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バッテリー

 バロンズの今日の先発はエースの仙谷。多彩な変化球でコーナーをつく投球が持ち味で、おまけにストレートは150を優に超える強さもある本格風味の技巧派。。神経質できめ細かい性格で配球・リードに人一倍厳しい。


 そのため、捕手を選ぶが、仙谷とバッテリーを組むのはたいてい第一捕手の錠前。錠前は典型例な打つだけの捕手で守備面では肩の強さだけで捕球面、リード面は最低クラスの評価。おまけに相手打者や自軍投手の研究にもてんで無関心で向上心すらない。


 仙谷の女房役には明らかに不適格だが、仙谷は「リードや配球は自分でやるから捕るだけに集中しろ」と端からインサイドワークには期待してない。


 得意の打撃でカバーしてくれれば十分と考えもあるが、錠前を選ばざるを得ない最大の理由は第2捕手の鶴嶺ととことん相性が悪いからに尽きる。


 鶴嶺は173センチ(しかもサバ読み)と小柄で明らかにパワー不足で、185cmを超える大型錠前にはスケール面ではるかに劣るが、その分きびきびとした動きとリードの研究心には定評がある。


 細かい仙谷と一見合いそうだが、バッテリーを組むのも嫌がるほどのは、とある事件が起因している。


 あおいも二人の仲の悪さは十分承知だが、現有戦力見極めのためある程度スタメンを栗原に任せた中、たった一つつけた注文が鶴嶺にマスクを被らせることだった。


「まさに水と油の二人だけど、錠前と組むより絶対にいい。錠前はリードも悪いけどキャッチングも酷い。ある記録会社が測った去年のフレーミングではマイナス15点とリーグ最低。つまり錠前のまずい捕球で15点余分に取られてるってこと」


 フレーミングとは捕手がいかに際どい投球を審判にストライクと言わせるかの捕球技術のこと。


 例えば、外角低目コーナーぎりぎりにストレートが投じられたとする。下手な捕手ならミットが外や下に流れて本来ストライクゾーンをかすっていても審判にはボールに見やすくなる。


 逆にうまい捕手ならミットをうまく内側にねじ込んで、ぎりぎりかすってないボールをストライクに見せることもできる。


 鶴嶺は特別高いフレーミング能力があるわけではないが、最低レベルの錠前よりはるかマシ。錠前のミットさばきでは主審にボールと言わせてた投球をストライクとコールさせる確率は上がる。


 「仙谷の防御率は昨年度3.36。エースとしては今ひとつ冴えない数字だけど、もしも鶴嶺が中心になって受けていたら失点はだいぶ減り2点台の防御率も見えてくることになる。仙谷の投球の基本はアウトローの出し入れ。外角ぎりぎりのストライクをストライクとコールされず、その後、痛打される場面がかなり目立った。けど、鶴嶺ならストライクをストライクと当たり前にコールされてその悪夢の再訪はなくなる」


 ただ、あおいが鶴嶺を女房役に指名したのは、セイバーメトリクス的観点からだけではなかった。


「ふふふふ……。仲の悪い者同士が組むって何が起きるのかほんとに楽しみ……。試合中に喧嘩が始まるかもしれないし、仙谷がサインと違うボールを投げる意地悪を仕掛けてくるかもしれない。ふふふふ……何が起きるのかな」


 ワイドショー的ないざこざ見たさの方が理由としては大きかったのだ。


 あおいGM、人には興味ないと断言しつつ、一端の野次馬根性は持ち合わせているようだ。



 仙谷と鶴嶺が今日バッテリーを組むことを知ったのは発表前のつい2分前。


 バッテリーコーチである若井がブルペンで投球練習する仙谷のもとに近づきぼそっとつぶやく。


「今日はツルでいくぞ」


 若井は気難しい仙谷が信頼を置く数少ない首脳陣の一人で、日頃から配球を語り合う仲。それだけに仙谷は気軽に口ごたえができる。


「誰が決めたんです?」


「上」


「上って? 監督ですか、それとも……」


「あの監督がこんな大胆な起用できるわけないわな」


「なるほど……」


 事情を察した仙谷はニヤリと笑い、その横目で鶴嶺のブルペン入りを確認する。


 鶴嶺は仙谷に挨拶することもなく今まで受けていたブルペン捕手と代わる。


 まったくのコミュニケーションなしから投じられた仙谷のストレートは、鶴嶺の構えていたとおりの外角低目に見事に決まる。



「ジョー(錠前)ならミットが流れてボールやな」


 若井も仙谷に呼応するようにニヤリと笑う。一方の鶴嶺は、


「あの日以来か。仙谷のボールを受けるのは……」


 決定的な亀裂が生じた3年前のとある事件を昨日のように思い出す。

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