4番サード
エリカら本人がプレイするわけでないのだが、フロント陣就任後最初の試合は否応なく注目を集める。
バロンズの本拠地は横浜にある『ヨコハマみなとみらいスタジアム』通称『みなスタ』。
1989年の横浜博覧会の跡地に作られた球場で今の親会社が球団買収した直後から本拠地にしている。
収容人数は56,000とかなり巨大な作りだ。
そのため満員の試合なら大熱狂に包まれるが、その分、客の入りの悪い試合はガラガラなスタンドが目に付き見栄えが悪くなる。
グラウンドは疲れやすい人工芝で、外野は硬いフェンスと選手に不親切な作りで、形状は面白みのない左右対称のいわゆるクッキーカッター(どこも同じ形状の意)型で、最近流行りのボールパーク(左右非対称、天然芝、客を楽しませる工夫をこらした造りが特徴)とはほど遠い造り。まさに無機質の極みである。
近年は成績自体が低迷し客入りも不振で閑散ぶりはさらに加速している。
そんな球場が今日に限ってはかなりの盛り上がりを見せている。
ざっと3万人は入っているだろうか。平日ナイターなら上々の入りでキャパシティが小さい球場ならすし詰めの満員御礼だが、巨大なキャパを誇るこの球場はまだ2万5000席ほど余っている。
この球場を常に満員にするのがエリカらフロント陣の大目標のひとつだろう。
スタメンが発表される。前日と大きな違いは意外やない。
あおいと栗原の考えが実は似通っていて、結局似たような起用になるのか。それとも栗原が禁を早速破り、指示に反したオーダーを書き込んだのか。
実際はどちらでもなかった。あおいはまず、現状戦力をこの目で確かめるため、この試合は栗原にオーダー決定を委ねた。
4番は栗原が就任して以来一貫して任している『那須野修司』。
過去3年間の本塁打が90本を超える正真正銘の長距離型スラッガーで、豪快な性格からファン人気も高い。
しかし、采配批判やサボりを日常的に繰り返す大問題児でもある。
いくら自分をバカにしようものそれでも栗原は那須野に絶大なる信頼を抱き4番から動かさない。
本塁打の平均飛距離はメジャーリーガーばりで広いみなスタの上段に打ち込むパワーは日本人離れしているが、あおいの評価はいかほどか。
「パワーは凄いけど、とにかく勝負どころで頼りにならない。よく得点圏打率は水モノであてにならないといわれてるけど、那須野に関しては違う。だって、相手バッテリーが気を払ってコースをついたらまず打てないし。豪快な本塁打を打つのは、バッテリーの攻めが甘くなるどうでもいい場面ばっか。26歳、売るなら今ね」
すでにトレード要員として扱っている。トレードはシーズン中でも7月末まで可能で、交換相手次第でいつ出してもおかしくない。
本来ならバリバリの4番打者のスター選手を途中放出など心情的にもありえない話だが、無感情で選手をコマとしか思ってないあおいなら十分ありえる話である。
「4番? ふーん。外されるかと思ってたけどな……。オレの実力をお手並み拝見ってところか?」
とうの那須野はいつものようにベンチでふんぞり返っている。
分厚い体格にどぎつい金髪で無精ひげとインパクト大。那須野の周りには子分格の控え内野手が一人いるだけで他の選手は那須野を避けて近づきもしない。
那須野のポジションはサード。4番サードは古典的なスタースラッガー像そのままだ。
那須野本人は守るほうでも相当な自信を持っている。派手なグラブさばきと球際の強さと眼を見張る強肩は誇ってもいいだろう。
それでも、ある機関が叩き出した守備指標で那須野の評価はリーグ最低レベルに悪い。
「見栄えはいいけど、とにかく守備範囲に問題がある。打撃の調子がいい時や、気分が乗ってる時だけは強烈な打球に横っ飛びし大ファインプレーをするけど、通常時はとにかく足が動かない。酷い時は足元に転がった打球も追わないほど。これではいくら強肩で難しい打球を華麗に捌いても追いつかない」
近年急速に発達してる守備指標で特に重要になるのは、いかに多くのアウトを奪うこと。つまりは守備範囲の広さである。那須野はとにかく守備範囲にムラがありすぎて指標を落としている。
「例えば、2死無走者から那須野の横に緩いゴロが転がる。これを那須野が無気力なプレイで三遊間を抜かせてヒットにさせる。そこを糸口に相手打線がつながって大量失点……。もしも那須野でなく守備範囲が広いサードが守っていたら防げた失点になる……。
那須野にはエラーもつかないし、処理してアウトを奪っていても、誰も見向きもしない従来の守備成績である補殺(送球してた側につくのが補殺で捕球した側につくのが刺殺。逆に思いがちで注意されたし)が1増えるだけ。守備範囲は数字に見えにくく、とにかく地味だけど、時と場合によっては天地の差がある」
あおいはバックネット裏後方上部にあるVIPルームで試合を観戦する。
エリカは大学が終わったあとに駆けつける予定であおいは広い室内でただ一人。
スタメンを眺めながら独り言をダラダラ垂れる姿は至って不気味だが、その選手評価はとにかく辛辣で的確だ。
あおいの追求は先発バッテリーにも及ぶ。