守備シフト
スタメンは捕手以外は栗原に任せたが、それ以外の作戦面は完全にあおい手動である。
初回先頭打者からあおい流が炸裂する。
内野守備走塁コーチである岸田がタブレットを見ながら身を乗り出しグラウンドに細かい指示を送る。
サードの那須野が重たい足取りでショートのポジションまで動き、押し出されたショートの蔵田は二塁ベースの真後ろに移動する。
そして二塁の今久留主はかなり深めの守備位置を取る。
メジャーではおなじみのいわゆる守備シフトをいきなり取ってくる。
守備位置を打者によって変えるのは日本でも当たり前だが、ここまで極端なシフトはまだ一握りの強打者相手にしか日本では適応しない。
コツコツ当てて左右に打ち分けるタイプが多く、メジャーのような引っ張り専門で打球方向がはっきりしている打者が日本にはそこまでいないこともあるだろうが、極端なシフトを避ける最大理由はやはり保守的な思考が大きく起因してるだろう。
伝統的な守備位置でヒットになったならば納得するが、守備シフトを敷いて、定位置なら取れたのに抜けてヒットになったらば投手はやってられないとか、セオリーと違う指示をした監督やコーチが批判の的になるからなど、後ろ向きなものばかりが思い浮かぶ。
「対戦相手のロイヤルズの先頭打者は、左打者で引っ張りタイプの岡部。岡部は足が速く当て逃げのような打法も得意にしてるが、そのほとんどはショート真正面に飛ぶとデータに出ている。いつもはサードで守備範囲も狭いが、強肩の那須野ならその手の打球はさばける。本職サードでバント処理や緩い当たり損ねの打球にも慣れていて意外と前に出て取るのも得意だし。で、ショートの蔵田だけど、いくら守備指標最悪の蔵田でも二遊間ぬける打球でも予め守っていれば簡単にこなせるからそこに置いた。二塁の今久留主を深くしてるのは岡部の引っ張りは強い打球になるから。この守備シフトを敷いてゴロを打たせれば理論上ではヒットの確率を30%以上軽減できる。岡部は今の打率.286だけど、.250とリーグ平均以下となりかわるわけ。でも、誰が見ても怪しいところがある。那須野がいるはずだった三塁の定位置。あそこにチョコンと打てばヒットになるんじゃないの? バントを転がせばヒットになるんじゃないの? とは誰でも思う。でもね、岡部はしないの、なぜならば、岡部は仙谷との相性は普通だけど長打だけ突出している。つまりは、当ててせこいヒットを狙うより、それでも一発狙いをしてくる。で、強引な打撃が仙谷の低目を狙う投球にしてやられ、シフトに引っかかるゴロとなる!」
VIP席から一人ブツブツ続けるあおいはかなり不気味だが、言うことは一応的は射ている……とまではいかない都合のよさもふんだんに盛り込まれている。
が、現実、岡部がシフト破りのせこい打撃に切り替えず、あくまでも先頭打者ホームラン狙いなら、あおいが仕掛けた罠は奏効することになるのだが……。
仙谷ー鶴嶺の犬猿バッテリーは会話一つせずもシフトの狙いをすぐさま察知して、二塁方向のゴロになりやすいコースを攻める。
まず初球をカーブでストライクを取ると、次からは徹底的にインコース低目を攻める。
インローのストレートに、ボールになるスライダー。岡部はやはりこだわりの長打狙いの引っ張り打撃でストレートをぶっ叩くが、打った瞬間にファウルとわかる当たりで、ボールは一塁側スタンドに消えていく。
追い込まれた岡部は遂にはシフト破りを意識することになる。
それでも、バッテリーは徹底的に逆方向に飛びにくいインコースを攻めるが、逆に岡部には見え見えで、ややタイミングを遅らせて当てる打撃で誰もいない三塁方向を狙いに行く。
だが、これもあおいにはお見通しだった。
「岡部が三塁付近へのゴロやライナーを打つ確率はざっと4%しかない。100に4回しか飛ばない打球方向に意識的に打てるなら、今頃岡部は4割打者よ。その打撃スタイルから狙っても打てない方向があるからシフトが成立するわけ」
あおいが想定するとおり、岡部が誰もいない方向に狙った打球は、あえなくファウルになる。
これだけインコースを攻められると、外角に抜かれたチェンジアップには対応不能になる。
岡部はバッテリーとあおいの術中にハマり、あえなく空振り三振に斬ってとられる。
「フフフ、なにかも狙い通り……。怖いくらいだけど怖くない……。これが私の野球……上から的確な指示を飛ばすだけですべてがうまくいく……」
幸先いいあおいは笑いが止まらないが、絶頂はすぐに絶望に変わることになる。