居座り居直る
「瀧口スカウト、会議は無意味なんですから、遅刻を反省する必要もないですよ。というか元々、反省してないか」
「はは、さすがよく知っているな、俺のこと」
瀧口というスカウトは43歳でずんぐりむっくりでヒゲの濃いメキシカンぽい風貌。彼も元選手だが、実績はまるでない。
かといってスカウトとしての実績があるかといえば過去とった選手はわずか二人だけである。
「私には大学関係者や女子プロリーグや芸能関係のスカウトが群がったが、さすがに男の野球関係者の姿はなかった。いくら女子野球のスーパースターでも男の間で通用するとは誰も思わない。そりゃそうでしょ、たいしたことないんだから女子でスーパースターでも中学野球レベルにしかないんだし、でもたった一人だけ観にきてくれたのは瀧口さんだった」
「そりゃスター性抜群で実力もあるなら女の子でも観に来るだろ」
「私はそれでちょっと勘違いしちゃった。プロ野球のスカウトがこれだけ日参するのだから私は男の中でもいけるんじゃないか……と。でも瀧口さんの正体を知ってがっかりした。実績皆無でろくでもない居座りスカウトだって。観に来てたのも女の子のお尻を追っかけたいからとか、まじでしょうもないよ、このおっさん。おまけに遅刻して平気だし……」
「この世界は実力社会だろう? 実績さえ残せば人間性がいくら破綻してても許される世界……」
「実績があればの話ねえ。獲得にいたった選手はわずか2人。しかも一人はあの3年前の大恐慌ドラフト……」
「でも残り一人は今の4番那須野」
「うん、あの那須野を獲ったのは凄いけど偶然なんでしょ? 他の有力ドラフト候補に振られて、評価の低かった那須野にいくざるをなくなった。で、たまたま那須野の高校先輩の瀧口さんが担当スカウトになった。別に瀧口さんが見つけたわけでもないし。瀧口さんは高く評価したわけでもない。逆に瀧口さんが那須野は使えないと言い切ったおかげで後まわしにされたそうだし」
「それでも4番打者を獲ったオレは世間では名スカウトだ。那須野獲得に至った経緯のインタビューとかいくら受けたことか」
「でも8年やってその実績だけでしょ、よくでかい顔できるね」
「またドデカイ選手を引き当てればいいんだろ? 球団はオレにそれを期待して雇い続けれるんだ」
開き直る瀧口だが、スカウト陣の反応は様々だ。瀧口と目もあわせようともしない者もいれば、こんなダメ人間でも好意的な者もいる。
「タッキー、どう最近?」
最年少スカウトの立岡は10も年が違う瀧口にずいぶんと馴れ馴れしい口を利く。
「まあいつもどおりだね」
「いつもどおりっことはろくに球場にもいかずダラダラ遊んでることか、いいご身分だな、タッキーはほんとに」
「ははは」
一方、湧川副部長は呆れかえっている。
「なにが、はははだ、たく……穀潰しが」
「おやおや湧川部長……」
「今日から副部長だ……」
「でも湧川副部長じゃないですか、そんな穀潰しを強引にプロの世界に引き入れたのは。オレほんとは社会人行きたかったですよ。プロは厳しいと思ってね」
「そうそう、それをむりやり引きずりこんだのがかくいう私だった。今思うととんでもないことをしたものだ。体は小さいがパワフルで絶対ものになると踏んだのにこの有様だ。おまけに引退後の生涯保障までしてしまった。バロンズで定年まで面倒をみると……」
瀧口は湧川の目論見と違い全く活躍せず、3年で戦力外になったあと、約束通り球団が仕事を与えることになった。
まず、球団職員。が、全く仕事ができずやらず覚えもせずの酷さで半年で首。
用具係や広報も同様にミスを繰り返しすぐに追われる。
その後10年も渡り長い間二軍コーチを歴任、コーチでも仕事の適当さは変化せずだったが、それでも独特なキャラが2軍の若手選手に受けいられてムードメーカー的役割を果たす。前述の立岡もこの時期に瀧口のキャラに感化され、10年違いの親友となった。
とはいえ指導力0ではやがてコーチの在庫からも追われる。期待の新戦力を瀧口の雑な技術指導で再起不能にしてはもう就く職がない。
ここまで来たら残された職種は少なくなる。最後の切り札がスカウトであった。
「スカウトになったとき、湧川さんはこう言いましたよね? 何もせんでいい。たしかにいくらオレが適当なスカウト活動しててもその選手を指名しないかぎり害はない。高い年俸は無駄になるけど。見事な割り振りと感心したものだよ。湧川さんもやればできるやんってね。それでもオレは恩返ししましたよね? 那須野獲得で」
「8年前やろ?」
「湧川さんって4番を獲った実績ありますっけ? そんでもってオレは4番の次はエースを採れるかもしれんのですよ。那須野を初めてみたとき以来のヒラメキを感じた投手にであったんすよ」
「那須野は低評価してたけどね」
ルナのツッコミは短く鋭い。
「実はその投手を視察するために遅刻したんすよ。会議に出るのも惜しい投手がいたんです、しかもまだ誰にも知られてない」