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社畜さん、ヒモになる〜助けた少女は大富豪の令嬢だった〜  作者: 空野進
第二部

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16.

 パーティが終わると、伊緒が申し訳なさそうに俺たちの方に近づいてくる。



「その……、お兄ちゃんと莉愛ちゃん、少しいいかな?」

「何かあったのか?」

「うん……。そ、そのね……」



 珍しく伊緒が言いづらそうにモゾモゾとしている。



「あの……、夏休みの宿題、手伝ってくれないかな?」



 その言葉を聞いて俺は思わずため息が出てしまった。



「もう一週間もないぞ……。あとどのくらい残ってるんだ?」



 さすがにすこしくらいは手を付けているだろう……。

 そんな淡い期待を抱きながら聞いてみる。

 すると伊緒は困ったような表情を見せながら答える。



「えっと、全部?」



 それを聞いた瞬間に俺は莉愛に笑みを見せる。



「それじゃあ明日も早いからそろそろ寝に行くか」

「待って、待ってよ、お兄ちゃん。わ、私の話も聞いてよ! 今まで宿題が出来なかったのは海よりも深い事情があるんだよ」



 伊緒が俺にしがみついてきて必死に言ってくる。



「ほう……、それは一体どんな理由だ?」

「うん、ほらっ、夏休みってついつい遊んじゃうでしょ? それで気がついたらもう終わらない時間になってたって……って待って待って! 行かないで!」



 伊緒の話を聞いてて思わず立ち去りたくなるが、彼女が必死に止めてくるので仕方なくその場にとどまる。



「それで一体何をして欲しいんだ? 代わりにやってくれと言うのはなしだぞ? それは伊緒のためにならないからな」

「うっ……、そ、それじゃあ莉愛ちゃん、答えを――」

「見せてって言うのも駄目ですよ? 伊緒ちゃんが自分で考えないと勉強にならないから……」

「わ、わかったよ……。それじゃあわからないところを教えて……」



 困った表情を見せる伊緒に俺たちは苦笑を浮かべながら頷いていた。



「そうだな……、それじゃあ大家さんも呼ぶべきだろうな。あの人、教えるのうまいから」「ほ、本当に!? ありがとう、お兄ちゃん!!」



 伊緒がギュッとしがみついてくる。

 すると莉愛がムッと頬を膨らませて、無言で伊緒を引き離してくる。



「健斗さんとくっついたら駄目です! それは私だけですから!」

「あれっ、健斗さん? あれあれっ? へーっ、そっか……。うん、それじゃあよろしくね、健斗さん」



 伊緒がにやりと微笑みながら言ってくる。



「はぁ……、わかったよ。それじゃあ明日からで良いか? 大家さんにはこれから連絡してみるからな」

「うん!! お願いね」



 嬉しそうに頷くと伊緒が大きく手を振って帰って行った。



「少し甘かったか?」

「いえ、伊緒ちゃんが自分で考えてくれるだけ大分マシですから……。それよりも今から大家さんに話をしに行くのですか?」

「あぁ、まだ昼……いや、夕方か。結構時間が経っていたんだな。ちょっと行ってくるな」

「はい、よろしくお願いします」



 莉愛に見送られながら俺はアパートの方へと向かっていく。



 大家さんはアパートの外で掃除をしていたのですぐに会うことが出来た。

 ただ、どこかふてくされた表情を見せていた。



「大家さん、お久しぶりです。何かあったのですか?」

「何かあったもないよ。だって、今年の夏はきっと莉愛ちゃんのところのプライベートビーチとかそういった所に呼ばれるんだろうなって期待して待っていたのよ? それがどこにも呼ばれることなく、一人寂しく夏を終えようとしているのよ? これがふてくされなくて何になるの?」

「そ、それはすみませんでした」



 なぜか謝ってしまう。

 そういえば大家さんをビーチに呼ぶことは全く考えていなかった。どうしてだろうか? 多分うまく伊緒が誘導したんだろうな。うん、きっとそうだろう。



「それで何の用? 有場君がここに来るってことは何か用があるのでしょ?」

「そ、そうなんですよ。実は伊緒の宿題を――」

「うん、わかったわ。それじゃあ終わったらみんなでプールに行くわよ! もちろん有場君のおごりで。いいわね?」



 有無を言わさない態度で言ってくる。

 まぁ、最近もらっている給料はほとんど使うことなく残っている。

 そのくらいなら全然出しても良さそうだ。



「わかりましたよ。それじゃあそれでお願いします」

「よし、これでこの夏、一度も海やプールに行けなかった、かわいそうな子のレッテルは外れるわね」



 大家さんが小声で言っている。

 それを聞いて俺は苦笑する以上のことは出来なかった。


 大家さん、それはいろんな人に喧嘩を売ってますよ……。第一俺も去年までは海に行く暇なんてなかったですから……。



「それじゃあ明日からお願いしますね。あっ、するのは伊緒の宿題ですから……」

「わかったわ。いつも通りに莉愛ちゃんの家に行けばいいのね?」

「はい、よろしくお願いします」





 翌日、俺の部屋に四人が集まっていた。

 宿題をしていく伊緒を莉愛と大家さんが挟む形で勉強を教えていた。


 たまにちらっと俺の方を見て助けを求めてくるが、残念ながら俺にはどうすることも出来ない。

 結局休憩をするまで一度も休むことなく伊緒は宿題を取りかからされていた。



「ずいぶん進みましたね」

「この調子ながら最終日くらいは一日空きそうだな」

「それなら大家さんとの約束もしっかり果たせるね」

「大家さんとの約束?」



 莉愛が不思議そうに聞き返していた。



「そういえば莉愛にも言ってなかったな。実は今回宿題を見てもらう代わりにプールに行くことになったんだ」



 それを聞いて莉愛は一瞬ふくれ面を見せる。



「あっ、大丈夫よ。もちろんみんなで行くからね。私と有場君の二人っきりなんて考えてないから」

「そうなのですね。それならよかったです」



 莉愛がホッとした表情を見せてくる。



「そういえばさっきから伊緒が全く声を上げていないけど、大丈夫か?」

「うーっ、だいじょうぶじゃないー。おにいちゃんー、なぐさめてー」



 伊緒が机に頬杖をつきながら言ってくる。



「いや、伊緒の場合は自業自得だ」

「うっ、そ、それで何の話してるの?」

「実は大家さんも入れてみんなでプールに行こうって話をしていたんですよ」

「プール? そういえばプールは行ってないね」

「プールは行ってない?」



 大家さんが意味深に聞き返してくる。

 それを聞いて莉愛が笑みを浮かべながら答える。



「はいっ、最近海には行ってきたんですよ」



 それを聞いて大家さんの表情がまるで鬼のようなものに変わる。

 もちろんそれは莉愛達には見せずに俺にだけ見えるようにしながら……。



「有場君? そんなこと、昨日言ってなかったよね?」

「まぁ聞かれてないからな」

「もしかして莉愛ちゃんのプライベートビーチとかには行ってないよね?」

「あっ、よくわかりましたね。そうなんですよ、健斗さん達とは一緒にプライベートビーチに行ってきたんですよ」



 よほど嬉しかったのだろう、莉愛は笑顔で答える。

 ただ、今の大家さんだと火に油だ。


 余計なことになる前に俺は離れよう……。


 少しずつ距離を開けていこうとする。

 すると大家さんが俺の肩をしっかり掴んで来る。



「ねぇ、有場君。ちょっと向こうでじっくり話し合わないかしら? ちょっと拳と拳で語り合いながら」

「それって一方的に俺が殴られてませんか!?」

「大丈夫、痛いのは一瞬だから……」

「完全に気絶させてますよね、それ」



 なんとかギリギリの所で大家さんの手を逃れることに成功する。



「あっ、それなら私が二人きりにさせようと色々画策していたやつだね」

「そういえば莉愛ちゃんからの呼び方が変わっていたような……」

「うん、つまりそういうことだよ」

「なんだ、そういうことか……。それならもっと早くに言ってよ。で、いつ結婚することになったのかしら?」

「だからどうしてそんなにすぐに結婚させたがるのですか?」



 ここ数日、似たようなやりとりをしていたのでため息以上のものは出なくなっていた。



「まぁ、そういうことなら仕方ないわね。それじゃあまた今度行くときは私も誘ってね」

「それは俺じゃなくて莉愛に言ってくださいよ」

「莉愛ちゃん、良いかしら?」

「もちろんですよ」



 あっさり承諾をもらう大家さん。

 小さくガッツポーズをしていたのでこの話はもう解決したのだろう。



「それじゃあそろそろ宿題に戻りましょうか。伊緒ちゃん、あと少しだから頑張ろうね」

「少しってまだ半分も終わってないよ……」

「それなら頑張るしかないよね」



 莉愛に言われては伊緒も断り切れないのだろう。

 諦めた様子で再び宿題に取りかかっていた。





 そんな日が数日続き、そして――。



「おーーーーーわったーーーーーー!!!!」



 伊緒が宿題を天高く掲げて大声を上げていた。

 それを見て莉愛は笑みで返していた。



「お疲れ様です。ちゃんと自分で出来ましたね」

「えへへっ……」



 莉愛に頭をなでられて微笑む伊緒。

 その様子を見ているとまるで姉妹にしか見えない。



「って、私の方が年上だよ!?」



 ここで衝撃の新事実が伊緒から告げられる。



「あれっ、伊緒と莉愛って同学年じゃないのか?」

「うん、そうだよ。ただ、私の方が誕生日が早いの」



 あぁ、そういうことか。誕生日が数日早いからお姉さんぶりたくなるやつか……。



「でも見た目は――」

「お兄ちゃん、それは言ったら駄目だよ!」



 伊緒に口を塞がれる。

 よほど宿題が終わったことが嬉しいのか、いつもより更にテンションが高くなっている。



「それじゃあ明日はプールだね」

「あぁ、そうだな。それでどこのプールに行く?」



 この辺りにプールがあったかなと思い返してみる。



「あっ、それなら伊緒ちゃんなら終わると思って取っておきましたよ」



 莉愛がにっこり微笑む。

 なんだか嫌な予感がするんだけど――。


 俺の不安をよそに伊緒や大家さんは声を上げて喜んでいた。



 そして、翌日、俺の不安は的中することになった。



「えっと、莉愛? ここは?」

「えっ? もちろん神楽坂が経営する大型プールですけど?」



 目の前に広がる巨大プールを前に思わず莉愛に聞いてしまう。



「それじゃあ、俺たち以外に誰も客がいないような気がするんだけど?」

「もちろん貸し切りました。当然です」



 莉愛が嬉しそうに胸を張っていた。

 それを聞いて俺は思わず頭に手を当ててしまう。



「まぁ、莉愛ならそうするよな。予想はしていたけど。こうなるとは思っていたけど……、本当にしてくるとは……」



 不思議そうな表情で見てくる莉愛。

 まぁ、広く使えるんだから良いだろう。……と無理矢理思うことにして視線をプールの方へと向ける。



 巨大スライダーや流れるプール、波が出るものからシンプルなプールなど様々な種類のプールがある。

 ここなら大家さんは納得してくれるだろうな。



「あれっ、そういえば二人は?」

「先に出ていきましたよ。どこに行ったんでしょうね?」



 莉愛と二人で大家さん達を探してみる。

 するとスライダーの方から声が聞こえる。



「おーい、有場君もしない?」

「お兄ちゃん、楽しいよー」



 どうやら伊緒達はスライダーで遊んでいるようだった。



「あぁ言ってるがどうする?」

「えっと、私はその……、ちょっと怖いので」

「だよな。それなら俺たちは流れるプールの方にでも行ってみるか」

「はいっ!」



 嬉しそうに笑みを浮かべる莉愛。



「俺たちは流れるプールに行ってるよ。気が向いたら来てくれ!」



 伊緒達にそれだけ伝えると流れるプールの方へと向かっていく。

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