脳内麻薬
俺は外科手術を選択した。
これは更生の見込みのない麻薬常習犯にのみ、選択権が与えられる手術だ。
頭に電極を刺し、電気で刺激して、ドーパミンなどの脳内麻薬を強制的に分泌させる手術である。
頭からコードが伸びて、その先にボタンがついているのだから、この手術を受けたら二度とまともな生活はできなくなる。
でも、いいんだ。
俺は麻薬を手放すことなどできない。
麻薬で得られる幸福は何事にも変えられなかった。
それと同等の快楽が、ボタンを押すだけで得られるのなら、こんなに良いことはない。
恐る恐るボタンを押すと、頭から全身にかけて、衝撃が走った。
数分間はその衝撃の正体が分からず、身動き一つとれなかった。
冷静になるにつれ、それが別に不快なものではなかった感覚だと思われたので、もう一度ボタンを押す。
2回目の衝撃は最初よりも覚悟が出来ていた分、冷静に受け止めることが出来た。
なるほど、これは、麻薬を摂取して得れれた快楽よりも、さらに刺激が強い快楽だ。
しかもボタンを押した瞬間にいきなり強烈な快楽がくる。
俺がボタンを連打しだすのに、そんなに時間はかからなかった。
俺が暮らしているのは、麻薬常習犯用の施設である。
食事も定期的に出してくれ、最初こそ普通に食べていたが、次第にボタンを押しながら食べるようになり、しまいには出された食事に目も向けずボタンを押し続けた。
睡眠時間も短くなり、寝る間も惜しんで押し続ける。
俺の体は徐々に衰弱していくが、ボタンを押すのは止められない。
栄養失調により体力は目に見えて衰えていき、そして、俺の体は衰弱しきって、目の前のボタンを押す力すらなくなった。
こと切れる瞬間、走馬灯を見た。
その光景は、ボタンをひたすら押し続けた思いでのみ。
いつまでたっても、ボタンを押した思い出しかなかった。
俺の人生とは何だったのか。
安易に快楽を得た代わりに、何の思い出もない。
逃げ続けた結果、何の人間関係も築けなかった。
ずるをしたために、何の成長もなかった。
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「このように後悔しますが、それでも手術を受けますか?」
気が付くと俺はベッドの上で、目の前には白衣を着た医者がいた。
急いで頭を触ると、コードが出ていない。
ようやく思い出した。
これは手術を受けたらどうなるのか、事前に疑似体験をさせられたのだ。
つまり、これまでの出来事とは夢である。
「で、どうするんですか?早く決めてください」
医者はイライラを隠そうとせず、目覚めたばかりの俺に詰め寄った。
そんなに焦るなよ。俺の答えは決まっている。
「もう一度、疑似体験を受けさせてくれ」