第91話 ばあちゃん食堂は大人気になった
「今日の日替わりランチは何かな?」
「鳥カツ丼やな。他は黒板見てな」
ばあちゃん食堂の20ある席はほとんど埋まっている。
まだ12時前なのに、大人気だ。
「なかなかすごいな。いつもこうなのか」
「はいな。最近はこんな感じやな」
まぁ、このばあちゃんがやっているのだから当然か。
ひとつ心配したのは、食材の手配。
バリ島は日本と違うとこが多い。
野菜が違うし、調味料も違う。
だから、日本食をつくろうとすると日本直輸入品を使うしかなくなる。
そうなると、日本で作るより高い物になりなねない。
「しかしまぁ、よく日替わりランチを300円くらいで出せるな」
「できるだけ、こっちで安い物を使っているからね。日本製のは最低限にしていてな」
出てきた鳥カツ丼。
普通ならトンカツを使うんだろうが、こっちでは鶏肉が安いし美味い。
バリ島の人達はとにかく鶏肉が好きだ。
だから、トンカツも鶏カツにしているらしい。
さすがに醤油だけは日本製のものを使っているらしい。
だけど、他の物は現地の物で置き換えている。
「しかし、鰹節はないだろう。どうやって出汁をとっているのか?」
俺は野菜の入ったみそ汁を飲みながら疑問に思ったことを聞いた。
「小魚を干したものがあってな。良い出汁がでるんでな」
うーむ。そんな手が。
入り出汁風ということか。
「いろいろと試してみるのがまた、楽しいんじゃよ。なによりもこっちの食材は形はよくないが、味は濃いのでな」
「そういうの、元々、ばあちゃん好きだったしな」
「そうじゃ。無いとなったら代わりの物を探すのは子供の頃は当たり前じゃったかんの」
戦後の何もない時代を経験しているばあちゃんならではだな。
バリ島の物を使っているのにしては、味の組み立ては間違いなく和食だ。
鶏カツ丼の他にみそ汁とお新香、そして小鉢がひとつ着く。
今日のはポテサラだ。
「しかし、それでも原価率は高いだろう。赤字になってしまわないのか」
「赤字ではないんよ。原価は5割くらいさな」
「それに人件費やらあるしな。場所代は格安だろうが」
本来この食堂はB&Bの朝食だけのためにある食堂だった。
だから、ほとんど無料に近い値段で借りている。
「ばぁちゃん食堂」が人気でB&Bの予約も埋まるようになったと、エリカが喜んでいた。
「しかし、ばあちゃん、頑張りすぎじゃないのか?」
「心配してくれるさな。ありがとな。でも、大丈夫や。美味いと食べてもらうのが元気の元じゃ」
ばあちゃん達5人が曜日を決めて順番で厨房に入っている。
ふたりづつだから、週に2日か3日。
無理はしないで欲しいな。
「生活は年金があるから、全然心配なくてな。みんなで一軒家を借りて住んでいるしな」
本当にばあちゃん達は行動力がすごい。
あっという間に、バリ島で生活する基盤を作ってしまった。
就労ビザも俺が手伝ったというのもあるが、しっかりと取得済みだ。
「なによりも、必要とされる嬉しさがあってな。日本じゃそれがないから寂しくてな」
それは前から聞いていた。
まだまだ元気なのに、やることがない。
元々専業主婦だったから、外で働くことは考えづらいし、孫たちが来るときくらいしか、やることはない。
だから、料理好きな連中を集めていろいろとやっていたという。
「今はバリ語をならっとるんよ。最近はバリ人の来店が増えてな。話がしたくてな」
本当にアクティブなばあちゃんだな。
他にも、バリ人相手の和食料理教室みたいなことをしているらしい。
「しかし、バリ島はいいな。昔の日本にどこか似ているからの」
「あー。それは俺も感じているよ」
「じゃろ。神様をとても丁寧に祀っていて、いろんな行事があって。そんな行事をとても大切にしている」
「ああ。そうだな」
神様を通して、周りの人達と一緒に行動する。
それが自然と連携につながる。
俺がバリにいついてしまったのも、それかもな。
最初は、人件費の安さが魅力だった。
しかし、それだけでは限界がある。
日本人には日本人の良さがあり、バリ人にはバリ人の良さがある。
日本人みたいなきちっとした仕事をバリ人に求めるとできる人が限られてしまう。
しかし、バリ人はお金だけでうごいているんじゃない。
ちゃんとバリ人の価値観に合わせたルールを構築してあげると、下手な日本人より良く働く。
「バリは人もいいからな。暖かいんじゃ」
「気候も人も暖かいな。冬がないし、冷たい人もほとんどいないな」
ビジネスを考えるとき、最初は日本人相手のことを考えていた。
しかし、こっちに来てある程度過ごしていると、いつの間にかビジネスの相手がバリ人になった。
バリの人達が喜ぶことをしたい。
もちろん、日本人相手だったり、欧米人相手の仕事だったりすることも多い。
だけど、働いているのはバリ人だ。
バリ人の気質にあった仕事を作っていくと、なかなか面白い結果になっていく。
「翔太さんこそ、無理してはいかんよ」
「ああ。俺も少しバリ人を見習わなければな」
「そうじゃ。頑張るだけの人生じゃつまらないぞな」
思い出してみれば、転生前も転生後も。
頑張ることが当たり前だった。
目標を与えられるとしゃかりきになって目標をクリアする。
それが人生だと思っていた。
バリ島ではそんな常識などない。
神様と一緒に自然に合わせて生きていく。
それが当たり前だ。
いろんな事業を手掛けているが、ほとんど俺は手を出さなくなっている。
在真の人材マッチングサービスはすごい物で、俺が必要とする人材をたくさん用意してくれる。
俺は必要なルールを作って、たまにチェックして調整するだけ。
バリ島と日本で毎月何億円と金が動いているが、俺は大してうごく必要はない。
これに関しては賢者の魂に感謝しなければならないな。
「自分でうごくんじゃねえぞ。うまく協力していくんだ」
自分でやれることには限界がある。
たしかに人を使うというのは難しいことが多い。
指示をしてもうまくいかないことが多すぎる。
異世界に行ったばかりの頃は、人を使うのがストレスだった。
コンピュータなら指示を間違えなければ、ちゃんと動く。
ちゃんと動かなかったら、それは指示が悪いということだ。
ところが人を動かそうと思うとそんなに簡単に行かない。
ちゃんと指示を出しても、思ったようには動かない。
面倒くさくなって、自分でやってしまおうとすると、賢者の魂が怒る。
しかし、魔王に追い込まれたとき、俺の価値観はひっくり返った。
それまで、動かそうと思ってもうまく動かなかった人達がいきなり動き出したのだ。
いろんな人達に働きかけていて、利害がぶつかりあって間に立っていた俺にしわ寄せばかりが来た。
そんなところを魔王に見透かされて攻め込まれた。
もう、終わりかもしれない。
あきらめかけたとき。
驚くようなことが起きた。
それまで、ぶつかり合っていた人達が協力し始めたんだ。
魔王軍は強力な魔人達で構成されている。
だから強い。
しかし、数ならこっちの方が100倍は多い。
本気で連携したら、勝てないはずはない。
それが賢者の魂の基本戦略だった。
しかし、言うは易し、行うは難しだ。
全くうまく行っていなかった。
それが魔王軍の攻撃が起きたとき、一瞬で変わった。
それぞれの人が、今、自分ができることを実行しはじめた。
何をしたらいいのか分からない人は、俺に尋ねた。
賢者の魂と一緒に作っていた作戦があったから、俺はやるべきことを答えた。
驚いたことに、作戦は思ったように動き出した。
いや、違う。
思った以上に、だ。
さらに言えば、思いもしないようなことも起きた。
とても魔王軍と戦えないだろうと思っていた一団が武器を持って戦いだした。
戦うことができない人達は、戦っている人達を後ろで支援してくれた。
あちこちボロボロになりながらも、最後は魔王軍を退けることに成功した。
そのときから俺は考え方がかわった。
環境さえ揃えば、人は自ら動く。
俺がすべきことは、最適な環境づくりをすること。
「あんたには感謝しとるんよ」
ああ。
俺は、ばあちゃん達の環境を作ることに成功したんだな。
そんなことを感じていた。
バリ人にも、カスミにも、そして在真にも。
まだまだ、だろうが環境を作りつつある。
それが楽しくなっている俺。
これが俺のやり方なんだ。
そう自信を持って言えるだけの物を感じていた。
後書き自粛は解除することにしました。
まだ、準備中だけど、ですが。
コメントでは賛否両論がありますが。
後書きがないのは、違うかなと。
あまり長くならない程度で密度が濃いを目指します。




