召喚
俺こと蔵持彪河は、普通に学校に通って、普通の学校生活を送っている一学生である。
しかし、今日は何かがおかしい。
居眠りしていたから自信はないが、今の時刻は少なくとも昼前だと思う。
昼になれば腹が減って起きるはずだ。
そんな頃、気付いたら、なんかこう、まさに『俺たちは召喚されました』という感じの状況になっていた。
足元に魔方陣があって、視線の先には召喚主っぽい黒ローブの人たちいるし、これはもう役満だろ。
この状況に、少しは疑問に思うが、俺が頭脳をフルに回転したところで状況を掴めないだろうから深く考えずに周囲を見てみる。
なんだか厳かな雰囲気だ。屋内で、少し、薄暗い。明かりはランプか、ぼんやりしてるな。壁や床は、石や土で出来ているのだろうと思われる。
嫌いじゃないぞ、この感じ。
特に危険物は無さそうなので、クラスメイトに意識を向ける。状況が状況なのもあって、クラスメイトの大半が、戸惑っている。視線をあっちこっちに動かすのもいれば、呆気にとられてポカーンとするものもいて、様々な反応を見せている。
まさに、十人十色ってやつだな。個性が出ていて、とても面白い。
高校生にもなって、流石に泣き出すものやあわてふためくものは居ないが、突然こんな状況に置かれて心中穏やかではなかろうことは推察できる。
――普通ならな。
俺は普通ではなかった。状況を楽しんでいたのだ。
そんな俺は何人か仲間を見付けた。
ファンタジー世界に招かれたという結論に至った奴は、俺以外にも居たらしく、目を煌めかせている。
誰だか知らんが。わかる、わかるぞ! その気持ち! 俺はめっちゃ共感した。
そんな中――、
「代表者と話がしたい」
野太い声で、先生が言った。先生は俺たちを背後にし、先頭に立った。
おそらく、色々考えた末に、目の前のこいつらが何かを知っているな、などという考えに至り、代表者を呼ぶことにしたのだろう。
こんな状況に置かれて代表者を呼びつけるとは流石大人だ。
俺が感心していると――、
「わかりました」
と美声が聞こえ、俺たちを召喚したとおぼしき黒ローブたちが、道を開けるように左右に分散して控えた。
道の真ん中からは女性が。
黒ローブたちとは格が違うな。俺ですら、衣装でわかった。
同世代くらいだろうか、美しい金髪にアイスブルーの瞳。目は穏やかで、ゆったりとした静謐な雰囲気を漂わせている。
ただ、胸部をぐっと押し上げるモノがあった。――それこそ男の性が渇望するもの。すなわち、おっぱいだ。
クラスメイトにも、でかいやつはいるだろう。
が、大きなモノを持っているのが憧れの金髪美少女だとすると、それだけで俺は絶頂する。
金髪と巨乳のブレンドは格別なのだ。こうして全身見るだけで、おかずになる。
諸兄らの目はそこに釘付けであろう。もちろん、俺の目も釘付けだ。
ぐへへ……。と下卑た笑みを浮かべたのは誰だ? ――俺だ。
俺の理想の女を、具現化したら、きっとあんな感じだろう。
まるで、俺の妄想が現実になったみたいだな。
そんな彼女が、かっちょいい白亜色の錫杖で地面を突き、かつかつと音をたてて、歩んでいる。
こっちに来る。一瞬目があった(気がする)、胸が高鳴る。
彼女は、先生の前で止まった。
「ようこそ、いらしてくださいました。勇者御一行様」
恭しく頭を垂れる彼女に、勇者御一行と呼ばれた俺たちは目をぱちくりさせる。
彼女は、『勇者御一行』と呼んだ。
つまり、この中に勇者がいる! ビジュアル的にリュウセイか? 女共に、モテモテでウハウハライフを送りそうだ。うらやまけしからんな。リュウセイにやらせるくらいなら、勇者は俺がつとめたい。
俺の目に映る爽やかイケメンに、敵意を剥き出しにし、いがむが、彼女が再度お話しだしたので、視線を彼女へ向け直す。
ハナシヲキク、ダイジ。美少女とあればなおさらだ。
「偉大なる神に代わり、この場の代表を勤めさせて頂いております。聖女のシェルシェスカです。どうぞ、シェスカとお呼びください」
言って、柔和な表情を浮かべたシェスカさんの物腰は上品だった。シェスカさんは聖女らしい。エッチな聖女もいたもんだな! 俺はおっぱいを見て思った。下着はやっぱり白なんだろうか。いや、ピンクかもしれない、いや大穴で黒だろう。
邪念はさておき。シェスカさんの丁寧な態度に、自然と俺含め、皆の警戒心が薄れていく。
「これはご丁寧にどうも」
先生も恭しく腰を折って、自己紹介。
「わたくし、教師の野村秀勝と申します」
彼のハキハキとした口調と態度は好印象を与え、企業から軒並み不採用となると評判だ。不採用となっての教職なので名刺がないということはなく、ちゃんと名刺を渡していた。なんともまあ、用意周到なことだ。教職は名刺を持たないのが普通らしいが、野村秀勝は他とは違う男だ。持っていてもおかしかない。
「……なんですかこれ」
しかし、名刺を受け取ったシェスカさんは呆気にとられた顔をしていた。名刺文化がないのだろうと推察される。遠ざけて見たり、目を細めて見たり、あげくの果てにはフリフリしてるぞ。かわいい。透かし絵とか、ホログラム見せたりしやら、どんな反応するか、見てみたいな。
「身分証でしょうか? にしては、色々違うような……字も何語ですかこれ……?」
ああ、字も読めないのか。
「……えー、と……」
先生はおどおどした。
「――聖女様。おそらく、彼らの世界のそれかと」
見かねたのか、豊かな白い髭を蓄えた偉そうな爺さんが出てきて、シェスカさんに教えてあげた。
「合点がいきました」
ちょっと考えればわかることだろうに、シェスカさん天然なのかな。まあ俺も、自分の知らない言語で書かれた紙を渡されたらああなるかもしれないが。
「えー、あなたたちが私たちをこの場に呼んだのでしょうか?」
そんなシェスカさんに、先生が尋ねた。
「違います。あなたたちをこちらの世界に呼んだのは神です」
「はぁ……」
先生は困った顔をした。考えてみれば拉致に近しい状況だ。責任を追求できる存在――この場では神。が居ないのはちょっと困ったことだというのはわかる。彼女の言う神とやらが実在するのかはともかくね。
「突如違う世界に呼び出されたのです。戸惑われるのも当然かと思います」
シェスカさんも困り顔だ。先生の反応が芳しくない為だろう。
そしてシェスカさんは、思案げな表情になった。勇者として活動させたいみたいだし、何とか懐柔しようと模索しているご様子。
「まずは生徒の生命の保証をお願いしたい」
先生が言った。
「あっ、その点はご心配なく。神曰く、こちらの世界でお亡くなりになられてもあちらの世界に生きたまま還られるとのこと。ただし――」
生唾を飲んだ先生は、目で続きを促した。
「悪しき行いをしたものは、その限りではない――とのことです」
「なるほど、よく分かりました……」
先生は納得したようだ。
そして先生は、
「帰りたい者は自殺しろとのことだ」
俺たちに向けて、冗談めかして言った。
クラスメイトから苦笑が漏れる。――というか、いつの間にか三派閥に分かれてやがる。リュウセイとその子分。桃山と親衛隊。そして空町と空町軍。あとは俺みたいなあぶれ組か。まあ組といっても、俺とニイニイだけなのだが。
すると、シェスカさんが苦い顔をして、
「困ります……。自殺はいけません。還れなくなります。そんなことをしたら、魂が良くて、地獄。悪くて、抹消されます。禁忌に抵触しますので……」
と恐ろしげなことを言う。
自殺いけない、と心に留めておこう……。
「わかっています。――して、勇者とは……」
「こちらに神が作りたもうし、聖剣がございます」
シェスカさんが掌で示した先には石の土台に刺さる剣。
『おおー』
感嘆するクラスメイトの声を耳に入れつつ、俺も目を奪われていた。
純金の柄に、白銀の刀身を覗かせるそれが、おそらく聖剣であろうことは、一目でわかった。神々しい雰囲気を帯びた剣は、イケメンに似合いベストマッチしそうだ。
「これを引き抜いた方が、勇者の使命を与えられます」
「――だそうだ」
先生は順繰りと、クラスメイトの顔を見回す。
俺は先生を信じる。先生も俺を信じてくれ。
「じゃあ、神埼!」
おい、先生。
「はい!」
リュウセイが前に出る。
「早速挑戦してみてくれ。神埼が勇者だろ、きっと。神埼がダメなら次は桃山だ」
先生、適当すぎない!? ともあれ、まずい流れだ……。
「俺でいいのか?」
リュウセイがクラスメイトに向けて、訊いた。
『どうぞどうぞ』
クラスメイトは一部を除き、文句を言わずリュウセイに譲った。どうやら勇者という役割を押し付けようという寸法らしい。
「しかしな、俺が勇者だと決まった訳じゃないぞ」
リュウセイは困った顔をした。だが、どうせ、ポーズだけだろう、俺にはわかる。こいつ、結構乗り気だ。
「待て、リュウセイ。まず俺が抜こう」
そう言う俺は、聖剣の前に立っていた。リュウセイや桃山さんには悪いが、俺は挑戦したかった。
『いつの間に、聖剣の前に!?』
うるさい外野クラスメイトを無視し、俺は聖剣に触れる。
『何やら禍々しい気を持つものだが、悪くない。むしろ気に入った。まだ勇者らしくない何者かよ、力を貸してやるから、必ずしも真の勇者となれ、聖剣は汝の味方だ』
聖剣、嬉しいことを言ってくれるじゃないか。最初の『禍々しい気を持つものだが――』のくだりは、聞かなかったことにする。
そんな聖剣の声を聞いた俺が、片手でひくと、すぽっと抜けた。案外あっさり抜けたな。
「あなたが、勇者様でしたか」
シェスカさんが、感極まったように、そう言った。
どうやら俺が勇者となったらしい。
クラスメイトの一部から落胆の声。勇者に憧れていたらしい。すまんな。
抜けそうなので両手で掴んで――引っこ抜いた。
思いの外軽い。俺の筋力に補正がかかってるようだ。よしきた、主人公補正。
とりあえず、クラスメイトの前で勇者となったことを自慢せねばなるまい。
俺は剣が刺さっていた土台に足を乗っけ、剣をかかげる。
「フハハハハハハ、俺こそが勇者だ」
『は? そんなわけねーだろ(ないじゃん)』
「貴様を、勇者とは認めることはできん! 今すぐ聖剣を元の場に戻すか、相応しいものに授けよ!!」
クラスメイトに乗じて爺さんまで捲し立てる。
それに便乗するクラスメイト。
『そうだ、そうだ!』
さらに神託が降りてきた。
『邪悪な心を持ったものを勇者と認めることはできない。我が下す罰にて処されよ』
室内なのに雷が一発俺目掛けて降ってきたので、ひょいと、回避する。
不快なクラスメイトらの声と、神託を聞き流した、俺が高笑いした、刹那、聖剣が――黒く、濁った。
『――――それみたことか』
それは誰の声だったのだろう。その声は、俺を勇者と認めてくれない者たちの総意な気がした。嘲笑うような、哄笑が聞こえて、ムカついて――。
そして俺の反骨心が燃えたぎった。
――――俺は勇者と認められたい。
『やってみろ。神をも、恐れぬ、愚か者よ。聖剣は汝と共に――』
そう伝える聖剣の声は、心なしか弾んでいた。