追跡調査
「スマホで撮った動画がこれっす」
「蒲田工業……野球では聞いたことない高校ね……」
瀧口がスマホを横にして見せる動画にはひょっろとした180cmくらいの右投手が映し出されている。簡易的なブルペンで投球練習を繰り返している。
「右で投手体型といえば投手体型だけど、あまりにも細すぎない?」
「それは伸びしろってことで」
「うーん、かといって投げてるボールにピンとくるものはないし……強いていえば腕のしなりがいいところ?」
「それが一番大事でしょ? プロで体を作れば大エースになる素材だ」
「うーん、これだけではなんとも……手ぶれが酷くて醜いし」
判断に困るルナに湧川がチクリ。
「部長、騙されんといてくださいよ。瀧口ってやつは毎回この調子なんです、たいしたことのない選手を捕まえてはすごい逸材だの根拠なく言いまくる」
「タッキー推薦でうちがスルーして他所が獲った選手がブレイクしたとか」
「そりゃないですよ、瀧口推薦の選手はどこも見向きもせん。その後の進路調査すら不明なのばかりです。ほとんどは高校で野球をやめたんでしょ。どうせ獲ったところで大成しやしませんよ」
「進路先すらなく辞めたってことは、判断できないんじゃ? プロに入れてたらタッキーが言うように大成できたかも。100勝できた投手今やしがないコンビニ夜勤バイトかもしれない」
「いうこというね、ルナ部長! さすがに若い子は、年寄と違い柔軟性がある。偏見で決めつけない!」
「でもちょっとまって、タッキーと部長……蒲田工業って言いましたよね?」
瀧口と気安い関係の立岡が何かを気づく。
「蒲田工業ってもうないですよ。たしか2年前に統廃合で今は廃校のはず。つまりは2年前以前の映像ってこってす」
「今はない? 別にいいんじゃないの」
「へ?」
「問題はこの投手が今どこにいるかってこと。まあ皆さん知らないってことはまだ大成はしてないんでしょうけど、細々野球をやってるか、やってないかが問題……」
アマ野球知識だけは無駄に豊富な、
山内が脳内グーグルに検索をかける。
「蒲田工業……出身の投手……たしか、鶴見商大で一人いたぞ……180くらいでリーグ戦で登板した記憶もある、生では見てないが。名前は山屋だと……」
「え、ほんと? 鶴見商大って横浜でしょ? 今から皆さんで……あ、クロスチェックを厳禁にしてるから私とタッキーと……二人だけだと嫌だから、立岡くんも付いてきて」
「君付けっすか、オレえ?」
立岡運転の軽自動車で鶴見商大まで移動が決定。立岡の隣は瀧口で後部座席真ん中にルナがでーんと鎮座する。
「立岡くん、タッキーさんって10年二軍コーチやってたんでしょ?」
「そうっすよ、僕も何年か世話になったけど、まあ驚きましたよー。プロのコーチって技術屋で指導熱心でごますりってイメージあったのに、タッキーは全く真逆。技術を教える体系論がそもそもないし、指導もしないし、監督へごまとかすらない。でも、そんなタッキーにも教わったことがありますよ。プロでダメでも図太く生きれば第2の人生も何とかなるんじゃないかなって」
「タッキーさんは那須野獲得と立岡くんを勇気づけただけで22年もプロ野球で食ってるのか……」
「今から観に行く山屋がエースになれば、立派な人生になるだろ? 立岡はどうでもいいが、4番とエースを両方とも獲得したスカウトなどそうはおらんぞ、ガハハ」
鶴見商大キャンパスに到着した御一行。
だが、そこには思わぬ風景が待ち受けていた。
驚くべきことにキャンパスの解体がすすんでいるのだ。
「あれ移転でもしたのか?」
あっけに取られる3人だが、すかさずルナがスマホで調べる。
「あ、鶴見商大は3月末で閉校だって……」
「え!? あーそーかーそうだった、僕の担当地区じゃないからうっかりしてたが、去年のドラフト候補に鶴見商大最後の戦士がいたのを思い出した……」
「立岡くん、閉校してるってことはいるはずの山屋はどこ!?」
「僕に聞かれても……そもそも山屋はいつの時代の投手なのか。2年前に統廃合で消えた高校といっても2年前当時3年生とは限らない。1年生なら統廃合先に在席しているだろうし、そもそも、2年前なのかの疑問もある。そこのところ、どうなのタッキー?」
「2年前、2年前だよ、そこは間違いねえ。遅刻の言い訳によ、2年前でもわかりゃしねえだろうと適当な動画を見せたんだ。でも気に入ってた選手の動画だから見せたのも事実だ」
「で、タッキーはその後の山屋の追跡調査はしたの!? 気に入ってた投手ならそれくらいするよね?」
「するわけねえだろ、そもそもこいつが山屋かどうか当時何年生かすら知らんのに。知ってるのは二年前の4月のこの時期に蒲田工業で投げてたってことだけだ」
「ははは……タッキーらしいな……」
「でも立岡くん……この投手が山屋だろうと違かろうと、存在するのは確かでしょ?」
「まあそうですね、部長……」
「なら何も急がなくてもいい、今日でなくてもあとでじっくり調査すればいい……。何なら私がやってもいい、何か素晴らしい素材であるように思えてきたし……」
「……部長までタッキーに洗脳されて……ほんとに……って山内さんから着信?」
「ながらスマホは違反だよ、タッキー」
「当然ハンズフリーだから大丈夫っす……。あ、なんすか、山内さん……え? 謎の投手の正体がわかった? 鶴見商大の山屋は蒲田工業出身だが、左投手でそもそも違う? なんだそりゃ……早く言ってくださいよ、完全に無駄足じゃないすっか……でその正体は誰なんすか……はああ? とっくに死んでる? 高校卒業後野球を続けられず自暴自棄になってチンピラに喧嘩売ったら返り討ちで当たりどころ悪くそのまま……名前は山屋でなく川島ですか……。ネット記事で顔写真見たところ動画の男と同一だと……」
「探すどころかこの世にいないか……どうなのこの結果、タッキーさん?」
「どうってオレがしっかり追跡調査してフォローして野球を続けるように進路先を確保してたらよかったってことかい?」
「まあそこまでは期待しないけど、タッキーさんには。どっちにしろ、自暴自棄になったほうが悪いんだし……」
ルナの初日一発目の業務は、まさかの結果に終わった。
だが、球団事務所への失意のとんぼ返り、その後待ち受けてたものは。