149、アンジェリーナ・オルコット side 胸奥
馬車がゆっくりと止まり侍従が学園についたことを知らせると、私たちは抱き合っていた体を離し、馬車から降りた。タキレスは私を教室まで送ると「昼に来る」と告げ、自分の教室に向かっていった。
三年のAクラスはレオナルド様も在籍するクラスだ。レオナルド様が亡くなられたことは皆すでに知っていたようで、クラスのあちらこちらからすすり泣きが聞こえていた。レオナルド様の出来すぎた美しい顔、いつも笑顔で穏和に話す様子、努力家で文武両道。一年の時から誰よりも人気があったが、婚約者がいないことでアプローチする子がひっきりなしにいた。
そんな彼が亡くなったのだ。Aクラスで泣かないものはいなかった。
「アンジェリーナァー、レオナルド様がぁぁぁ」
クラスでもっとも仲の良い伯爵令嬢であるステラ・マクロンが私を見つけると駆け寄って抱きついてきた。レオナルド様に恋をしていた一人でもある。
「ステラ……」
私はステラを慰めるように頭を撫でるとステラはますます泣いてしまった。私もつられて涙がほろほろと出てきた。
「はい、席について」
しばらくお互いに慰めていると担任の先生がいつの間にか教壇に立っていた。私たちは涙をふきながら慌てて席につくと、先生がレオナルド様のことを報告し、お別れ会などの注意事項を話した。先生方は対応に追われてるのか、今日の授業のすべてが自習となったが、課題をだされなかったことから、クラスの多くは早退してしまった。
「アンジェリーナァ」
ステラは涙目のまま私の席の隣に座った。
「ステラは帰らないの?」
「帰るけど、もう少し一緒にいさせてぇ」
「迎えが来るまでならいいよ」
そう答えるとステラは私に抱きつきしくしくと泣き出した。
「ステラ……」
しばらく頭を撫でていると、徐々に泣き止んだステラが体を離した。
「アンジェリーナ、ありがとう。もう大丈夫」
「うん」
ステラはさっきよりも目元を赤くしているが、声色は普段と変わらないくらい落ち着いたようだった。
「お別れ会はアンジェリーナは行くの?」
「うん。ステラは?」
「私もたぶん。私なりにちゃんとお別れしてくるわ」
「うん……」
その後ステラはいかにレオナルド様がすばらしい方だったかをこれでもかと語り、昼になるころにようやく帰っていった。
「アンジェリーナ、終わった?」
「タキレス! いつからいたの?」
「一時間ぐらい前から何度か様子を見に来てたかなあ」
「そんなに? 待たせてしまってごめんなさい」
「いや、いいよ。友達との交流も大事だからね」
タキレスは私よりも年下だけど、母が亡くなってからはそう見えなくなった。常に私を気遣い、私よりも年上ではないかと思わせられる。
「アンジェリーナ、帰ろう」
タキレスは私の手をとりニッコリと笑うと、教室に残っていたクラスの女子たちの視線がタキレスに集まったのがわかった。なんだか心がもやもやする。
私は立ち上がるとすぐにタキレスと手を繋ぎ教室をあとにした。
馬車に乗るとすぐにタキレスは私を膝に乗せて抱きしめた。
「なんだか人恋しくて……」
「うん……」
馬車の中でこうするのは初めてだったけれど、なんだか安心感が広がってきてさっきのもやもやも晴れ気持ちは落ち着けた。
「アンジェリーナ、大丈夫?」
「……うん」
タキレスにはなんでもお見通しだ。
「アンジェリーナ、大好きだよ。チュッ」
「なんだか懐かしいわね……」
「ん……。じゃ、少し成長させようか?」
「?」
私が首をかしげると、タキレスは真剣な顔をして私を見つめた。
「アンジェリーナ、愛してる」
そして、私の肩にあった腕をはずし、頭を押さえた勢いで今までしたことのないような深いキスをした。私の口腔内に、タキレスの舌が入っているというだけで身体中の熱が上がってくる。
「ん……」
しばらくするとタキレスは私の唇を舐めとり、もう一度愛してると言ってくれた。
「私もタキレスを愛してる」
するとタキレスはぎゅっと抱きしめてくれ、ありがとうと言ってくれた。タキレスの行動を急にだなんて思わない。それだけレオナルド様の訃報は私たちを不安定にさせていた。
そしてありがとうといつも思ってるのになかなか言えない私とは違い、タキレスはその都度伝えてくれる。私もタキレスに伝えたい!
言おうとしたところで、馬車はオルコット公爵家についた。
思っていることは口に出さなければ正確には伝わらない。聡いタキレスだからといって、言わない理由にはならない。
思えば、レオナルド様もよく声掛けをしていた。妹のアリシア様には特別優しく話していたが、タキレスが尊敬するぐらいだから後輩にも分け隔てなく誰にでも話していたのだろう。それに比べて私は……お礼さえも満足に言えてない。いつも言葉が足りないのではという自覚があるのに……。
レオナルド様のことを思うといつなんどき、何があるかは分からないのだと改めて思った。




