まるで上司の叱責を恐れるリーマンのようにガクブルだ
シェスカは、俺の学生服を、何処からか出した水を使って、ごしごしと洗う。
「今のは魔法か?」
パン一の俺は尋ねた。シェスカはそんな俺の顔の辺りで視線を止めている。俺の生の肉体美を極力見ないようにしているらしい。半裸の男を見るのには慣れていないのだろうか。
「はい。精霊様が手伝ってくださいました」
シェスカがコクりと頷き、精霊が輝いた。蛍のように小さい。しかし、となると、シェスカは自力で水を出せないことになる。(お小水とか涙は別として)
つまり戦闘に不向きな、ヒーラーといったところか。
地面に刺された木の枝に乗っかり、即席物干し竿となった錫杖に向けて、今度は精霊が風を出し、乾かしてくれた。
しばらくして、シェスカは学生服を手に取り、俺の学生服を嗅いだ。
「くんくん」
変態か! 思わず心中で突っ込んでしまった。
まあ、俺はもっとあかんことをしたのだが。
「まだ少し匂いが残っている気がしますが、仕方ないですね……」
俺は胸を撫で下ろし、安堵する。
シェスカは変態じゃなかった。良かった。
――そして俺は変態だった。
ばれないようにシェスカのアレの残り香を探りながら、服を着る。そこでふと気付く。
「あ。そういえば自己紹介がまだだったな。俺は蔵持彪河だ。蔵持は名字だ」
「ヒョウガ様ですね。覚えました」
さらっと名前呼びしてくれた、嬉しい。
「私はシェルシェスカです。って、もうご存知ですよね?」
「ああ、勢いで呼び捨てにしてすまなかったな」
「いえ。共に窮地を切り抜けた仲ではないですか、気さくに呼んでください」
シェスカは、にっこりと微笑んだ。
と、そこで、シェスカが、何かを思い出したような顔をした。
「そうでした。この森には魔物が出現します」
「そうなのか」
「ええ、主にバイオレンスラビットと、ずんぐりラクーンと、スリーテールフォックスと……そして、はらぺこグリズリーです」
ほう。となると、会社の役員で例えるなら、バイオレンスラビットが主任でずんぐりラクーンが係長、スリーテールフォックスが次長で、はらぺこグリズリーが課長ってわけか。ん? 部長と社長と会長は何処だ。
「この中で一番危険なのは、はらぺこグリズリーなんですが、それはそれはおっかない魔物で……」
ブルルと身を震わす、シェスカ。そんなにおっかないのか。
そんな風に会話をしていた俺たちは油断をしていた、シェスカの背後にある茂みから何かが飛び出してきた。俺の動体視力はかろうじて捉える。
中年親父――――――――――のような顔をしたずんぐりとした狸。おそらく、ずんぐりラクーンだろう。
「きゃあ!」
ずんぐりラクーンが茂みより現れ、シェスカの背中にぶち当たった。シェスカが前に倒れそうになった。
「危っ!」
俺はすんでのところでシェスカを支える。
俺の手がシェスカの胸部にジャストミートし、豊満なおっぱいに五指が食い込んだ、柔らかい。
「んんん!」
シェスカの驚いた声。暖かい息が耳にかかり、こそばゆい。
思わず、おっぱいに食い込んだ指を動かしてしまうと、
「んっ」
シェスカが艶めいた声を出す。俺の掌は、シェスカのおっぱいで、起き上がる何かの感触を法衣越しに、僅かに感じとってしまう。
俺の愚息が、結果にコミットした。しかも、シェスカの手が俺の愚息にジャストミートしてしまっていることに気付いた。
「……あっ」
シェスカが、察したような声を出し、ポッと頬を赤らめる。
うぉ、しまった! このままじゃ、色々まずい。慌てて、シェスカを引き剥がす。
「すまん!」
「えっ、は、はい?」
屈み込んでしどろもどろなシェスカに謝り、目を剥いて倒れていた、おっさん狸もといラクーン係長を、捕らえる。
胸をおさえながら、お口をパクパクするシェスカを視界に入れながら、ラクーン係長のお目覚めを待つ。
ラクーン係長はすぐに目を覚ました。こうしてみると、愛嬌のあるおっさん顔だが、様子がおかしい、まるで上司の叱責を恐れるリーマンのようにガクブルだ。
「その、ずんぐりラクーンがどうかしたのですか?」
気を取り直したシェスカが立ち上がり俺の前へ。
シェスカは、まだお顔が熟れたリンゴのように赤いな。
「ああ。なんだか様子がおかしいんだよ」
刹那。唸り声が聞こえて、ラクーン係長の上司と目があった。
「うお!」
驚いた俺は、ずんぐりラクーンを手放してしまう。ラクーン係長はそのまま何処かへ一目散に逃げていった。あばよ。
それはさておき、本題だ。
「なあ、シェスカ。はらぺこグリズリーって後ろで涎を垂らしている熊がそれか?」
俺はシェスカの後ろを指差して言った。
「ん? ああ、この熊……です……」
きょとんとした顔をしてから、振り返ったシェスカは段々と顔をひきつらせて――、
「きゃあー!」
悲鳴をあげて俺の背後に隠れた。俺たちを餌認定した、はらぺこグリズリーが、獰猛な雄叫びをあげ、襲いかかってくる!
はらぺこグリズリーの引っ掻きを、俺はすれすれでかわした?
チクリと痛みがした。痛みの発生源である頬を触る。ねちょっとした感触。指を見る。――――――――指先は真っ赤だった。
頬から血が出ていたのだ。
「こんにゃろっ!」
むきになった俺は聖剣を抜き、がむしゃらに振った――。
壮絶な死闘の果てに、俺はばたりと背中から倒れた。
「ヒョウガ様!?」
と同時に、断末魔をあげ、傷だらけのはらぺこグリズリーが倒れる。
「大丈夫だ……」
駆け寄ってきたシェスカを地べたに大の字になった俺は見上げ、安心させるようにいったのだが、声が掠れていたからか、逆に不安にさせてしまったらしく、シェスカは俺の手を取り不安げな顔だ。
咳が出た。シェスカの顔が余計に曇る。血を吐いたりしないから安心してくれ……。
「グリズリーは……?」
起き上がろうとするが、起き上がれない。生まれたての子鹿状態ってこれのことか。
シェスカが肩を差し出した。自分の肩をぽんぽんと叩くシェスカ。手を乗っけろとのことらしい。
俺はシェスカの手助けを借り、なんとか起き上がる。剣を杖にし、はらぺこグリズリーの元へ。なんとなく最期を見届けねばならない気がしたからだ。
はらぺこグリズリーはしばらくピクピクしていたが、やがて血の水溜まりに沈んだ。どうやら死んだらしい。なんとなく、目を閉じてやった。
ともあれ、俺とシェスカは、グリズリー課長に勝ったようだ。
俺とシェスカが勝ったのだ。俺一人の力ではない。
シェスカが震えながらも錫杖で突いたり叩いたりと、多少なりとも援護してくれて、助かった。
「はぁ、はぁ……」
地面に刺した剣にすがりつきながら、荒い息をつく。学生服が返り血でまた汚れてしまった。爪をぶんぶん振り回してきて、めっちゃこわかった。学生服も、少し破けてしまったか……。
「ほんとに、亡くなったのでしょうか……?」
まだ不安げなシェスカは、おずおずとはらぺこグリズリーを錫杖でつんつん、つついた。課長にそんなぞんざいな、失礼だぞ……。
「確かに、絶命してますね……」
シェスカは確認を終えたらしい、突くのをやめて祈った。俺もはらぺこグリズリーの冥福を祈る。
にしても、魔物の熊に勝てるなんて、聖剣様様だな……。
「すごい汗です。休憩しましょう。少しお待ちくださいね」
シェスカが、葉っぱで作った即席の水筒に、精霊の作った水を注ぎ、飲ませてくれる。俺の汗もハンカチで拭ってくれた。至れり尽くせりだ。
おまけに、手近な岩を持ってきてくれたので、椅子にし、座る。ゴツゴツしてあまり座り心地が良くないな。と思ったら――、
「ああ、まだ座ってはいけませんよ。完成していないんですから――」
唇を尖らせたシェスカに咎められた。
「これらをクッションにしましょう」
シェスカが手近な葉っぱと熊皮を即席クッションにしてくれた。
改めて座る。シェスカも座る。なんか距離が近いが、指摘しないでおく。離れられたら、ショックだしな。
「おお、いい感じだ。凄いな、シェスカ」
「えっへん……です」
俺の褒めにシェスカは照れ臭そうだった。
「では服をお貸しください、血を落とします」
そう言うシェスカに学生服を脱いで差し出し、またシェスカ(と精霊)に洗ってもらうことに。
俺がパン一になるとシェスカが驚いた顔をしていた。
まさか金髪美少女の前でパン一になるというシチュエーションにムスコが歓喜したのか!? 俺はチラリと見るも、なんも問題はない(はず)。それよりも――、
「傷があるじゃないですか」
そう、傷だ。
「あっ、ほんとだ。痛い」
認識すると、痛みがわいてきた。さっきまで痛くなかったのは、アドレナリンか何かのおかげだろうか。
俺の学生服をいつの間にか脇に置いたシェスカが、痛わしげにそっと撫でる、ゾクリとした。
「あっ、ごめんなさい。私としたことが、はしたない」
「いや、いくらでも触ってくれて構わんが」
「いえ、そういうわけには……」
俺の身体は、結構傷だらけだった。グリズリー課長め、おいたが過ぎるぞ。俺がそんな下らんことを考えているうちに、シェスカは物干し竿状態の錫杖をお役目から一旦解放し、手に取った。
「癒しますね」
謎の癒しパワーで、俺の傷が塞がった。おまけに痛みも引いた。
「ありがとな」
礼を言うと、シェスカは朗らかな表情をした。
「いえ、こちらこそ守ってくれてありがとうございます」
俺はパン一で問いかけた。
「シェスカは戦えないのか?」
シェスカは再度錫杖を物干し竿にし、精霊の協力を得ながら、服を乾かしている。
「ええ。私が聖女と呼ばれるのは神託が受けれるからと不浄なるものを浄化すること、傷付いたものを癒すことができるからであり、普通の魔物との戦闘では震えながら錫杖で援護するくらいしかできません……。それに、精霊たちも、攻撃することはできないそうです」
申し訳なそうにシェスカは言った。精霊の輝きも、心なしかしゅんとした気がする。もしかすると、さっき黒ローブたちに火の球を当てられて、ほぼ無傷だったのも、精霊が機転を利かせたということかもな。
「そうか。まあ、気にするな」
受け渡された乾いた学生服を着ながら、俺がそう言ってやると、シェスカが目を見開いた。