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社畜さん、ヒモになる〜助けた少女は大富豪の令嬢だった〜  作者: 空野進
第一部

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8.

前話の『伊緒を負ぶって走る……』の部分を『一緒に走る……』に修正させて貰っております。

 莉愛と手を繋ぎながら、伊緒も含めて三人で帰っていく。

 やはり友達といるときの莉愛は楽しそうに笑いあっていた。


 ただ、そんな状態でも俺の手だけは離さなかった。



「やっぱり、二人は仲良いね。付き合ったりしてるの?」



 伊緒が興味津々に息を荒くして聞いてくる。



「そ、そんなことないですよ。わ、私と有場さんはべ、別に付き合ってるとかじゃ……」



 顔を真っ赤にしてわかりやすく否定する莉愛。


 そんな様子じゃ誤解されても仕方ないぞ……。


 まぁ、今の手を繋いだ状態を見ていたら誰でも誤解したくなる。



「いやいや、二人を見てたらそんな風にしか見えないよ。有場さんはどう思ってますか?」



 伊緒が俺に話題を振ってくる。

 同意して欲しそうな雰囲気だな。


 ただ、俺と莉愛は本当に何もない雇用主と従業員の関係なはずだ。

 告白された覚えもなければした記憶もないからな。


「別にまだ付き合ってはいないな」

「で、ですよね……」



 なぜか莉愛にガッカリされてしまった。

 ただ、年齢を考えると今、付き合ってるという方が問題がありそうなのだが……?



「まだ……ってことはこれからもあるってことだね。莉愛ちゃん、頑張って!」

「う、うん……」



 いや、それを俺の前で言うのもどうかと思うぞ。


 莉愛も苦笑を浮かべてるし、楽しそうな表情をしているのは伊緒だけだった。


 でも、さすがに莉愛が困っているようだったので、さりげなく話題を変える。



「そういえば莉愛と伊緒はどうやって知り合ったんだ?」

「別に変わったことはないですよ。私と伊緒ちゃんは昔、お父様に連れていかれたパーティで知り合ったんですよ」

「あのときは歳が近い子は莉愛ちゃんしかいなかったもんね」



 莉愛と伊緒が楽しげに笑っていたが、俺は固まった笑みを浮かべていた。


 えっと……、莉愛と一緒のパーティに行ってた?

 ちょっと待て、それほどのパーティに呼ばれる相手って考えると……。



「もしかして、伊緒って莉愛みたいな大企業の娘……?」

「そっか、お兄ちゃんには言ってなかったね。私のお父さんは神凪建設の社長だよ」



『神凪建設』

 確か日本で五本の指に入る大手ゼネコンの会社名で最近も国の大きな工事を請け負ったってニュースで聞いた気がする。



「嘘だろ!? 伊緒も金持ち……なのか?」

「うん、莉愛ちゃんほどではないけど、うちもそこそこお金は持ってるよ」



 それを聞いた瞬間にこの二人と俺が違う世界の住人にすら感じられる。

 するとそんな俺の様子に感づいたようで、莉愛がギュッと手を握りしめてくる。



「大丈夫ですよ、有場さんも何も変わりませんよ。それに今はうちの会社の従業員ですよ」



 微笑ましいその表情を見ると先ほどの不安が和らいでいく。



「そうだな……」



 確かに莉愛と一緒に過ごしてみて、金銭感覚のズレはあったものの笑うところとか楽しんだりする部分は同じだったもんな。



「そういえば伊緒ちゃんはこっちの方に引っ越してきたんですね」

「うん、ちょっと困ったことがあったからね……」



 伊緒が乾いた笑みを浮かべていた。

 すると伊緒がぴょんっと前に飛び出る。



「私の家はこっちだよ」



 伊緒が指差した先には頑丈そうな鉄筋コンクリート造の二階建て住宅があった。

 莉愛の家からは十分もかからないだろう。



「うちとすぐ近くですね。これから一緒に行きますか?」

「本当に!? 助かるよー」



 伊緒が莉愛に飛びつくと頬を擦り寄せていた。

 その微笑ましい様子を一歩離れて眺めていると、莉愛が突然振り向いてくる。



「そうだ、よかったら有場さんも一緒に……って、ダメですよね。有場さんの時間を使ったら申し訳ないですから」

「いや、いいぞ。送り迎えくらい」



 どうせ家にいてもすることがないし、それなら莉愛を送り迎えする方が仕事をしてる感じになる。

 それでもほとんどしてないんだけどな……。


 そんな気持ちで返事をしたのだが、莉愛は本当に嬉しそうに目を大きく開いていた。



「本当にいいのですか!?」

「あぁ、歩いていくなら護衛もいるだろうからな」

「……そうですよね。うん、わかってますけど……」



 俺の回答が不服だったようで莉愛は口を尖らせていた。



「それじゃあ私は帰るからね。莉愛ちゃん、お兄ちゃんもまた明日ー!」



 大きく手を振って伊緒は家に帰っていった。



「あっ……」



 莉愛が声をもらして、何か言おうとしていたが、それより先に伊緒が家の中へ入ってしまった。



「どうかしたのか?」

「ううん、明日、土曜で学校休みなのに……。あとから連絡しておこう……」



 莉愛がポツリと呟く。

 そこで俺も初めて明日の曜日を思い出す。

 今まではろくに気にしたこともなかったけど、そうだよな。学校は休みになるんだもんな……。



「だから明日は有場さんもお休みですよ。好きなことをしてくださいね」



 莉愛が笑顔で言ってくるが、俺は口を開けて呆けていた。



「休み……?」

「えぇ、いつも私たちのために働いてくれてますもんね。休みのときくらいゆっくりしてください」



 いやいや、どこに休みを貰えるヒモがいるんだ!

 ……でも、一応企業勤めになるんだもんな。


 せっかくだし、ありがたく休ませてもらおう。


 ◇


 翌日、俺はいつも通り日が昇る前から目を覚ました。


 休みとはいえ、いつも通りに起きてしまうのは仕方ないだろう。

 ただ、目は覚めているのだが、足が動かない。動かすと電気が走ったかのように痛み出す。



「……痛いな」



 足が全く動かなくなるほどの筋肉痛。

 おそらく昨日伊緒と学校まで走ったからだろう。


 会社に入ってから運動をしてこなかった……いや、できなかったんだな。


 そのせいで完全に運動不足だったようだ。

 でも、今日が休みで助かった。

 ゆっくり休ませてもらおう……。


 ベッドに寝転がりながら天井を見ていると、部屋の扉がノックされる。



「有場さん、起きられてますか?」



 この声は莉愛だな。

 もしかするとなかなか起きてこない俺を心配してくれたのかもしれない。



「あぁ、起きてるよ」

「それじゃあ失礼しますね」



 扉が開き、莉愛が中に入ってくる。

 そして、まだベッドで横になってる俺を見て慌てた様子で近づいてくる。



「あ、有場さん、どうかしましたか!?」



 心配そうに目を潤ませながら俺を覗き込んでくる。



「いや、筋肉痛で動けないんだ……。風邪とかじゃないから安心してくれていい……」

「そ、そんな……、お、お医者様を呼ばないと……」



 その場で慌てふためく莉愛。

 このままでは医者を呼ばれてしまうと俺は痛む体に鞭を打ってなんとか起き上がる。



「……大丈夫だ。ちょっと休んで……、あとは自分でマッサージすれば動けるようになるから……」

「わかりました! それなら私が有場さんにマッサージをしてあげます!」



 両手を握りしめて、気合いを入れる莉愛。

 その表情を見て、俺はどこか不安を感じていた。


 ◇


 気がつくと俺はうつ伏せに寝かせられていた。

 そして、そんな俺の背中には莉愛が跨がるように乗っていた。



「んっしょ……。えっと、ここらへんかな……?」



 もぞもぞと動く莉愛の足。

 程よい重さと柔らかさを感じる。



「莉愛……、別に無理をしてマッサージをしなくても……」

「大丈夫です。いつもお世話になってる有場さんのためならこのくらい……」



 ようやく目的の場所に移動できたようで、足を揉んでくれる感覚がする。

 ただ、莉愛の力だとふにっ、ふにっ、という音が似合う感じでほとんど効いている気がしない。



「莉愛……?」

「んっしょ、んっしょ……。どうかしましたか……、有場さん……?」



 莉愛としてはかなり込めてくれているようだ。


 まぁ、それほど力があるようには見えないもんな。


 俺は苦笑を浮かべながらしばらく莉愛にマッサージをしてもらっていた。



「んっ……んっ……」



 莉愛の口からたまに漏れる吐息が妙に艶っぽく感じてしまう。

 横目にチラッと見える白い太もも。

 体全体でマッサージしてくれていることでたまに背中に感じる莉愛の感触。



 ダメだ、ダメだ! これじゃあまるで変質者じゃないか!?

 せっかく莉愛が俺のために頑張ってくれているのに……。



 心を無心にしないと……。

 目を閉じて、莉愛から意識を外そうと気をつける。


 すると今度は莉愛から鼻歌のようなものが聞こえてくる。


「~~♪」


 そのまるで子守歌のような心地よい歌で、俺の意識はスッと落ちていった。


 ◇


 次に目を覚ますとなぜか俺の横に莉愛が眠っていた。

 しかもただ眠っているだけではなく、俺を抱き枕代わりにしているようで、顔は胸の方に寄せられ、両腕は体を抱きしめ、足は莉愛の足が絡められた状態だった。


 えっ、ど、どういう状況だ!?


 冷静に考える。

 ただ、俺の視線からチラチラと見える莉愛の顔が落ち着きを奪っていく。


 と、とにかく抜け出さないと!


 俺はなんとか体を動かそうとするが莉愛が意外としっかり掴んでおり、起こさずに逃れることが難しそうだった。



「んっ……」



 莉愛が吐息を出す。


 もしかして、起きそうなのか?


 それならと声をかけてみる。



「莉愛、起きろ!」

「んっ……あれっ、ここは?」



 寝ぼけ眼をこすりながら莉愛はゆっくり起き上がる。

 ただ、俺と目が合った瞬間に顔を染めていた。



「あ、有場さん!? ど、どうしてここに?」

「はぁ……、それはこっちの台詞だ。どうして莉愛が俺と寝ていたんだ?」



 ようやく莉愛から解放された俺はゆっくり起き上がり、彼女に尋ねてみる。



「えっと、確か有場さんにマッサージをしていて……途中で有場さんが気持ちよさそうに寝られたので……その……私も一緒に寝たくなって……それで……」



 そうか、莉愛の手つきが気持ちよくて俺はそのまま寝てしまったんだな。

 ただ、マッサージと言うにはあまり効かなかったみたいだが……。


 でも、ゆっくり寝たおかげで俺の体はすっかり動くようになっていた。


 試しにベッドの上から起き上がってみる。

 するとピリッとした痛みは走ったものの、それでも全然動けそうだった。



「有場さん、もう大丈夫なのですか?」

「あぁ、莉愛のマッサージのおかげだな。ありがとう」



 俺が莉愛の頭をなでると彼女は嬉しそうに「えへへっ」と頬を緩めていた。



「そういえば俺に何か用だったのか?」

「そうでした。先ほど、お父様が帰ってこられて時間があるときに有場さんを呼んで欲しいと言われたんですよ」



 思い出したように言ってくる莉愛。



「そうか、それじゃあすぐに行く」



 俺が部屋を出ると莉愛も一緒に付いてくる。



「莉愛も来るのか?」

「はい、私もお父様に呼ばれているのですよ」



 二人に用事? 一体何だろうな。


 不思議に思いながら莉愛と一緒に勇吾さんの部屋へ向かう。


 ◇


 部屋の前に着くと莉愛が軽く扉をノックする。



「誰だ?」

「お父様、莉愛です。有場さんも一緒です」

「おぉ、よく来てくれた。入ってくれ」

「はい、失礼します」



 莉愛がゆっくり扉を開けてくれる。

 そして、中に入ると早速勇吾さんが話してくる。



「莉愛、有場くん、よく来てくれた。まずは急に呼び出したことをわびさせてもらう」



 勇吾さんは頭を下げていた。

 それを見て俺は慌てて答える。



「気にしないでください。それで俺……いえ、私に何かご用でしょうか?」

「そうかしこまらなくていい。いつも通りの君でいいよ。それで有場くんを呼び出したのは他でもない。君にしか頼めない仕事ができたんだ。お願いできないだろうか?」



 深刻そうな表情を浮かべる勇吾さん。

 それを聞いて莉愛が少し怒った様子を見せていた。



「お父様! 有場さんは私が養うって……」

「あぁ、それはわかっている。私も全面的に同意したわけだからな。でも、お願いしたい……」



 ここまで真剣に頼んでくるってことはよほどの事態なのだろう。

 それならお世話になっている俺としては力になりたいと思った。



「わかりました。何をしたらよろしいのでしょうか?」

「あ、有場さん!?」



 俺が頷いたことを莉愛はすごく驚いていた。



「すまない……。ことは機密事項……、どうしても君にしか頼めなかったんだ」

「それでその内容は――」

「今度できる神楽坂グループのテーマパーク。そこで実際に遊んできて、感想を聞きたいんだ。もちろん莉愛も含めて二人で――」



 ……えっと、それはつまり遊園地で遊んでこいってことじゃないのか?

 少し疑問に浮かぶものの勇吾さんの真剣な表情を見る限りこれは本当に俺にしかできないことのようだ。



「わかりました。でも、どうして俺と莉愛……なんですか?」

「あぁ、このテーマパークの狙いが十代から二十代のカップル……なんだ。でも、オープン前にあまり情報は流したくない。だから有場くんと莉愛が適任なんだ。普通に遊んできて感想を言ってくれるだけでいいから――」



 それを聞いて莉愛はホッとした様子を見せていた。



「お父様、それなら早く言ってくれれば……」

「すまないな。さすがに有場くんの返事を聞くまでは内緒にしておかないといけなかったからな。それでは早速明日に手配をしておく。存分に二人きりで遊んできてくれ」

「わかりました」



 返事をしたあとに俺たちは部屋を出る。

 するとそこで莉愛が俺の目を見て小声で言ってくる。



「二人きりのデート……ですね」



 莉愛は少しはにかみながらも照れを見せてくる。



「そうみたいだな。明日はよろしく頼む」

「はいっ、とっても楽しみです」



 莉愛が両手を合わせて満面の笑みを見せてくれた。

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