115、嬉々
散歩から戻ると、私は再びお兄様の膝の上の住人となった。お兄様はうれしいと笑顔になるし、私もこの方が落ち着く。シンやエマ、他の侍女たちもニコニコしている。
昨日までの私は回りの事が見えてなかったけれど、たくさんの人に支えられているのを感じた。
お兄様の腕の中は暖かくてついウトウトしてしまうが、お兄様は難しそうな本を読んでいた。経営学の本のようでお兄様の真剣な顔をウトウトしながら眺めていた。
「なあに?」
私の視線に気づいたのか、お兄様に声をかけられた。
「お兄様は結婚しないれね。わたしの……」
気がついたら寝ていたようで、お兄様にもたれ掛かって横になっていた。
んー……寝ても寝ても眠い。
「アリ、目が覚めた?」
うん。と頷く。
「もうすぐお医者様がいらっしゃるよ。お医者様が許可してくださったら、明日は外に出掛けようね」
それから一時間ほど、どんなお店に行きたいか、どんなところに行きたいかを話しながら待っていると、シンがお医者様を部屋に連れてきた。
「おや、今日は起きてらっしゃるようだね」
ん……?
あ!
「マーク先生!」
「はい、マークですよ。アリシア様お久しぶりですね」
ニコニコと笑うマーク先生に驚いた。小さいときにずいぶんお世話になった記憶がある。
「アリシア様、診察してもいいかな?」
お兄様を見ると頷いたのが見えたので、私はマーク先生の方を見て頷いた。すると、額に手を乗せたり、脈をみたりと一通りのことをしてからマーク先生は私を見た。
「アリシア様は、率直に言うと栄養が足りてない状態だから、ゆっくりでもいいから栄養があるものを食べようね。今は体がびっくりしてしまうからスープがいいね。食べられるようになったら肉や魚も増やしてね」
「はい」
「それから、今のアリシア様は心が風邪を引いてるから無理はダメだよ。レオナルド様に頼ってゆっくり、穏やかに過ごすことが今は一番だよ」
「引っ付いていていいの?」
私は驚いていた。早く自分一人でなんでもできるようにならなければと思っていたのに。
「レオナルド様はその方がうれしそうだよ」
マーク先生はハハッと笑いながら言った。そっか……。いいのか……。
「先生、明日はアリと出掛けたいのですがいいですか?」
「無理はしないように配慮してあげればいいよ」
「わかりました。ありがとうございます」
マーク先生は忙しいようで、話が終わるとすぐに用意された紅茶を慌てて飲んで帰られた。
その後お兄様はシンに食事の件を伝えるように指示し、エマはその間に新しく紅茶を入れてくれた。
「お嬢様、よかったですね」
「エマ、いつもありがとう」
お兄様の膝の上ではしまりがないかもしれないけれど、お兄様も片手はぎゅっとしてくれてるからいいのかな。もう片手は本を持って続きを読んでいた。
私は出された紅茶を飲みながら、持ってきてもらった本を読み出した。わたしの大好きな本で、私よりも幼い子向けだけれども、何度も何度も読んでいる『ランスーの冒険』だ。三巻で海に行く話が一番好きで台詞まで覚えるくらい読み込んでいる。
「アリはその本が好きだね」
お兄様が私の肩の上から本を覗き込んだ。
「はい。いつか海に行ってみたいのです。池よりも大きいのですよね」
お兄様はお父様についてあちこちに視察に行っていたから海を見たことがあるかもしれない。
「そうだね。私が行ったところは船がいっぱいで、貿易の品を商人が運んでいたよ」
「船にも乗ったのですか?」
「乗るだけね。船の中も視察したから乗ったけれど、動かしてなかったからねえ」
「それでもうらやましいです」
私は胸の前で祈るように手を組んだ。
「それなら明日行ってみる? 王都から行くよりも、領地から行く方がずいぶん近いし、向こうで一、二泊してゆっくりしたら体にそう負担にならないかもしれないね」
「こんな機会ないですし、行きたいです!」
「それじゃ、今から手配をしよう。シン、マーク先生にも伝えて。あと騎士やみんなにも」
「承知しました。アリシア様が楽しく行けるように万全を期しますね」
シンがにっこり笑って答えてくれた。
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