144、感傷
お兄様の部屋は本にしか興味がないといった本だらけの部屋で読みかけだろうか、栞が挟まった本が一冊机に置いてあった。
「相変わらず、本がいっぱいだね」
「え? エドはお兄様の部屋に入ったことがあるのですか?」
「昔ね……一度呼ばれて入ったことがあるよ」
「そうだったんですね。私は小さい頃はよくこの部屋に来てました。お兄様のあとを追いかけて……。よく絵本を読んでもらって、あのころはお兄様が私の世界のすべてで、お兄様からいろいろ学びました」
「うん……」
「王妃教育が始まり忙しくなった私に、お兄様の方が本を持って私の部屋に毎日来てくれて、ここを訪れることも減りました。この部屋はお兄様の匂いがします……」
私はエドに抱きしめられた。
「レオナルドを助けられなくてごめんね」
「そんな……エドのせいじゃないのに……」
「うん……でも助けたかった……」
エドの想いと温もりが伝わってきて、私は涙が出てきた。するとエドに涙を拭われキスをされた。
「アリはどこにも行かないで。アリがいなくなったら僕は生きていけ……」
これはエドの本心だろう。だからこそこれ以上続きを言わせたくなくてエドの口に口付けをした。
「私はエドの側から離れません」
エドは驚いた顔をしていたが、やがてふわりと笑って
「……僕はレオナルドにアリを守ると約束したんだ」
そういって、不安そうにしていた目の色がいつもの優しいエドの目にかわっていった。私の大好きなあの金色の瞳だ。なんだか久しぶりに見たような気がする。
「レオナルドが僕に任せてよかったと思えるようにしないとね」
「大丈夫です。お兄様は優しい方ですから」
◇
お別れの会は多くの貴族の筆頭に王族が出席したこともあり、厳かな会になった。余計な言葉を発する人もいなかったので、ゆっくりとお兄様とお別れすることができた。
タキレス様やサイテス様たちも訪れたが、私たちと話はせず頭を下げて帰ったようだった。二人の姿を見て、学園関係者も同じように頭を下げて帰っていった。
エドは私が祈っている隣で同じように祈り、私の気が済むまで一緒に祈ってくれた。
「お兄様ありがとうございました。また会えますよね」
私は祈りながら小さな声で囁いた。
◇
私たちはその後もしばらく学園を休み、エドは執務をしながら私の部屋で過ごしていた。私はお兄様の部屋の本を片っ端から読みあさり、読めば読むほどつくづくお兄様は叡智の人だったと思う。
本の内容は多岐にわたり、経済や経営について、武道についてが特に多かったが、これだけの量を読みながら執務も学園も鍛練も疎かにしないのだから誰にとっても唯一無二の人だっただろう。
それに、私はお兄様に顔が似ているとよく言われたけれど、お兄様の方が綺麗だといつも思っていた。
でもエドワード様も同じくらいすごい人で、綺麗な人だと思ってる。だからこそお兄様はエドワード様に私を託したのだと思う。執務をしているエドをチラッと覗くと、姿勢をピッと伸ばし真剣な顔で書類に向き合っていてその姿はカッコいい。
「アリシア、どうしたの?」
チラッとしか覗いてないのに見つかってしまった。
「少し休憩しませんか?」
「ではキリが良いところまで少し待っててね」
「はい」
私はエマに紅茶とお茶菓子を頼み、ちょうど用意ができたころにエドは区切りがついたようだ。今日もエドの膝の上に座り、エドに食べさせてもらっている。
エドが以前のようにすることに抵抗なく受け入れられたのはお兄様のおかげだと思っている。お兄様に優しくしてもらったことも理由の一つだし、お兄様がいない寂しさを慰めあっているのもあるかもしれない。
「そろそろ学園に通うけれど、アリは行けそう?」
「はい。そろそろですね」
「そういえば伝言があったよ。エミリー嬢がお菓子パーティーを楽しみにしていたようだよ」
「まあ! ではまた企画しないとですね」
エミリー様の顔が浮かんできてふふっと笑うとエドからキスをされた。
「僕も一緒にしたいけれど、エミリー嬢とアンジェリーナ嬢は三人でしたいだろうね」
「女子会ですからね」
そう答えると舌を使った深い口付けをされた。口腔内を自由に動く舌によって座っているのに力が抜ける。エドは最後に私の唇をペロリとなめとった。
「アリは僕のだからね」
エドは以前から執着を見せることがあったけれど、今は以前よりもそれが強い。お兄様が亡くなったことで、私も……と思ってしまうことからそうなったようだけど、それは理解ができるので受け入れている。
「エドも私のものですよ」
そう言うとエドは小さな声でありがとうと答えた。




