悪魔と魔女
変化した刀身は、よく見ると、黒曜石のように、美しく、俺はポツリと呟いた。
「……黒曜の聖剣か」
ちなみに、柄は純金のままだった。
聖剣は聖剣なので聖剣と呼ぶことにする。なにはともあれ、カッチョいい、ウルトラベリーグッドだ、素晴らしいぞ。
俺は、気分が高調し――、
『アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ――!!』
聖剣をかかげたまま、哄笑をしていた。よくわからないが、愉快で爽快だった。
皆の衆が、ポカーンとする。
いち早く立ち直った黒ローブ集団が抜杖した。
杖の先端を俺と――あろうことか聖女であるシェスカさんに向けて。
「おい、聖女! 貴様ァ!! 魔の物を呼び寄せたのか!」
「お前の正体は魔女だったのか!?」
「道理でムンムンと漂う色気があると思ったんだ! 見ているだけでムラムラするわけだ!」
「魔性の女だとは思ってはいたが、淫乱魔女め!!」
口々に、シェスカさんを、糾弾する黒ローブたち。
お前らも召喚に協力したんじゃないのか? もしそうだとしたら、聖女に全責任を擦り付けてしまおうという魂胆だろうか、汚いぞ。
爺さんも声を大にして、言った。
「エッチな黒い下着を愛着しているのは知っとるぞ!」
『ナニィ! 黒だと! 聖職者にあるまじき奴め!』
黒ローブたちが罵った。俺の口も勝手に動いた。シェスカさん、なんてスケベなんだ、興奮したよ!
俺はシェスカさんのパンティを見たい! と視線を注ぐ、パール色の法衣なので、頑張れば、黒いパンティが透けて見える気がする。くそう、布が地味に分厚い。
「ちょっと、皆さん、落ち着いてください、私が何色の下着を着けていようが、今は関係ありません!」
そう言うシェスカさんは心なしか赤くなっている。
「これが落ち着いていられるかってんだ! 魔女め!」
がなる彼はいきり立つ。彼の杖の先端から火の球が出たのを皮切りに、
「聖職者の風上にもおけない奴め!」
「魔女を火炙りに処せ!」
一斉に火の球を聖女に向けて、お見舞いする黒ローブたち。しかも、俺の方にも当ててきやがる。
俺は抗議した。
「おい、炭にしたら勿体無いだろ! その前に亀甲縛りにして十字架に張り付けて辱しめるべきだ!!」
「変態め!」
激昂したことにより、勢いまであがり、火の球が俺をかすめた。
「うわっちっ!」
高温の湯に使ったときのような熱さ。――ん? 大したことないな?
「これは何かの間違いです!!」
シェスカさんはその身を焼き焦がしながら(特殊な法衣なのか、法衣に全く被害はないが)も、弁明を続けた。
「攻撃をやめて話を聞いてください!」
涙ながらに訴えかけるシェスカさん。だがしかし、黒ローブには、もう届かない。
「そんな、私を慕ってくれていたのは、偽りだったのですか……」
シェスカさんがくずおれた。それでも攻撃をやめない黒ローブたち。あげくの果てに、あえて触れてこなかったが先程より、途轍もない存在感を示していた金ぴか全身鎧奴が、これまた大きな金の戦斧を手に、シェスカさんの方へと動き出した。
直感的に、このままでは、まずい気がした。
俺はシェスカさんと全身鎧奴の間に、滑り込むように入り、全身鎧奴の前に、立ち塞がった。
『将軍、やっちゃってください』
黒ローブたちの歓声が煩いが、金ぴか鎧の彼もしくは彼女は、将軍とのことだ。
「……勇者め、我が戦斧の一撃を受けて、ここで死ね」
顔は見えなかったが憎々しげなものだと推察される。殺気がスゴい。
にしても声がおっさんのものだ。金鎧奴改め将軍は、問答無用で戦斧を振り下ろしやがった。俺はすんでのところでかわすも、衝撃波によろめく。
「うぉっふ!」
しかもなんかの破片が飛んできて痛い!
って、床が砕けてるじゃねえか!!
あんなの食らったら余裕で死ねるわ!
また来る。何度も何度もうち下ろされる戦斧にビビる俺。
だが動きが少し緩慢なので俺は、どうにかこうにか、ムキになった将軍の戦斧の悉くを回避する。余波でも、ピリピリと痛みが走り、直撃したら、ヤベェことになりそうだから、もう必死だった。
床がめっちゃっくちゃだが、知るか! 俺じゃなくて、将軍のせいだ。損害賠償は将軍へ。
「全身鎧が仇になったな!」
俺はタイミングを見計らってスライディング。しかも、運良く、クリティカル。転びそうな将軍を尻目に、俺は体勢を整え、起き上がりざまに、聖剣の攻撃力が金鎧の耐久に勝ることを信じ、よろけた将軍の背中に聖剣の峰を、叩きつけた。しかし、効果が薄い。
一度でダメなら何度も何度も叩きつけるまでよ!!
立ち上がろうとしても俺の攻撃で完全には立ち上がれない。黒ローブたちが火の球を放とうとしてきたら、肉盾にして防いでやる。
そうしているうちに――、
『ああ、ホルスト将軍!』
黒ローブたちの悲鳴。将軍、ばたりと倒れ、地べたと熱いキッス。おまけに金鎧がメキメキメキと悲鳴をあげながらひび割れ、やがて砕けた。中から出てきたのは半裸のおっさん。おっさんこと、将軍はそのまま沈黙した。
俺の華麗なる一蹴に皆の衆もあんぐりとしている。俺はその隙に荒い息を整える。戦斧の威力がエグくて、俺はボロボロだった。死ぬかと思った。
今が機だ。将軍のご冥福をお祈りしつつ、
「逃げるぞ!」
叫び、俺はシェスカさんの元へ駆け寄る。なぜか魔法での攻撃が止まる。魔力切れか? ならばと捨て身でかかってくる黒ローブたちを倒すのは楽勝だ。
そうしてシェスカさんの手をつかむが、イヤイヤと首を振るシェスカさん。もはや諦めてしまったのか。
「しっかりしろ、シェスカ!」
思わず、呼び捨ててしまったが、それどころではない、非常時だ。
「でも!!」
「変な疑いをかけられたまま、死にたいのか!」
説得すると、シェスカが俺の顔を見る。
「違うだろ! お前は聖女のはずだ! 魔女じゃない!」
はっとした顔をするシェスカの手を取り、立ち上がらせる。
ちなみに、シェスカさんは、焼け爛れた紙切れを持っていたが、俺がポイした。ゴミは要らぬ。
さっき先生が渡した名刺だろうが、焼けてしまったなら捨てるしかないよな。すまない、先生。
「一旦逃げるが、また必ず戻ってくる――勇者としてな!」
「はい!」
いい返事だ、シェスカ。
「何をほざく、お前が勇者となれるわけないだろ」
『そうだそうだ』
うるさい外野を無視し、聖剣をズボンのベルトに引っ掛け、
「――えっ!」
戸惑うシェスカには悪いが、俺は問答無用でシェスカをお姫様抱っこした。錫杖をしっかりと握っているシェスカは、華奢な矮躯でいい香りがする。しかも軽い。
「すまん! この方が効率がいいからだ! 足には自信がある!」
「悪魔め! 聖女を拐うか!」
さっきは魔女と呼んでいたはずが、今度は聖女呼びだ、俺が悪魔らしい。意味わからん。都合よく解釈しやがって、もうなんとでもいえ!
「退け! 退かないと、この剣の錆にするぞ!」
自暴自棄になった俺は脅しをかける。
シェスカを抱えてて、抜けないがな!
だけど残った黒ローブたちは、ビビって道を開けた。
「逃がさんぞ、悪魔め! ――ギョエェェ!!」
爺さんが立ち塞がるので、蹴り飛ばして進み、俺は駆け抜ける。
「蔵持!」
先生が呼び掛けてきた。
「先生、うまくやってくれ!」
俺は、先生だけはまあまあ信頼している。クラスメイトは、知らん。
「わかった、任せろ!」
先生の声は、頼りになるものだった。
「やめなさい、蔵持くん。こんなのダメよ……」
『そうだそうだ!』
クラス一の美少女たる桃山さん(その親衛隊)が、立ち塞がった。
「邪魔をするな」
俺がギロリと睨み付けると、桃山さんは尻込みした。
それは無意識下だったらしく、自分が尻込みしたことに気づいた、桃山さんはハッとした表情をした。
「うっ……」
『おのれェ! 蔵持の分際で我らが桃山様を!』
唇を噛んで、悔しそうな顔をする桃山さんを、無視して進む。桃山さんは物言いたげだったが、俺を引き留めることはしなかった。親衛隊がうるさいが、知るか。
すると今度は、クラス一の美男子たるリュウセイが、立ち塞がった、子分を連れずに。
「待て、ヒョウガ、お前、聖剣を盗み、シェスカさんを拐うのか!」
「シェスカは保護するだけだ、魔女と呼ぶような連中の元に置いておけるか! そして未練たらしいぞ、リュウセイ、聖剣は俺を選び、俺が抜いたんだから、もはや俺の所有物だ。聖剣は俺を主と認めたんだ」
だよな、聖剣?
『さよう』
腰の聖剣が、反応した気がした。
「それが事実だとしても……」
だが、リュウセイ、俺の言葉に疑いの目。信じないなら、それでもいい。
「失望した……。お前とはそれなりに仲良くやっていたつもりだったんだがな……」
『リュウセイが仲良くしてやったのに、恩を仇で返すか!』
「は? 仲良くだぁ?」
リュウセイ、お前、俺の過去を知った途端に俺を避けただろ。
「ヒョウガ、俺は、今のお前が勇者だとは認めない」
「勇者になれなかった男が、何をほざく」
冗談も休み休み言えってんだ。
しかもこいつは――、
「知っているんだぞ、リュウセイ、お前、俺の悪評をクラスに拡散しただろ」
俺が、クラスに上手く溶け込めなかった一因は、それだろうと思う。
「吹聴とは人聞き悪い、僕は事実を言ったまでだ……」
ああ、そうだろうよ。路上生活時代に万引きやスリ、その他諸々を繰り返した、俺は更正したつもりだったが、神はそうは思ってくれないらしいしな。聖剣は俺を認めてくれたみたいだが……。
限られた奴、以外は、俺を勇者と認めてくれない。
だからこそ、俺は、それを覆したい、子供みたいだがそれが本心だ。
リュウセイ、お前や皆の態度は、俺にそう思わさせたよ。
「俺は、善人のつもりはないが、悪人ではないつもりだ……」
そう呟き、俺は肩から突進した。
俺を見て複雑な顔をして「ヒョウガ……」と呟いた、隙だらけのリュウセイを突き飛ばし、ついでに金的しておく、リュウセイのくぐもった悲鳴を無視し、閉まっている扉にタックルして開け放つ。シェスカが悲鳴をあげる。いきなりで、ビックリしちゃったらしい、すまんな。
「ヒョウガァァァァァァ!!」
金玉押さえて涙を浮かべたリュウセイの怨嗟のこもった渾身の叫びを無視し、廊下へ。空町は動かんかった、空町軍をけしかけてくるかと思ったが、杞憂だったか。てか、空町、なんかニヤついてるな、状況を楽しんでやがるのか、ムカつく奴だ。ニイニイもいたが知らん。
クラスメイトゾーンを抜け、目の前は階段。階段を数段飛ばしで駆けおり、階下へ。「いくぞ!」とシェスカに声をかけてから、目の先にあった扉に今度は優しくぶつかり、開ける。
すると、外だった。視界に入ったのは長い道、左右には深い森。なんだよ、ここ。
とりあえず、走る。ひたすら逃走だ。後ろから怒声が聞こえる――。
「待ちやがれ、悪魔!」
「奴を殺せェェェ!!」
「死ねェェェェェェ!!」
見やると、後方から追っ手の黒ローブ、聖職者にあるまじき罵詈雑言だこと。気が狂ったのかね。
「きェェェェェ!」
奇声が近い、真後ろからの声に振り返ると件の爺さんがいた。般若の面のような顔をしている。先頭かよ、元気すぎだろ、と容赦なく蹴り飛ばす。
「おのれェェェェェ!」
爺さんの断末魔にビビりながら、駆ける。追っ手のローブたちも怨嗟の声をあげている、こわい。
「聖女を抱えた怪しいやつめ、お縄につけい!」
「殺しても構わぬだろう!」
しかも前方で槍をもった兵士たちが道を塞いだので蹴り飛ばして、突き抜ける。しかし、足がチクリと痛む。兵士も手練れだったのかもしれん。シェスカを抱えているせいもあるかもしれんが。そして――、
遠くに聳える塔に煌めくものを見た俺は、怖気がし、咄嗟に回避行動を取った。俺が気付けたのは運が良かったのかもしれない。
刹那の間に、俺の眼前に幾本もの銀の矢が突き刺さったからだ。
その幾本もの矢の中の一本に、矢尻からワイヤーを伸ばすものがあった。俺がワイヤーの先――塔を見ると、塔からは銀鎧が向かってくるのが見えた。俺は、矢尻を蹴り飛ばし、妨害するも、時すでに遅し――、
跳んで、ヒュヒュヒュンと風をきるのは、銀鎧。宙返りを決めた銀鎧は、スタッっとカッチョいいポーズで着地して、俺の前に立ち塞がった。
そんな銀鎧奴は銀色の弓を持っていた。
「ほう、我が狙撃をかわすか」
銀鎧奴は感心した用に、言った。
『ラングェイ兵士長!』
後ろのガヤがうるさい。すると、ガヤもとい兵士に向けて、銀鎧奴が、言った。
「下がっていろ、俺が仕留める」
『はい!』
「なるほど、ホルストの言っていたことは本当だったようだな」
「なに? どういう意味だ?」
俺の漏らした言葉を、兵士長は無視して続ける。
「堕ちた勇者よ、どうやら、お前の命運はここで尽きたようだ」
一瞬、ギロっとした眼光が見えた。
「ひっ!」
抱えるシェスカが、歯をカタカタならし、身震いする。
「安心しろ、守りきる」
耳元で囁いた俺は、兵士長を見て、宣言する――。
「どうかな、俺は諦めるつもりなんて、毛頭ないぜ!」
俺が死んだら、聖女も処分される可能性がある。ならば、こんなところで死ねるか!
すると兵士長が銀弓をカッチョいいポーズで構え、引き絞る。
「ここは通さん!」
弓で近距離戦を挑むとはバカじゃねえのか、などと思った次の瞬間、俺の足に激痛が走る。
「うぐぉ!」
いてぇ!! 俺はよろめく。シェスカを落としそうになった慌てて、抱き寄せる。このままじゃ、ヤバイ。
シェスカを守ったまま戦える相手ではない、と即断した、俺は、決死の覚悟で兵士長の脇を抜ける、そのまま俺は、わき目もふらず、一目散に逃げ出した。
「逃がさんぞ、勇者! ここで死ねェい!!」
兵士長の殺気がエグい! こわすぎる!
そんな兵士長は、俺の背に銀矢を打ちまくる。矢は尽きることを知らず――、
「無尽蔵かよ!」
俺は突っ込みを入れ、逃走。
放たれる矢は、聴覚をフル活動したり、乱れ走ったりして、なんとか致命傷だけは、免れた。
ここまで逃げれば大丈夫だろ……大丈夫だよな? なんとか追っ手を巻けたらしい俺は、死にかけになりながらも、頑張る。
「大丈夫ですか!」
シェスカが心配する。俺が必死で庇ったからか、シェスカには外傷がない、良かった。
「ちょっと槍や矢がかすっただけだ!」
「癒します!」
シェスカが軽く錫杖を振ると、あら不思議、患部が淡く輝いたと思うと、傷が治り出血が止まり、将軍や兵士長らから受けたキズが回復した。
「ありがとう」
礼を言う。しかしじり貧だ、どこまでも道は続き逃げ道が森にしかない。森の木を見る。……あれに飛び移れれば。
「あの木に飛び移るんですか!」
シェスカが口をキュッとする。
「ああ!」
「こわいです!」
「俺を信じろ!」
「……はい!」
いい返事を聞くと、できる気がした。太い木の枝に目掛け飛び、二人の体重で折れる前に、次の木の枝へ。段々と背丈の低い若木を目指す。そうしてたどり着いた、飛び降りても平気そうだと判断した木から飛び降りた。
「きゃああ!」
悲鳴をあげるシェスカにしがみつかれ、体制を崩す。
骨の折れる音が聞こえた気がした――俺は着地に失敗した。
「ヒギィ!」
足がグキッとなり、涙。シェスカも涙。しかも、シェスカとの接触面から生暖かい、ウェットな感じがした。漏らしたシェスカごと、くず折れる。
「うぐぉぉぉ!」
足から激痛がし、俺は呻いた。
「大丈夫ですか!!」
「折れた!」
骨折が痛すぎる! シェスカのお漏らしに興奮するどころじゃない!
「ダメみたいですね!」
「いいから!」
はよ治してーな。
「あっ、すみません! 漏らしてしまった羞恥でちょっと混乱してて……」
正直なのは良いことだ。
シェスカは、またもや錫杖をふりふりし、謎の癒しパワーで、俺の骨折を治した。
ふう……、痛みも引いたか。
これでシェスカのアレの匂いをクンカクンカできるな。
俺は、隙を見て、シェスカのアレの匂いをクンカクンカした。芳醇なブレンドだ。勃起した。
ともあれ、なんとか森へ出た。追っ手はこない。まけたか。
「あっち見張っててくださいね」
シェスカは、草葉に隠れて、法衣を洗うらしいので、俺はそっちを向きながら、用心する。すると、偶然、ドエロい姿が目に入ってしまった。やっぱりおっぱいがでかい。そして――たしかに黒だな。
覗いたんじゃないぞ、偶然、見えたんだ、覗いたら、流石に、好感度が落ちるだろうしな。
それにそういうのは、自分から見るものじゃない。スケベはラッキーで、おこるからいいんだ。
あとは、アレの匂いを嗅いだことがばれていないことを祈るばかりだ。
しばらくすると、俺の学生服も洗ってくれた。俺はシェスカのアレの匂いが漂っていても構わなかったが、シェスカは恥ずかしいらしい。
そりゃそうか。