153、意欲
お父様が仕事終わりにエドの自室に向かえに来てくれたので、お父様とスチュアート家に戻った。
「じゃ、アリシアまたね」
お父様は忙しいようで早々に執務室に向かった。私は自室に向かおうとすると、エントランスに出てきていたバートに話しかけられた。
「おかえりなさいませ」
「ただいま! 今日はありがとう。とても楽しかったわ」
バートはもうすぐ養子に入ることでうちとアシュビー家(バートの自宅)を行き来していた。今日はうちに泊まるようだ。
「楽しめたようでなによりです」
バートがふわりと微笑む。
「アリシア様、おかえりなさいませ」
バートと話しているとバートの後ろからシンが出て来て迎え入れてくれた。
「シン、ただいま帰りました」
お兄様の執事だったシンは最近になって私についてくれるようになり、お兄様の本で分からないことはだいたいシンに教えてもらうようになった。
「シン、後で少し聞きたいことがあるのだけど……」
「では着替えられたあとにお聞きしますね。エマ頼みますね」
「承知しました」
私はエマと自室に戻り、話ながら着替えをした。
「エマも今日はありがとう。サンドイッチのこと伝えてくれてたからみんなで食べてくれたみたいよ」
「それはよかったです。お茶会はいかがでしたか?」
「それがね、エドたちがサプライズで執事服で給仕しにきて、アンジェリーナ様は殿下に紅茶を入れていただくなんてって感動してたわ」
「え……? 殿下が給仕……? それはまたすごい経験を……」
殿下がお茶を入れるなんてことは本来はない。お嬢様がいらっしゃったからなさっただけで、今回はお嬢様のために特別だったのでしょう。とエマからこんこんと話をされた。
確かに王子どころか、公爵令嬢の私でさえお茶を入れることはない。
「私もエドに紅茶をいれたいなあ」
「ふふっ、きっとお喜びになると思いますよ」
◇
わからなかった本の内容を聞く予定が、私は今シンに紅茶の入れ方を習っている。
「私、知らなかったわ。茶葉によってこんなに入れ方が違うのね」
「このお屋敷の使用人は最初に叩き込まれますからね。それに旦那様の方針で使用人は好きな茶葉でお茶を飲んでいいことになってますので、どの入れ方がおいしいか、自然と研究するようになりました」
「だからうちで飲む紅茶はいつもおいしかったのね」
「スチュアート家は稀に見る使用人に優しい職場ですからね。すきな茶葉で飲めるお屋敷は他ではないことでしょう。ですが、それが主人においしいお茶を出せることにも繋がってます」
「そうだったのね。うちのことなのに何も知らなくて恥ずかしいわ」
「使用人については奥様が指示なさってますが、旦那様の意向に添われてますので、アリシア様もそのようになさればいいかと思いますよ」
シンは話ながらも手際よく作業をしている。
「では、このまま五分ほど蒸らしましょう」
「うん、良い香りがしてきたわ」
?
あ、まただ。
シンはふと見ると私を見てよく微笑んでいる。お兄様がいたときはなかったような……。
「シン、どうかした?」
「あ、いえ。アリシア様も大きくなられましたねとついつい思ってしまって」
「んもう。子ども扱いして……」
「すみません。レオナルド様からあれだけかわいいかわいいと聞かされてたので……クスッ」
お兄様はシンにそんな風に話してたんだ。うれしいような恥ずかしいような……。私がボーッとしている間にシンはカップを温めたり、お茶菓子を用意したりとしていた。
「そろそろ良さそうですね」
カップに注がれた紅茶はきれいな色をし、さらに良い香りがした。
「では、どうぞ」
シンに渡されると思わずニッコリと笑ってしまう。それを見たシンもニッコリと笑った。
「ありがとう。美味しそうね」
私はカップを手に取り紅茶を一口口に含む。花の香りと飲みやすい温度になった紅茶が私の体に染み渡る気がした。
「シン、すごい!とってもおいしいわ」
「アリシア様もすぐに入れられるようになりますよ。では明日から少しずつお教えしますね」
「ありがとう。よろしくお願いいたします」
「はい。承知しました」
シンはニッコリ笑いながら器具を手早く片付けた。
◇
あれから数日間、私が入れた紅茶をシンとエマに飲んでもらい、味の判定を何度もしてもらっていた。
「今日はブルーベリーのジャムも入れてみたの。どうかな?」
「お嬢様……、ジャム、ですか……? 初めてです。ではいただきます」
シンとエマは一口飲むとカップの中を覗き、さらにもう一口飲んだ。
「すごく甘そうなイメージだったのですが、ほんのり甘い程度でおいしいですね」
「この茶葉は昨日のブレンドですね?」
「あ、わかった? 昨日飲んだときにブルーベリーも入れたら合いそうで少しだけ入れてみたの」
それならと何か思い付いたシンは、席を立ち部屋を出ていった。しばらくするとグラスに入った飲み物を三つ持ってきた。
「うわぁ。きれいね」
私もエマもうっとりと見ているとシンが説明をしてくれた。
「アリシア様のアイデアを元に冷たくアレンジしてみました。下の層がジャムで、上の方が紅茶になります。砕いた氷を入れてますので混ぜながらお飲みくださいね」
「上から下への色の移り変わりがきれいね」
「飲むのがもったいない気持ちになりますね」
眺めてばかりで飲まないからか、シンはクスクス笑いながら「冷たいうちに飲みましょうね」と言った。




