138、エドワード王子 side 同憂
アリは目覚めてからかなり泣いたのもあり、目元は腫れていたが少し落ち着いたようだった。マーク先生の話から僕を受け入れられないかもと覚悟していたが、レオナルドのことが心配でそれどころではないのだろう。
アリはゆっくりと果実水を飲み終わると、真剣な顔になった。
「マーク先生のところに行きましょう」
「うん。アリ、一緒に行こう」
アリは頷くと隣の部屋に行きノックをした。すぐに中から返事がありマーク先生が出てくると、アリはまた涙目になった。
「せんせぇ……」
「アリシア様、こちらに」
マーク先生は部屋のテーブルに案内し、座るように促すと、自身はアリシアの前で立て膝をついた。
「アリシア様、よく聞いてくださいね。レオナルド様についてです」
「はい……」
アリシアは胸の前で手を祈るように固く組み、マーク先生をじっと見た。
「レオナルド様の状態は良くないです。この二、三日が山かと思われます」
「え……」
アリは固まったかのように動かなかったが、次第に小さく震えだした。
「アリシア様、大丈夫かな? もちろん全力で治療にはあたるけれど、毒がどこまで回ったのかが今はわからなくてね。目が覚めたらもう少し状態がわかるのだけど……」
アリシアは小さく震えたまま動かなかった。マーク先生は動かないアリシアの頭を撫でてから立ち上がり、僕の方を向いた。
「すまないね。任せますね」
マーク先生はそういうと、僕の肩に軽く手をのせてからレオナルドの方に歩いていった。
僕はアリシアの前に立て膝になって顔を覗き込んだ。アリシアの顔色も悪くなっていたが、僕に気づくと僕の方に力が抜けたように倒れ込んだ。
「エド、お兄様……が……」
「うん。出来る限りレオナルドの側にいよう」
アリは無言で何度か頷いた。そして声を出さないように震えながら泣いていた。
しばらくして落ち着いてきたアリを促し、レオナルドの方に連れていくと椅子に座りレオナルドの手を握った。
「お兄様……」
レオナルドはマーク先生から体の向きをかえられ、今は横向きになって寝ている。アリシアは手を握りレオナルドの顔をずっと見ていた。
「エドワード殿下、私は一旦医務室に行って代わりのものをここに待機させますね。呼びに行く間レオナルド様を頼みます」
ボーッとアリシアを眺めていたらマーク先生に突然話しかけられて驚いた。
「あ、はい。ここにいますので何かあれば知らせます」
「アリシア様のこともね。よろしくお願いします」
マーク先生はアリシアの頭を撫でてから部屋を出ていった。確かにアリも根を詰めすぎてはいけない。もう二、三時間したら少し休ませよう。
このあと、マーク先生の代わりにキースニン先生がきた。キースニン先生はレオナルドの様子を見ると、隣の応接室のソファーに座った。そこで様子をみるようだ。
◇
三時間ほど経ち、一度アリシアを休ませるために私はアリに声を掛けた。
「アリ、少し休むよ。シンに代わろうね」
シンが部屋にいたのであとを頼むと、僕は動こうとしないアリを横抱きにし、アリが休んでいた部屋に戻るとソファーに下ろした。
「アリ、なにか少しお腹に入れないとアリまで倒れてしまうよ。アリは気がついてないかもしれないけれど痩せすぎだよ」
僕は廊下にいる宿の侍従に食事を頼み、アリの隣に座った。アリを自分の膝に乗せ、後ろから抱き締めるとアリは一回りほど小さくなったように感じる。
「私は……大丈夫です」
アリは意外とはっきりとした声で答えた。
「私にはエドも……みんなもいますから」
「そっか。でも、アリに何かあると僕がレオナルドに怒られるからね」
「ふふっ。そうかもしれませんね」
「怒られないためにも食事は取ってもらうからね」
「はい」
それからアリはわりと普通に食事を取った。量的にはまだまだ少ないが、今のアリにはちょうどいいのかもしれない。
「さて、湯あみをして少し休んでからレオナルドのところに行こう。疲れた顔をしていたらレオナルドが目覚めたときに怒られるからね」
僕がそういうと、アリは笑顔を見せた。エマにきてもらいアリを頼むと、僕はレオナルドのいる部屋に行った。
「シン、レオナルドは?」
「特に代わりありません」
「そうか。僕はアリシアを少し休ませる。何かあれば起こしてくれ」
「アリシア様に……殿下がいてくださってよかった。私にはアリシア様まで気遣う余裕がなくて」
「主人がこうなってるのだから当たり前だよ」
「ありがとう、ございます」
シンも心労が見てとれる。心配で仕方がないのだろう。
「じゃ、またあとで」
僕はレオナルドに声を掛けると、自室に戻り、湯あみをしてからアリの部屋に戻った。アリはまだ湯あみ中のようで、僕はソファーに座りアリを待っていた。
「お待たせしました」
エマの声がし、振り向くとエマと一緒に戻ってきたアリは、湯あみをしたせいか少し頬が赤くなっていた。
「アリ、今はシンがついてるから少し横になってから行こう。エマ、しばらく部屋を出て大丈夫だから」
「では何かあればお呼びください」
「あぁ、ありがとう」
僕はエマが部屋を出たのと同時にアリをベッドに連れていき二人で横になった。アリは特に嫌がることもなくされるがままになっていたが、あまりに静かなアリの様子が気になり話しかけた。
「アリ、どうしたの?」
顔を見ると今にも泣きそうになっていた。
「……お兄様がこんなことになったのは私のせいなんです。私が海を見たいって言ったから」
アリは手をぎゅっと握りしめ、その手を目の上に乗せた。ずっと自分のせいだと自分を責めていたのかもしれない。
「レオナルドはアリにそう思われたらきっと悲しむよ。アリのためにしたことが逆に悲しませたと知ったら……。うん。きっと悲しむね」
「でもお兄様には助けてもらってばかりで」
「助けたなんて思ってないよ。やりたいことをやってただけだよ。僕もレオナルドも思いは一緒だよ。だから今はレオナルドが治ることだけを祈ろう」
「……はい」
きっと納得はしていないだろうが、こればかりはアリのせいではない。ゆっくりでも理解してもらわないとダメだ。アリは静かに涙を流していた。
僕はアリの頭を撫でていると、次第にアリは落ち着いて寝たようだったので、僕はアリを抱き締めて一緒に寝ることにした。レオナルド、アリのためにもがんばれ。そう祈りながら。




