ほっとけ! 生まれつきなんだよ!
「よし。腹も膨れたことだし、そろそろ森を出よう」
余ったグリズリー肉は、その辺に生えていた植物の特大の葉っぱで包み、持ち運ぶ。都合よくちょうどいい植物が生えていて助かった。
「そうですね。ひとまずこの森を出るのが先決です。他のことは後で考えましょう」
シェスカが頷き、俺は歩み始める。
スリーテールフォックスが歩いていたので、次長お待ちください! てな感じで、それとなく追う。せせらぎの音がしてきた、そのままフォックス次長の後を追うと、河が見えた。
「待ってください!」
しかし。はっとしたシェスカに腕を捕まれ、引き留められた。フォックス次長は声に驚いたのだろうか、そのまま河の方へ逃げてしまった。
「河の方へは向かわないのが賢明です」
「何故だ?」
「タイラントクロコダイルと、グレートヒッポが出るからです」
部長と社長はそちらにおられたのか。フォックス次長は大丈夫だろうか? キツネだからうまく切り抜けてくれると思いたい。
ともあれ、あとは会長でコンプだな。
そんなことを考えていると、動物由来の諸々がふんだんに使われた野蛮な格好の男が立ち塞がった。
「お前が会長か?」
蛮人に、そう問うたら、
「あぁん?」
ガンをつけられた。こいつが会長なわけないか。どちらかというと、ヤクザっぽいしな。
「厳つい顔だな」
「ほっとけ! 生まれつきなんだよ!」
「なんか、すまん」
「そう言うお前は、変な格好だな」
変? 学生服が、か? この世界の基準で言ったら、変なんだろうな。おそらく。
だが、蛮族スタイルも変だと思うので、指摘してみる。
「お前も、相当だが?」
「ハッ。ちげえねえ」
すると蛮人はカラカラと笑った。
にしても、お腰に着けたサーベルがイカしてるな。……一応、警戒しとくか。奇抜なファッションのせいで、第一印象が悪すぎるしな。野蛮人も俺を見て、そう思っているかもしれないが。
だが、ふと思う、この世界での普通のファッションがこれである可能性についてだ。しかしその考えは、即座に霧散した。
「……こわいです」
呟いたシェスカが、俺に引っ付き、俺の学生服の袖を掴んだからだ。
シェスカの怯え具合が尋常ではない。こういう輩には、慣れていないのだろう。
これはイケる! とでも思ったのか――。
蛮人が、剣呑な雰囲気を帯びだした。
舐められたもんだ、と俺は内心でため息をつく。
「おい、坊主! ――とお嬢」
蛮人は、俺らに呼び掛けながら、抜刀する。
「なんだ!」
呼ばれたので、返事した。シェスカがびくりと震え、即座に俺の背後に隠れる。
「その剣と錫杖、あとその包みも、置いてけ! 従えば、命までは取らねェ!」
蛮人改め盗賊とばったり出くわしてしまったということか。いや違うな、火をおこしたせいで居場所がばれたのだろう。
「ん? お嬢、聖女に瓜二つだなァ? 俺の記憶違いか?」
盗賊の不躾な問いに、
「……本物です」
シェスカが、(盗賊にビビりながらも)答えてしまった。
盗賊、目を見開く。
「――ちょっ、バカ!」
俺は慌てて、シェスカの口を塞いだ。「マジか、驚いたな。なら錫杖は見逃してやる。危ない橋は渡りたかァねェ」盗賊がなんか言ってるが、それどころではない。俺はシェスカとの話し合いを始めようとする。しかし――、
「私、嘘はつきたくありません」
シェスカ、俺の手を優しく払いのける。
「そうか、余計なことしたな」
掌に付着した、金髪美少女の唾液をさりげなく、舐める。ウマイ!
「な、なにをしているんですか……」
シェスカにばれちった。唇を尖らせた彼女は、照れちゃったのか頬を赤くしちゃって、可愛い。
盗賊が、呆れているが、知るか。
「ほんとに、何してるの?」
新たな声が後方からした。挟まれたか! と盗賊を俺も腰の剣をいつでも抜けるぞ、と牽制しつつ振り返ると、
「――ネコミミ!」
驚いたぞ! 白桃色の冒険者風の衣装に身を包んだ、桃髪のネコミミロリ(尻尾付き)がそこにいた。小柄で10歳前後と思われる。
「なんで、驚いているの、お兄ちゃん?」
「そりゃあ、ネコミミが生えた奴を見たことがないからだ。それに萌える」
お兄ちゃんという呼称に萌えながら、俺は、当然だ、とばかりに答えた。
「……ふーん?」
すると、ネコミミロリは不思議そうな顔をした。
「も、え……? ……よくわからない」
こてんと首を傾げる。
そうか、わかんないかー。わかんないなら、しょうがないね。
「にしても、ネコミミロリか、シェスカ、知ってた?」
「知ってるも何も、この世界では、ああいう種族の方がいらっしゃるのですよ」
俺が問うと、シェスカが教えてくれた。
「なるほど、楽園だな」
ネコミミロリが、超可愛い。あっ、お耳がピコピコ動いたぞ。まさに芸術だな。なんか物騒な大剣背負ってるが!
「いい加減にしろよ! 御託は飽きた。置いてくか置いてかないか答えろ! 答えなきゃ、痛い目を見るぞ!」
盗賊が痺れを切らし、剣をぶんぶんしながら、大声で威嚇してきた。
俺も抜剣する。禍々しく輝く、黒曜の刀身にぎょっとする盗賊。ネコミミロリもちょっとビビってる。
「これは聖剣だから、置いていくのは無理だ」
「嘘つけェ!」
盗賊が突っ込んだ。
「交渉決裂だ! 最悪その包みだけでもいただくぞ!」
盗賊が宣言する。どうやら戦闘モードに入ったらしい。察した俺はグリズリー肉の包みをシェスカに預ける。シェスカはグリズリー肉の包みを守るような位置に置いた。食い意地か。
「おい、アミル!」
「――にゃに!?」
剣が気になっていたのか、俺の方を見て、ボケーとしていたネコミミロリ改めアミルちゃんは、ビシッとなる。びっくりしたアミルちゃんのお口からは、猫の鳴き声みたいな言葉が出てしまった、可愛い。
「2対1は本意じゃない。アミル任せるぞ」
「――あっ、聖女は攻撃するなよ」
「聖女が、何かはわからない。けど、お兄ちゃんを倒すのは、わかった」
なんか納得して、コクりと頷いた。
てか、盗賊よ。お前、アミルちゃんに任すのか。それでいいのか。
「アミル、気を付けろ、そいつの剣、ヤベェぞ」
盗賊は油断なく俺を見ながら言った。
「不気味な剣、すごくこわい、けどアミルは戦うよ」
アミルちゃんが満を持して、背中の大剣を抜いた。小柄な娘が大剣持つって、なんかいいね。
「シェスカ、気を付けろ、アミルちゃんの剣、ヤベェぞ」
ふざけて盗賊の口調の真似したら、盗賊に睨まれた。こわい。
「え、幼女が大剣持ってる? こわい」
シェスカは、めっちゃビビってた。
アミルちゃんがシェスカを見た。
「お姉ちゃんは、アミルの敵?」
なんということだ、アミルちゃんが、シェスカに剣を向けてしまった。
「ふぇ!? ち、違いますよ」
「違わない」
「ま、ま、ま、待ってくださいよぉ!」
いやー、やめてー、けだものー、展開だ。
アミルちゃん、なんかシェスカを敵視している。あっ、視線がシェスカの胸の辺りだ。なるほど、おっぱいがでかいから、嫉妬しちゃったのかもしれない。けど、アミルちゃんは成長期じゃん、落胆するのはまだ早いさ、今の段階でも結構――ゲフンゲフン。とにもかくにも――、
ヤバイ、と俺は位置取りを調整し、アミルちゃんとシェスカの間に立つ。
「おい、アミル、もう一度言う。聖女、女の方は無視でいい」
盗賊の言葉に、アミルちゃん、首を傾げる。
「……なん、で?」
言外に『こいつ敵だよ?』と言っている気がする。
「聖女だから、大した戦闘力はない。そっちの坊主と長期戦になると、聖女の癒しの力は厄介だが……、そうなったら最悪俺が聖女を無力化する」
「? うん」
ぽかーんとしていたアミルちゃんは、とりあえず頷いとこ、ってな感じで、頷いた。アミルちゃんには、難しすぎたのかもしれない、盗賊の言葉の何割が伝わったのだろうか。
盗賊が顎で合図を送る。俺を狙えって意味か。
次の瞬間、アミルちゃんが、キュッと締まった。俺を向いて、構えをとったのだ。
猫目で、キリッと俺を見る。尻尾がピーンってなった。
真面目な表情しててもかわいいぞ。
俺の顔をマジマジと見るアミルちゃん。そんなに見られると、俺とて恥ずい。
やがてアミルちゃんが、言った。
「悪くない」
「何が『悪くない』んだ?」
アミルちゃんが、ハッとした。今の発言はもしや、思わず、口に出してしまったものだってことか。アワアワし出して、頬が、ちょっと、赤くなった。
「……秘密」
もじもじする、アミルちゃん。
気になるな……。