129、シン side 心痛
何があったのだろうか……。
予定の時間よりも早くに馬車が戻ってきた。宿のものから連絡を受けすぐに下に降りると裏口に馬車が停まるところだった。侍従が医師の手配をというので、宿付きの医師を呼び寄せるように伝え、おりてくるであろう主を待っていると、騎士のラートがレオナルド様を抱えておりてきた。レオナルド様は真っ青な顔で意識が完全にない。
「シンさん、すみません! 医師の手配を!」
「それはもうした! 早く部屋へ!」
さすがはラートで、細身とはいえ筋肉があり、尚且つ身長があるレオナルド様を軽々と運ぶ。運びながらラートが手短に言った。
「船で族に腕を剣で切られました。剣に毒が塗られていたようです。こちらは船内医師で一緒にきてもらいました」
「応急処置はしましたが船内ではこれが限度です」
「分かりました。今医師が来るので詳しくはそちらとお願いします」
部屋についてベッドに寝かせると宿の医師が走り込んできた。船内医師とは顔見知りのようで経過を話すと侍女に熱い湯と氷を用意させ、助手に指定の薬を取りに行くように指示をしていた。医師の本格的な治療が始まり、船内医師がそれを手伝った。
◇
あらかたの治療が終わり、ラートが船内医師を船まで送り、戻るときにアリシア様をお連れするように伝えた。
「今日はありがとうございました。船までお送りします」
礼を言ってから馬車まで見送ると、私は急いでレオナルド様の元へ戻った。
「腕の傷は縫合しました。そう深くはなかったのですが、毒の治療がうまくいくかはまだわかりません。幸い治療開始が早かったので進行は止められてます」
「意識は……?」
「わかりません。今は回復するのを待つだけです。様子はこまめに見に来ますが、異変があればすぐに医務室にきてください。発熱していますのでタオルもこまめに代えてください」
医師はそう告げると医務室に戻っていったが、その後もこまめに様子を見に来ては薬を追加したり、心音を聞いたりしていた。
もう戻ってくるであろうアリシア様にどう話すか……。今日は治療のために同室にはできないことを納得していただかなくては。
三回ほど医師が様子を見にきたあと、アリシア様が戻られた。元から使う予定だった部屋にお連れして説明をしようとすると、ラートがだいたいの話をしていたようだ。
「アリシア様、今は治療を優先したいのでこちらでお過ごし下さい」
「お兄様……」
アリシア様は侍女のエマに支えられやっと座っている状態で、アリシア様の方も心配になる。
「アリシア様、レオナルド様が起きたときに心配なさらないよう食事はしっかり取ってくださいね。後程夕食を運ばせます」
私はエマに目配せをしてからレオナルド様のところに戻った。今はアリシア様はエマに任せるしかない。
レオナルド様は相変わらず青白い顔色のままピクリとも動かず眠ってらっしゃる……。
夜半過ぎ、ずっと静かだったこの部屋は医師の助手があわただしくしていた。つい先ほどレオナルド様の容態が急変した。痙攣をおこし、慌てて医師を呼びにいかせると、医師が来てすぐに呼吸が止まってしまった。
蘇生処置が早かったからか、レオナルド様はなんとか息を吹きかえしたが、依然として高熱が下がらず予断を許さない。
「レオナルド様……」
このうちに仕えるようになってこんなに不安になるのは初めてだ。いつだってレオナルド様は笑顔だったこともあり、それが私の安心に繋がっていた。自分よりもずいぶんと年下のレオナルド様に何度助けられたことか……。
その後ももう一度危ない時があったが、明け方にはだいぶ安定してきた。依然昏睡状態ではあったが。
長い夜があけ朝になり、レオナルド様の熱が少し下がったのを見計らって、私はタオルを交換し汗をかいた体を拭き服を取り替えた。
その後も医師はこまめに来ては様子を見ていく。レオナルド様が助からないわけがない。絶対に治る。そう祈りながら側にいた。
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