136、苦痛
あのときやっぱりお兄様を行かせてはいけなかったのよ。
船の中で護衛の騎士から聞かされたのはお兄様の怪我のことだった。手練れの者に斬られ、そのとき毒を使われていたと。お兄様は毒で意識を失ったため先に医師のところに連れていったと言われた。
「エマ、エマ、どうしよう。お兄様にもしものことがあったら……」
私はエマにしがみついたけれど、なんだかうまく力が入らない。
「お嬢様、レオナルド様はきっとお目覚めになられますから!」
私はずるずると力が抜けて座り込んでしまった。するとすぐに護衛騎士がきて、横抱きにされて馬車に向かった。
「アリシア様、少し我慢してくださいね」
「あ……あ……み、みんなは? 他のみんなは大丈夫?」
「他のものに怪我はありません」
「よかった……」
みんなが無事だったことはよかった。けれど……その中にお兄様が含まれていてほしかった……。
「うっ……」
なんだか胃から込み上げてくるものが……
「お、おろして……」
私は護衛騎士にゆっくり下ろしてもらうと、そのまま近くのトイレに駆け込み嘔吐した。
「はっ、はっ、はっ、はっ」
「うぐっ」
胃の中のものがなくなるまで嘔吐は続き、エマが背中をさすってくれていくらかマシになった。
「エマ、ありがと……。も……、だいじょぶ』
少し涙目になりながら言うと、エマは顔を拭いてくれ、その後、騎士に再び横抱きにされ馬車に向かった。
「キークス、ありがとう」
「お気になさらず」
私はキークスがふわりと微笑んだのをじっと見ていた。馬車に乗せてもらい、なんとか一人で座るも安定しない私をエマが支えてくれた。頭の中はお兄様のことでいっぱいだ。
宿に戻るとお兄様と同じ部屋には治療があるからと入れてもらえなかった。それどころか心配をかけないように食事をしっかり取るようにシンに言われた。
「お嬢様、温かい紅茶をお持ちしました。少しお飲みになりませんか?」
「ありがとう」
部屋に入りソファーに座るとエマが紅茶を入れてくれた。私はカップを手に取り、湯気の流れる様子をずっと眺めていた。やがて湯気がなくなり、いつの間にかカップが冷たくなってしまったところでエマにカップを取られた。
「入れ直しますね」
「……」
エマがもう一度紅茶を入れてくれたが、結局私は動けずにいた。湯気もやがてなくなり、しばらくしてやっと冷めてしまった紅茶を一口飲む。
私のせいだ。私が海に行きたいって言ったり、船に乗りたいって言ったからだ……。私が言わなかったらお兄様がこんなことになったりはしなかった……。
お兄様に会いたい。
何日も依存して過ごして迷惑を掛けていた自覚はある。お兄様の怪我は私のせいだということもわかってる。それでも会いたくて仕方がなかった。ただ、優しい笑顔でアリって呼ばれたかった。
その日の夜、エマに手伝ってもらいながら湯あみをし、食べるように言われた食事は吐き気がして食べられなかった。エマはなにも言わず背中をさすってくれたがなんだか申し訳なかった。
「お嬢様、そろそろ横になってください。今日は私が側についています」
「ううん。大丈夫だからエマも休んで……」
「それではお嬢様が眠ったのを確認したら私も休みますね」
「……」
エマにはお見通しらしい。
「明日ならお兄様に会える?」
「明日の朝、お医者様に聞いてみますね」
私は頷き、おとなしくベッドに横になった。が、お兄様が心配で目を閉じても眠れず、結局朝まで起きていた。部屋は防音で外の音が全く聞こえないので様子もわからない。




