は僕の愛する大事な息子なんだ」
「承知しております。お任せください」
「うん。頼んだ。これで、話は終わり。じゃ、愛しの子らに会いに行こうかな」
殿下は鼻唄でも歌いそうな笑顔を見せながら、執務室をあとにした。
私はレオナルド様が亡くなったときレオナルド様だけがなぜ? と思っていた。でもこんなに愛される未来があるのなら……。
「殿下、私も一緒に行きます!」
「ん。早くおいで」
「はい!」
ひょんなことからスチュアート家に仕えることになり、今では王家に仕えることになった。そしていつの日か、レオン様にまた仕えることになるのかもしれない。
でもこの幸せな愛のある家族にこれからも仕えるのは悪くないと思う。




