表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/20

三密

 外国人取りを任される小林ましろと宣伝広報部門でリーダー格を期待される松家ゆうなは、熱狂的な野球ファンのエリカやあおいと違い野球に関してはズブの素人だ。

 そのため、密閉、密接、密集された球団事務所の一室で野球知識を詰め込みを強いられてるさなかだ。


 机には、エリカが用意したルールブック、枕になりそうなくらいのデータ本、今年度の選手名鑑や過去の野球史が網羅された辞典などが山積みされている。


 ましろとゆうなの野球知識は当初、どっこいどっこいだったが、勉強してる最中に如実に差がついてきている。


 優等生キャラのましろはわずか数日のにわか勉強で、玄人野球ファンはだしの鋭い視点を身につける。


「エンゼルスの一軍登録外国人は野手1投手3で固定されてるけど、攻撃力のなさを考えると逆のがいいんじゃないの?」


 部屋隅のモニターで映りだされる試合中継へのつぶやきはまるでファン歴10年のベテランだ。


 一方のゆうなは怠惰な性格そのままに勉強がまるで手につかない。ましろのように応用編にたどり着くどころか、基本すら危うい。


「はあ……なんで野球のルールってこんなまどろっこしいのかしら? 日本人の大半がこれを踏まえて試合を観てるって嘘でしょ? 2ストライクからバントしてファウルしたらアウト!? 意味分かんない」


「ルールってのはルールのすきをつくものを封じ込めるために成熟していくものなのよ、ゆうな。だって、延々とバントしてファウルで逃げてたら試合が進まないでしょ?」


「う〜ん、そういうことか……。そうやって一個一個説明されると腑に落ちるけど、一個一個疑問を解消しないと無理って、ほんともう無理、ムリ、むり……。それに私は宣伝広報でしょ? 野球の細かいルールとか覚えなくてもさ、客が入ってグッズがバカ売れで黒字になりゃいいんでしょ?」

 顔を机にうっ潰して思わずゆうなはため息を吐く。


「そりゃそうだけど、そのための基礎でしょ。基本と歴史を学べは新しいアイデア産出に大きく寄与するはずだし」


「そんなん知らんでも、斬新なアイデアくらいいくらでもあるし」


「例えば?」


「えっと、ソーシャルネットを利用したファンと双方向の……」


「通り一遍ねえ。ありがちでどこが斬新なのかしら」


「うー……。そういうましろだって外国人の見極めとかできるの?」


「できるできないとかレベルでなくて、やらなきゃしょうがないじゃないの。それこそ、私達の抜擢に気に食わない世間のいいカモよ、失敗は許されない」


「失敗? 失敗しても私ただの浪人生という名のニートに戻るだけだし、エリカやましろと違い傷つく家柄の良さもないし」

 

 エリカはもちろん、ましろの一族はほぼすべて弁護士医師外交官など他人が嫉妬するくらいの仕事につく名門だが、ゆうなは片親で貧しいアパート暮らしである。


 そんなゆうなが上流の私立学校に通ってたのも、とある理由があるのだが、それはいつしか明らかになる。


「ま〜た、すぐ拗ねるし」


「でもさ、女子野球のスターだったルナちゃんはわかるし、私とましろはエリカの親友……。だからこそコネ人事ってうるさいけど……残るあおいはどうやって目をつけたのかな? だってあおいが野球好きかどうとか知る以前にあの子がクラスメイトの誰かと喋っている記憶がない。声を聞いたのもこの前の記者会見当日が初めてだし」


「どこで知ったのか? ってそりゃ数奇な運命が絡み合った結果ってエリカが言ってた」


「へえ。聞きたい! ってほど興味深くはないけど、聞かないって言い切れるほどじゃないから聞く」


「あれは高3の時の体育祭。ジェンカを踊ったのを覚えている?」


「ジェンカってあれだっけ、男女が別れてお互い手をつなぎを離してはまた違うパートナーと踊るを繰り返すあれ」


「ええ、でうちのクラスって男女の人数が不釣りだったでしょ? で急遽エリカが男役に回ることになった」


「そうそう、あの子まるで男の子みたいに振りまわっててなんかウザくてムカついた」


「で、当然、あおいさんともエリカが組むことになるでしょ? その時あおいがこうポツリとつぶやいたの、“”クリス・ボートを先発に回せ“” ってね」


「何その意味不明な暗号?」


「クリス・ボートってのはさっき調べてわかったけど、今は、メジャーで活躍する投手みたい。で、去年まではバロンズにいたの、それも、抑えの切り札と期待された1年目はダメ投手扱いでねえ。去年も春先は全然ダメで途中解雇寸前だった。それがね、ある時期先発に回ると水を得た魚のように大活躍して、大きな契約をメジャーから提示されて晴れて復帰となったわけ。その時期ちょうど体育祭の頃。つまりはあおいさんのつぶやきが決め手ってこと」


「抑えから先発? なんとなくわかる。途中から出てくる投手が最初から出る投手にかわったことでしょ? でも途中から出る投手より最初から出る投手のが大変なんでしょ?

なんでダメ投手が大変な役割で結果残せるの?」

 ゆうなはいまだにズブの野球素人から抜け出してないが、時折鋭い意見も交える。


「普通はそう。先発失格がやるのがリリーフ。だからリリーフで失敗続きのボートに先発をやらすって発想はなかなか出なかった。しかもボートは球種がストレートとスライダーしかないし、多くのレパートリーが必須の先発などできるわけないはずだった。でもね、大活躍。問題はあおいさんがどうボートの先発としての資質を見抜いたってことね」


「……」


「なんか興味なさそうね、ゆうな。自分から振っといて……。まあ勝手に、しゃべる。

 でもあおいさんはボートには抑えや中継ぎに全く向いてないって確信があったの。なぜならボートは立ち上がりが悪い。最初の打者相手にはかなりの高い確率でフォアボールを出す。たいていはこの先頭打者フォアボールが最悪の結果を呼び込む。走者を気にして余計コントロールが乱れたり、ストレート中心になって狙われたりで。それで追い付かれたり、ひっくり返されたりの連続でついには抑え失格。去年は中継ぎスタートだった。中継ぎでも同じようなパターンを踏襲したんだけど、基本最終回のみ投げる抑えと違い複数イニングを投げる中継ぎで、あおいさんはとある数字を発見した。2イニング3イニングと伸びるたびにボートの防御率が良化したの」


「防御率?? はい? 何それ?」


「……まあ……そこ以外は理解しているって解釈もできるし……。抑えたといってもそれでも当時のボートはいわゆる敗戦処理。そこで残した数字など誰も気に留めなかった。あおいさん以外世界の誰もね。でもあおいさんはそこで仮説を建てたの。ボートが3流投手なのは最初の1イニングだけで、それ以降は一流、いや超一流ではないかと……」


「ふーん、それで最初から投げたらあおいちゃんの目論見通りになってメジャーに取られちゃったわけだ」


 数字が有言に物語る。抑え中継ぎをやってたときのボート、防御率3.98 1勝5敗。

 先発転向後のボート、防御率1.87 8勝2敗。三振奪取率は変わらないが、与四球率は多いに改善されている。


「まあ良すぎて、メジャーに大型契約提示されて今バロンズにはいないけど。しかもボートは先発でもスライダーしか投げないでこれなのよ。多彩な球種で抑えるのが先発だというのに、よほどストレートとスライダーの質がいいってこと。そこまであおいさんが見抜いてたかは定かではないけど。て聞いている?」

 ゆうなはいつの間にかスマホに夢中でましろの話など聞いていなかった。

 優等生ましろはまだしも、ゆうなに宣伝トップの重職が務まるのか?




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ