第62話 フットサル業界はややこしいことになっていた
「実は僕達、元Jリーガーに決闘が申し込まれていまして」
在真と一緒に新しいシステムを開発するのに没頭していたら、ニッキーからSOSが入った。
ムギダ珈琲店で話を聞くと、どうもエクスポーションが関わっているらしい。
「ニッキーブランドのフットサル試合はドーピング禁止にしたんです」
「まぁ、あれが見つかったんだからな。それは当然だな」
「ところが、それを無視して使った奴らがいるんです」
「エクスポーションをか?」
「たぶんそうです。どう見ても、まともな動きではなかったですから」
元Jリーガーを負かすために、エクスポーションを使うのは卑怯だな。
あれを使えば、普通の人でもJリーガー並みに動けるのは確実だ。
「そいつらはルールを破ったんだろ。出入り禁止で良くないか?」
「もちろん、そうしました」
「なら、問題にならないのと違うか?」
「それが出入り禁止が不満らしくて、ヤホーニュースに勝手な情報を流してくれまして」
「どんな?」
要はフットサルのスーパー素人が怖くて元Jリーガーが逃げ出した。
元Jリーガーは大したことがない、とネットニュースで語っていると言うのだ。
「さすがにニッキーブランドの試合に参加する人たちも心配して連絡をくれたりしてまして」
「それは、問題だな。ネットニュースにクレームでも入れるか?」
「きっと無理だと思いますよ。どうもネットニュースの記者がスーパー素人と元Jリーガーのどっちが強いのか、勝負させたがっているみたいです」
きっと、あのおっさん記者だな。
バズらせることに生きがいを感じているっておっさんだからな。
「うーむ。ヤホーニュースもグルだと言うんだな」
「ええ。スーパー素人達は僕らがドーピングできないのを知っているんです」
「まぁ、そうだな。元とは言えプロだからな」
「ええ。Jリーグもそうなんですが。すべてのプロアスリートに、あの手の薬を使ったら追放というお触れが出ています」
「順当な対応だな」
プロスポーツもそれくらい、あのエクスポーションがヤバイものだと理解したようだ。
100m走で世界新記録を出した選手もドーピングで記録取り消しになったしな。
「こっちが使えないことをいいことに、僕達に挑戦状を突き付けてきたんです。ヤホーニュースを通して」
やるなぁー。
あの、おっさん記者。
完全にバズる気まんまんだな。
「よし、挑戦を受けよう」
「本気ですか? あの薬を使われると勝てるかどうか分かりませんよ」
「そうだろう。ただし、ひとつだけ条件を付ける」
「なんですか?」
どんな条件なのかはニッキーは分からないらしい。
なら、教えてやろう。
「こっちは、元Jリーガー4人と素人をひとりのチームだと認めさせる」
「えっと、その素人にあの薬を飲ませるんですか?」
「いや、こっちのチームはドーピング禁止だ」
「それじゃ不利になるじゃないですか?」
「ふふふ。ドーピングしなくてもスーパー素人以上の素人がいるんだよ」
「あっ、分かりました!」
そう。
俺が参加するのだ。
異世界から戻ったばかりであっても、ニッキーに勝てたんだからな。
今はトレーニングしてあって、しっかりと腹は割れている。
賢者の魂のトレーニングだから、超絶効果が出ているぞ。
その俺が、エクスポーションごときでドーピングした素人に負ける訳がない。
「ニッキーがキャプテンで残り3人の選出は任せる。あと基本的な作戦も考えてくれ」
「分かりました」
「もうひとつ」
「なんでしょう」
「この話はリリースはヤホーニュースには任せない」
「どういうことですか?」
「おっさん記者じゃなくて美人記者の方がいいからな」
そんな簡単にあいつにバズらせてたまるものか。
こっちが情報でも逆襲してやろう。
「ヤホーニュースに文秋砲をかましてやるとしよう」
「ええっ、週刊文秋ですか?」
「正確には文秋オンラインだな。週刊誌も後追いでスクープするけどな」
そう。
あの美人記者はスクープ連発している文秋の記者だったのだ。
やっぱり、記者と仲良くなるにはスクープをプレゼントするに限る。
あのおっさん記者の悔しがる顔を想像するだけでワクワクするな。
ひとは不安になっているとき「大丈夫」と言って欲しいものらしい。
これは彼女に言われたんだけど。
「ね。大丈夫って言って」
「うん。ちゃんと考えているから大丈夫だよ」
「そうじゃなくて、大丈夫ってだけ言って」
僕って、ただ「大丈夫」って言うのが苦手みたい。
どうしても、大丈夫の理由をつけたくなる。
それが彼女には不満らしい。
「理由なんていいの。大丈夫とだけ言って欲しい」
「大丈夫だよ」
あ、言えた。
だけど、なんか変な言い方になる。
「なんで笑うのよ」
「だってー」
たぶん、女性脳と男性脳の違いなんだろう。
ただ、大丈夫と言ってもらえると安心する女性脳。
大丈夫な理由が知りたくなる男性脳。
だから、僕は大丈夫とだけ言う練習をしようと思う。
「評価ポイント入れても大丈夫だよ」




