スーパー悪童
バロンズの新フロント陣がぶち上げた鈴成獲得観測気球がネットや新聞などを席巻する中、鈴成所属するレッドソックスの編成トップ斎藤は、エリカにまんまと騙されていた。
「へえ、桜井ってそんなすごい選手だったのか。未来の代表4番候補、メジャーでレギュラーも夢もない……鈴成にどうせ出ていかれるなら桜井でもいっかな……」
編成トップがこうでも問題は鈴成である。鈴成はトレード拒否権を持っていたのだ。
「アホちゃうかな〜。なんでオレがあんな小娘どものままごとに付きわなきゃあかんねん……」
トレード拒否権とは、文字通り、行きたくない球団への移籍を拒否できる権利。
メジャーでは一般的だが、日本ではまだ馴染見のない制度。
「しかもあの小娘どもがいうセイバーメトリクスはまがいモンや。あんなんに縛られて野球できるかい」
悪童キャラらしく言いたい放題である。
「あと、交換要員が那須野さんって何やねん、ほんま。あんな見掛け倒しのでくのぼうがオレのかわりやと? まあ仙谷さんはええよ。あの人の投球レパートリーはオレでも参考になるし。そんで桜井って誰やねん。ゴミ2つ抱き合わせてオレを獲ろうとはなに考えてるんやろ」
激しい口調は舌戦開始の合図だった。エリカは公式ツイッターですぐさま反応する。
「鈴成投手の去年のwarは9.1。(warとはその選手が平均的な選手に比べてどれだけ勝利に貢献できるかの指標。鈴成がいるだけそのチームは9勝増えることになる)那須野は1.7で仙谷は4.9で合計6.7 ここに桜井の限りない将来性を足せば不釣り合いではなくなる。つまりどこにでもいるエースとゴミ2つで釣りちゃうのが鈴成投手」
取りにいく選手をここまでコケにすることもないが、これもエリカの性格か、それとも策略があるのか。
これを受けて鈴成も公式ツイッターで反論する。
「はあ? 都合よく数字遊びしただけでそんなんセイバー的正しくないよ。仙谷さんはまだしもゴミ2つは逆にマイナスやろ。那須野さんが4番座ったらチームの勝利は1.7増えるどころか5つも10も減るわ」
他球団の4番を平気でバカにする鈴成だが、彼はいつも嘘のつけない本心そのままの言動を繰り返すために、これだけ言い放っても特に嫌悪を示す勢力はない。
いつもは紳士的行動から少しでも外れた者を総出で叩きのめすネット界隈も鈴成にはかねがね好意的な印象を持っている。
鈴成の言い分に賛同し、スーパーエースをその辺のエースと4番で獲りに行くエリカらは大バカとの意見で統一されている。
とはいえ、トレード要員になったあげく、ゴミと言い切られた本人はいい思いはしてない。
「誰がゴミだって!? あのクソヤンキーが。俺を誰だと思ってるんだ。目にものをみせてやるわ」
意気込む主砲那須野だが、巡ってきた鈴成との因縁の対戦の日、那須野は4打席4本塁打を公言していたが、逆に4打席連続4三振に切って取られてしまう。
「やっぱゴミやん、俺を出してゴミを取るほどバカやないだろ、レッドソックスも」
那須野はボロクソにやられたが、もうひとりのゴミは残る。
2軍の主砲桜井は、トレード騒動以降絶好調。レッドソックス編成はますます桜井の将来性を過大評価してしまう。
今がチャンスとばかりエリカはあおいに交渉開始を促す。
まずレッドソックス編成トップ斎藤にメールで連絡し、いよいよ電話交渉だ。
「緊張する? そりゃするよね、身内としか電話したことないあおいさんなんだもん」
エリカが監視役のあおいは震えた指で電話番号をプッシュしている。