交渉
「お電話変わりました、大越エリカです」
「おやおや今度は代行ですか、これはこれは。代行とは何度かお目にかかったことがありますからでは挨拶は手短に」
「さきほど鈴成投手の3敗がどうのといいましたが、何も良からぬ筋からお金をもらってわざと負けたとかいわゆる八百長ではないんです。でも、鈴成は負けたがってた、それも積極的に」
「ますます意味不明ですな」
「とどのつまり鈴成は全勝が嫌だってんです、去年は3年目、そこで全部勝ったらもう日本で目指すものないじゃないですか、メジャー移籍まで数年あるのに。3つ負けてればまだまだやることがあると切磋琢磨する。つまりは自己向上を促すために3つの負けを築いたとの趣旨の本人公認取材記事が近々ある雑誌に載るんです。八百長でなく自己のモチベーションのためとはいえ、わざと負ける更衣は許されるのか……どうですか、そちらのスポンサー筋やオーナー的に難しいんじゃないかと」
「そんな記事載るのか? 私は知らんぞ。まあ鈴成への取材など多すぎて一つ一つこっちは関知できんし、そもそもあいつの宣伝広報は芸能事務所にやってもらってて、球団としてはノータッチであるし」
「もう抱えきれないよね、スーパースターだけどチームを勝たせない、問題を次々と起こす……」
「……う〜ん……」
「スポンサーもオーナーもみなさん放出に賛同しますから即決いかがですか? 鈴成が3年後メジャーの世界にいる頃、桜井は球界の主砲で仙谷は押しも押されもせぬエースで君臨。決断した斎藤さんの名前は延々と残るでしょうし」
「お爺さまに似て、強引というか何ですなあ、代行は……。そもそも代行は鈴成トレードなどはなっから無理だとお思いでしょう……」
「いやいやそれはないですよ。鈴成のようなスターを欲しくないフロントがどこにいますか……」
「ほんとに欲しい選手を隠すためのブラフでないですかな……?」
「欲しい選手? そりゃいますよ、レッドソックスさんにもいっぱい。鈴成投手の他にもね」
「その選手の名前をあげてくれませんかね、鈴成は即決無理でも、たいていの選手は私一人の決断でいけますよ」
「なら、単刀直入でいうと……柳瀬投手……」
「また地味で渋いところをついてきましたなあ……1,2軍を激しく上がり下がるする3流投手のどこをお望みで」
「それいったら斎藤さん出さなくなるじゃないですか」
「それもそうですなあ……ならば決まった! お祝いを兼ねて柳瀬を出しましょう!」
「交換相手はどうします!?」
「柳瀬なら無償でも金銭でもいいですよ」
「こっちも枠の問題があって、一人入れたらら一人出したいです」
「そのものズバリ……桜井くんと行きたいですが、柳瀬と桜井くんでは釣り合い取れませんなあ……ならば」
「(きた……斎藤が桜井を褒めちぎってたのも交渉の一策。例えば不倫の慰謝料に8千万円を要求されたとする。あまりにも高すぎると値下げを頼み込んで1千万で手を売ってもらう。1千万も相場より高いのにだいぶ値切ってもらったお得感があるのは、最初にありえない金額を提示されたから。今も同じ、桜井から下げて斎藤が要求してくる選手は柳瀬よりランク上の選手で釣り合いが取れない。でも桜井よりランク下だからこっちはそれでOKしてしまう……斎藤は人が良さそうでやはりベテラン、したたか)それでその選手は誰ですか?」
「内野の村上……上村……どっちだっけ、いましたよなあ、桜井くんより年が4つほど上で同タイプの右打者」
「村上ですか……? いいんですかあ、村上で……」
「柳瀬なら村上くんでいいよ、うんうん。24歳で2軍選手と敗戦処理は釣り合ってますなあ」
「(村上を出せるわけないでしょ、このたぬきおやじ……未完の大器だけど当たれば桜井よりでかい、内野だし。しかも那須野を出す前提なら村上しか代わりはいないのに)村上ならもっといい選手を提案しますよ、井ノ川はどうです?」
「井ノ川……右のサイドハンドリリーフだね、柳瀬よりはいい投手だ、いいのかな? まだ不釣り合いだけど?」
「いいですよ、ご祝儀にはご祝儀で返さないと。井ノ川がレッドソックスで活躍、柳瀬がうちで開眼……いいトレードじゃないですか」
「なら即決でいこう……」
「井ノ川の身体調査は必要ないの? 故障歴を隠してるかもしれないですよ」
「そんな傷物を代行一発目の仕事で送るわけない」
「信頼高いんだ、私って……」
「よし決定だ、井ノ川くんと柳瀬で」
こうしてトレード一発目は決定した。
「柳瀬はあの理由で評価してたのはわかるけど井ノ川をだしていいの? 去年成績は43試合で防御率2.83でそこそこ使えるけど……エリカ代行」
「いいの、井ノ川は傷物だから。今1軍にはいるけど肘が相当悪いって」
「さっき私を信用してって言い切ったのに……」
「信じるほうが悪い」
「でも柳瀬の身体調査だってまだ完全じゃないでしょ。傷物同士交換って可能性もある」
「いいのそれならそれで。言ったでしょ、私は根本的変革をしながら今年から勝つって。トレード一回の失敗でくよくよ立ち止まるわけには行かない。とにかく打てる手はどんどん打つよ」
その翌日早速柳瀬がレッドソックスからバロンズに帯同。ファンやマスコミは鈴成動かずと肩透かしを食らったが、柳瀬獲得はそれはそれで好気的な視線が集まっている。
なんの変哲もない敗戦処理を初っ端に獲得した理由とは?