権力
同じ左打者の岡部と同じような守備シフトが敷かれる。サード那須野がショートの位置に、ショートの蔵田が二遊間の真ん中、セカンド今久留主が後ろに大きく下がる。
違いといえば、外野手がいずれも定位置ということだ。
ライナー性の当たりを左右真ん中に打ち分ける丹波には、外野に関しては正攻法が必須とあおいはみたのか。
だが、指示通り動いたシフトにあおいは、前の打者花池の失敗で怯えきっている。
救い主であるはずのエリカにもいきなりダメ出しされて、あおいの鼓動を不規則な刻みを増していく。
「あれ? 今日の采配は栗原監督のお手並み拝見とばかりに、こっちは口出ししないんだっけ? ならわかる、仙谷さんに鶴嶺はなしいし、丹波にこのシフトはない」
あおいはエリカの顔も見れず、ブルブル小刻みに震えなから背中で否定している。
「あ、そっかスタメン以外はこっちが主導権取ったんだっけ!? ということはこのシフトはあおいGMの指示通り」
「捕手も……スタメン捕手だけは私が決めた……」
「ふーん、そういうことか。で、1死3塁で丹波の大ピンチ。あおいGMの狼狽ぶりから3塁走者もどうやって出したかはだ察しがつく……。でも、安心して。あなたを抜擢したのは私、私はあなたの才能を信じている」
やはり、スーパー金持ちの器はでかい。慰みの言葉にも重みがある。
「……」
あおいも俯きながら涙ぐむ。
「だからとっても失敗は許されない。失敗を重ねたら私の顔に泥を塗ることになるんだし。その時は責任を取ってね。浪人中のままGMだから、辞めたら高卒のコミュ障で社交性0が残るだけだけど、まあその時はそん時だよね、あおいGM」
激励していると思いきや、いきなりシビアな競争社会の現実を突きつけるエリカにあおいは顔面を蒼白させる。
グラウンドの鶴嶺は思わぬシフトを眺めながらどうサインを出していいのか分からず、一瞬思考停止していたが、失敗しても悪いのは新フロント陣の小娘たちとばかりで意を決めて仙谷に意思を伝える。
丹波は左右にライナー性の強打を打ち分ける広角打法の持ち主で定位置こそベストな守備陣形のはずが、どうして、あおいは極端なシフトを取ったのか。
「丹波は確かに広角打法を得意とするけど、仙谷相手にはそうでもない。カーブは打ち分にいかないし、仙谷も決め球には使わない。仙谷独特の抜け方をするチェンジアップは苦手で完全に丹波は捨てるから、見逃しになる確率高く打球にはならない。つまり、打球になるのは、ストレート、スライダー、カットボール、ツーシームなど速いボールか中間球にばかり。この手のボールを打ったときの打球は私が指示する打球に飛んでいく……」
「へえ、なるほど。そういわれるとこのシフト通りに打球は飛んできそうね。でも、問題はバッテリーを組むのがご無沙汰の鶴嶺が丹波の苦手のチェンジアップ中心とリードをしてきたら? いくら、丹波がチェンジアップを捨ててるにしても、そればっかり続けたら打ちにいく。で、左打者外に抜けるボールを広角に打ち分ける打者が打ったら打球はどこに飛ぶ?」
「さ、サード方向……」
「つまり、誰もいない三塁線を破って、1点入った上、二塁走者が残って4番の打席になると。あおいGMだけでなく抜擢した私も大ピンチになるわけね〜。まあ、私はオーナー一族だから、何を言われても居座るけどね〜」