146、理由
バートとリリーシュが帰り、私はエドと向き合って座っていた。
「エドワード様、私は私のために人が傷つくのは嫌です」
「そういうと思ったから言いたくなかったよ。でも僕はアリシアを優先する。どんなときも。アリに危害が及ぶなら尚更だよ」
「!」
「それに、アリだったら僕が傷つくのを黙って見ていられるの?」
「……それは、その……」
「それと一緒だよ。だからこれからもアリが危ないと思ったらアリの許可は取らないで動くし、それが嫌なら危険な目に合わないようにしてね」
「っう……」
エドが言いたいことは分かる。分かるけれども自分のせいで人が傷つくのはやはり嫌だ。
「分かりました。自分があぶない目に合わないように気を付けます。でもリリーシュを使うのはやめてください。彼女のことはかわいい妹のように思っているので」
「善処はする。だけど……リリーシュはアリが思ってる数倍は強いよ。バートによると騎士並み……場合によってはそれ以上に強いらしいね。アリへの変装も完璧だしね。リリーシュを使うのが嫌なら、アリが安全に暮らすことが近道だよ。僕は何もないのに何かをさせるわけではないよ」
エドは真剣な顔で言う。
「……エドは、私のためだと……」
真剣すぎるくらいに真剣だ。そんなに好きになってもらえるようなことはしていないと思うのに……。
「そんなの当たり前でしょ。いつも言ってるけれど僕はアリだけを愛しているよ」
そういうとエドは私を引き寄せてチュッとキスをした。私の心を読んだかのように。
「覚えておいて。アリは僕のものだし、僕はアリのものだから。僕はアリだけを愛しているよ」
「……はい」
私が小さく頷くと、エドはやっとニッコリと笑った。そしてもう一度チュッとキスをした。
「ところで、今日父上に呼ばれた内容だけど、実は公爵も来ていて……」
「お父様が、ですか?」
「そう、それで急だけど王命が下った。私たちは一年後に婚約式を行い、成人をもって結婚をすると」
「!」
なんで急に……?
「まあ、理由はいろいろあるけれど、一番は後継者問題だね。王家もスチュアート家もアリシア、君が必要だったってことだ」
「あっ」
確かにエドも兄弟はいない。私も今は一人。
「スチュアート家は養子を取るものだとばかり思っていました」
「うん。養子は取るようだけど、先方がレオナルドの代わりは無理だと辞退したらしい。将来アリシアに子どもが複数人生まれたらそちらを優先させてほしいそうだ」
「えっ」
「それを父上と公爵は了承し、王命となったわけだよ。アリシアも貴族の一人として公爵家の大切さは分かるだろうと公爵からの伝言だよ」
「複数人って」
「もちろん、生まれなければバートががんばるさ」
「バートが!」
「その挨拶のためにバートが城に来ていて、別件で来ていたリリーシュがアリに会いたいと言ってたからついでに連れてきたんだよ」
「そうだったのですね。お忙しいみたいでお父様にはなかなか会えなくて知りませんでした」
私も貴族の一員として、王命がどういうものか、公爵家がどういうものかはそれなりに理解している。
「公爵も直接伝えたかっただろうが、時間がなかなか取れないようでね。また改めて公爵から説明があると思うよ」
「結婚したら学園の方はどうなりますか?」
「私は王太子、アリは王太子妃となるが、学園はそのまま通うよ。アリは妊娠するまでだね」
「妊娠……」
おそらく私の顔は真っ赤になっていると思うけれど、エドは涼しい顔のままで話した。
「あの……エド……私は卒業はしたいです」
「そう言うと思ったよ」
エドはははっと笑いながらもわかったと言ってくれた。
それから私たちは久しぶりによく話し、来週から学園に通うことを決め、それに向けてエドは城に戻ることを決めた。
◇
今日はエドが公爵家に泊まる最後の日となった。
エドがいる間、エドの近衛騎士とうちの護衛とはだいぶ打ち解けたようで、毎日合同練習を行っていた。エドも毎日参加しかなりの大所帯になっていたのが、明日からは元に戻るのでかなり寂しくなりそうだ。
「今回、うちのものたちをだいぶ鍛えてくれたようで、殿下にはお礼申し上げます。近衛もずいぶん鍛練に付き合って頂いたようで良い経験になりました」
夕食後、紅茶を前に話していると、久しぶりに早く帰宅したお父様がエドに言った。
「いや、僕の方こそ長らくありがとうございました」
「それはかまいません。陛下とも了承済みですので。それよりも、まだお礼を直接言えてませんでした。レオナルドとアリシア、二人についていてくださりありがとうございました。マークが殿下にはずいぶんと助けられたと申しておりました。改めてお礼申し上げます」
お父様とお母様は立ってエドに頭を下げたのを見て、私も慌てて立とうとしたがエドに止められた。
「公爵、そのようなことはしないでほしい。私にとっても大事な二人ゆえ行ったことであり、これは当たり前なのだから。頭を上げて座ってください」
お父様たちは頭を上げ、再度礼をしてから座った。それからお父様にはまだ話せていなかったお兄様の話(内緒の話し以外)を話しているとあっという間に時間が過ぎ、そろそろ寝なければならない時間になった。
「レオは幸せに逝ったのだね。アリシア、殿下ありがとう。それが聞けてよかった」
「話すのが遅くなってすみませんでした」
「気にはなっていたのだが、私が忙しくて時間が取れなくてね。明日からはレオの分もがんばらないとね。あ、そうだった。殿下からバートの件は聞いたかな? 学園のクラスもAに戻すからバートのことよろしくね」
「はい、わかりました」
「うん、それじゃ、二人ともそろそろ寝なさい。おやすみ」
「おやすみなさい」
私とエドはエドが公爵家最後の夜を抱き合って眠った。心臓の鼓動やからだの温もりがとても心地よく、私は朝までぐっすり眠ることができた。




