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越権行為

 鶴嶺が捕手とのいつもと違ったファクターが起因して、あおいの目論見は脆くも崩れることになる。

 エリカが苦慮したように、鶴嶺は丹波の苦手なチェンジアップ中心で配球を試みる。

 

 丹波は狙ったわけではないが、苦手なチェンジアップを打つのは苦し紛れ打法しかない。結果的にこの窮地の一策があおいを苦しめようとする。


「三塁方向はダメ~」

 丹波が軽く合わせた打球は三塁方向に飛んでいく。

 気持ちがこもりがちなさすがのあおいでも、声は出る。

 誰もいない三塁線を破られれば、あおいはデビュー戦初回から窮地に立たされる……はずだったが、誰もいないはずの三塁にはショート方向に守備位置を移していた那須野がいた。

 那須野は横っ飛びで打球を捕まえる。


「えええええ? 那須野がなんでそこにいる??? 造反?」


 守備シフトはチームの取り決めで絶対だ。いくら、選手が方針に違和感を抱いても、自分勝手に守備位置を動かしたら、チームはそこで崩壊する。


「え、って、あおいGMが決めたとおりでしょ?」 


「え? え?」


「だって、カウントは追い込んでいた。広角打法の丹波に対しては追い込んこんだら守備位置を変える取り決めしてたじゃないの」


「あ、そうだった……忘れてた……。やっぱ私、天才GMじゃないの……ウフフフ……。ここまでは計算通り!」


 意外や図太い神経の持ち主のようで、立ち直りも早い。


「次は4番の陣内! 球界最高打者に対する作戦はこれ!!」 

 ヘッドコーチに促された監督の栗原がベンチからグラウンドに片脚だけかけて、主審にむけて4本指を立てる。

 今やおなじみになった申告敬遠のサインだが、初回からは異例中の異例。

 バロンズホームの試合だが、球界の主砲陣内の打撃を楽しみにしているファンは敵味方関わらず多い。

 当然、この作戦には球場中不満が充満。大ブーイング巻き起こる。

 しかも栗原が取れる作戦でないと察した熱心なファンからは早くも新フロント陣への強烈な野次が飛び交う。


「野次ればいい! 野次ればいい! 結果をみれば黙るんだから!」


「でも、次の打者を打ち取ったとしても、それで納得するのは熱狂的なバロンズファンだけで、相手のファンやライトなファンは不満が残るんじゃないの? だって、球界史上最強打者の打撃を見れないって何のために生で観戦してるのかってなるし」


 エリカは経営者の家系だけにファン目線もしっかり備わっている。


 だが、あおいはそれでもアップダウン激しい感情を炸裂させる。


「それは大丈夫。今、この瞬間は批判で渦巻いているけれど、試合が終わってみれば、誰が正しいのかは嫌でもよくわかる。この試合の主役は裏でコントロールしてる私。つまり、すべての客は見えない私を観にきてることになるわけ」


 威風堂々と鼻息荒くするあおいだが、グラウンド上で二死一、三塁で打者は5番、これまた強打が自慢のウィルソン。


「仙谷ならウィルソンは楽勝、楽勝。横の変化球で揺さぶって落とせば三振確実なんだし。だから、陣内との満塁以外の得点圏での勝負は徹底的に避けろとの指示を出したの」


 ところが、今日のバッテリーは3年ぶりでどこまでも息が合わないことをあおいは忘れている。

 あおいが想定しない攻めでウィルソンの打球は高々と舞い上がる。


 3ランホームランならそれこそ、新フロント陣への不満が爆発することになりかねない。

 たかが3失点だが、それが致命的になる。


「あ、いった」


「えええええええ、ダメ駄目だめ、そこは駄目なのになんでそこを攻める??」

 打球はセンターバックスクリーンに向かって一直線。センターの岡森が背走につぐ背走。岡森は球界屈指の守備範囲と跳躍力を誇る名センターだが、頭の遥か上を越えていく打球には対処できない。


 4番をあえて申告敬遠したうえでの3失点。当然怒号が飛び交うかい、あおいは顔を机に落とすほど現実逃避するほどうなだれるが、ここまで当事者でありながら客観的視線を崩さなかったエリカが思わぬ助け舟を出

す。


「あおいの考えはどこも間違ってない。守備シフトも敬遠も統計学的には合っているし、捕手を鶴嶺にしたのも正解。ただし、準備段階で指示の徹底が不足してただけ。鶴嶺がシフトと仙谷を理解していれば、すべては防げたミス。でも結果は受け止めないとね。受け止めたうえで、今度は私の出番よ。オーナー代行だからといって傍観者だけでは収まらないのが大越エリカのいいところ」


 といってもエリカはあおいのように細かい指示を試合前に伝えてないうえ、試合が始まれば登録されたベンチスコアラー以外の情報流入は原則禁止。さらには、ベンチ外からの指示はご法度のはずだが、エリカは規則・規律をやすやすと越えていく。


「あ、監督?」


 堂々とベンチにいる栗原にスマホ経由で指示を飛ばす。ベンチ内はブルペンにかける電話以外は禁止のはずだが、栗原の定位置すぐ近くにスマホを置きスピーカーモード最大音量にして栗原に聞かせる大胆不敵さ。


「聞いてる? 聞いてるならさ、退場して、退場……なんでもいいから審判に抗議してさ。で、マスコミに対しては『フロントから仰いだ指示に反した采配をふるった結果、大失敗でイライラしてついカッとなってしまった』ってコメントして」

 

 つまりは1回表の失敗を完全に責任転嫁に持っていくつもりだが、いくらお人好しの栗原でもこの指示を甘んじて受けるほどバカではないはずが、

「よし、なるほどOK」


 と軽く引き受けてしまう。

 エリカの指示通り、初回裏の先頭打者第一球、どうみてもストライクのストレートに栗原は主審に猛抗議。規定の5分間を過ぎて抗議したために、そのまま退場となる。


 変わって監督代行を務めるのはヘッドコーチの新藤。だが、話の流れからして新藤には何の意思決定権限もない。


「新藤コーチ、ここから采配をいちいち指示するから、そのとおりにして下さい」


 エリカ代行、デビュー戦から完全な越権行為に出る。

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