15.
長々とお待たせしてしまい申し訳ありません。
また、度々指摘にありましたお父様の地の文の呼び方を『勇吾』から『勇吾さん』に変更させていただきます。随時修正していきますので全て直し終わるまで今一度お待ちください。
帰るギリギリまでたっぷりと遊んだ俺たち。
そして、ついに帰る時間になってしまった。
「もうちょっとで夏休みも終わってしまいますね……」
残念そうな表情を見せる莉愛。
「また来年も来ればいいだろ?」
「……!? そ、そうですよね。楽しみにしていますね」
莉愛が一瞬驚いた表情を見せるものの嬉しそうにはにかんだ。
「それにしても私たちのこと、お父様に報告したらすごく驚きそうですね」
莉愛が嬉しそうに言ってくる。
ただ、勇吾さんのことだからすでに知ってそうな気もするが……。
「まぁ、まだ付き合っただけだから――」
「えぇ、付き合ってるんですよね、私たち……」
莉愛が俺の腕にしがみついてくる。
そして、嬉しそうに上目遣いを見せてくる。
「そうだな。ただ、付き合ってもすることは変わらないんだな……」
莉愛が腕にしがみついてくるのもいつも通りなので、大きく変わったことは特にないような気がした。
これならばもっと早くに莉愛を受け入れていても良かったかもしれないな。
「いえ、やっぱり気持ちが全然違いますよ。こうやって有場さんの腕を掴んでいてもいいんだって、思いますし」
前までは一応遠慮してくれていたのか?
その割には普通に繋いでいたような気がするけど……。
「そういうものか……?」
「えぇ、もちろんですよ」
にっこり微笑んで言い切ってくる彼女を見ていると本当にそういうものかと思えてくる。
そして、俺は深々とため息を吐く。
「それでいいか……。それよりもそろそろ敬語はなくしてもいいんじゃないか?」
「えっと……、そ、それはまだ……」
莉愛が困った表情を見せてくる。
「まぁ無理にとは言わないが、恋人同士なのにいつまでも敬語……と言うのもな」
「あぅ……、そ、そうですよね。で、でも、有場さんは年上ですからその……」
「それじゃあせめて名前を下の名前で呼んでくれないか?」
これなら以前も挑戦したわけだから……と再度聞いてみる。
すると莉愛は恥ずかしそうに頬を染めながらも俺の目をじっと見てくる。
そして、覚悟を決めてゆっくり小さな声で呟く。
「健斗……さん。こ、これで大丈夫ですか?」
まだ慣れないようで真っ赤に頬が染まったままだった。
「あぁ、大丈夫だ」
「そ、その、恥ずかしいですね……、やっぱり。で、でも、恋人同士なら普通……ですもんね」
「そのうち慣れると思うぞ」
「が、頑張ります!」
グッと手を握りしめる莉愛。
「まぁ、ゆっくり進んでいけばいいな。俺たちのペースで頑張っていくか……」
「はいっ!」
◇
俺たちは館へと戻ってきた。
かなり疲れは溜まっていたものの、先に勇吾さんへの報告書を完成させておこうと俺は机に向かい合っていた。
流石にこんな様子を莉愛に見せるわけにはいかなかったが、彼女もすっかり疲れていたようで自分の部屋ですでに眠りについているようだった。
だからこそ安心して報告書を作成することができていた。
えっと……、大事なことは海で遊んだことと夜の肝試し。あとは船に乗ったことと告白……は書かなくていいか。
遊びについてはこのくらいだな。
あとは写真を添えて……と。
勇吾さんへの写真を厳選してる途中で三人で写ってる写真を見つける。
これは初日に伊緒が撮ってくれたものだった。
二人が笑顔で写っているとてもいい写真。
特に莉愛の笑顔が眩しくて、思わず頬が緩んでしまう。
これは……部屋に飾っておくか。
写真に印刷したあと、部屋に飾っておいた。
「これで、一通り揃ったか……? よし、それじゃあ持っていくか」
俺は報告書を手に勇吾さんの部屋へと向かっていく。
◇
勇吾さんの部屋の前に来ると早速扉をノックする。
「誰だ?」
「有場です」
「そうか、入ってくれ」
「はい、失礼します」
ゆっくりと扉を開くとその瞬間にクラッカーが鳴らされる。
しかも前もって仕込んでいたのか、勇吾さんが引っ張ったクラッカーは一つだけなのだが、盛大にいくつものクラッカーが同時に鳴り響く。
それに思わず身構えてしまう。
「な、なんですか!?」
「いやー、噂は既に聞いているよ。ついに覚悟を決めて莉愛と一緒になることを決めてくれたんだってね。色々仕組んでいた身としてはとてもありがたいよ」
「なんでそれを……ってあの島も神楽坂のものでしたね」
「あぁ、使用人達から聞かせて貰ったよ。これはもうお祝いしないといけないと思って待っていたんだよ」
いたずらが成功したことを喜んでいる顔をする勇吾さん。
それを見て俺は冷たい視線を向ける。
「お祝いをしないといけないのなら莉愛も一緒のタイミングじゃないとダメだったんじゃないですか?」
「いや、莉愛には別のお祝いを準備しているよ。当然だろう?」
当たり前のように微笑んでくる。
その顔を見て俺はため息を吐く。
「とにかくこれが今日の報告書です。あと、わかりやすい介入をすると莉愛が怒りますので注意してくださいね」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。まさかこの私の完璧な作戦がバレてしまったのか?」
「バレバレですよ!? まぁそのことは明日にでも莉愛が話すと思いますので――」
それだけ勇吾さんに伝えると俺は自分の部屋に戻っていった。
出て行く途中も勇吾さんはなんとか俺を留めようとしていたように見えたが、それは聞こえないふりをする。
まぁこのくらいなら許されるだろう。
◇
翌日、目が覚めた俺はいつものように莉愛の部屋へと向かった。
軽く扉をノックすると中から声が聞こえる。
「有場さんですか? 入ってもらって大丈夫ですよ」
莉愛もいつものように反応してくれる。
ただ、やっぱり呼び方まで戻ってしまってるな……。
苦笑を浮かべながら扉に手をかけると再び中から声が聞こえてくる。
「あっ、すみません……。健斗……さん、でしたね。入ってください……」
慌てて言い直す莉愛。
まだまだこの呼び方に慣れてくれるのには時間がかかりそうだな。
そう思いながら部屋へと入っていく。
「おはよう、莉愛」
部屋に入ると莉愛はすでに服を着替え終えていて、髪を梳かしている最中だった。
「おはようございます、健斗さん……」
莉愛が俺の方に視線を向けてくる。
ただ、いつもしていることなのに顔が真っ赤なのはやはりこの呼び方が理由だろう。
「やっぱり慣れないか?」
「い、いえ、大丈夫です。これからのことを考えたら私も健斗さんとお呼びしたいですから……」
グッと両手を握りしめて気合いを入れる莉愛。
そんな彼女の頑張りに報いるために軽く頭を撫でる。
すると莉愛が小さく声を漏らす。
「あっ……」
恥ずかしそうな……それでいて、どこか嬉しそうな表情を見せてくる。
ただ、俺が触ってしまったことでせっかく梳いていた髪がちょっと乱れてしまう。
「あっ、すまん」
それに気づくと慌てて手を離して莉愛に謝る。
「い、いえ、大丈夫です……。そ、その……、もう少しだけ……」
「あぁ、わかったよ」
莉愛に頼まれたので再び俺は莉愛の髪を撫で始める。
するとそんなタイミングで扉がノックされる。
「こんな朝から誰でしょうか?」
唐突な来客で撫でられることが終わってしまった莉愛は少し頬を膨らませながらも扉へ近づいていく。
「はい、どちらさまですか?」
「おはようございます。遠山でございます」
「権蔵さんですか? どうかされましたか?」
莉愛が扉を開くと遠山が軽く頭を下げていた。
「はい、旦那様が本日の昼に一緒にお食事がしたいと仰っていまして。莉愛様のご都合はいかがでしょうか?」
「お父様が? 珍しいですね。私は大丈夫ですけど、健斗さんはいかがですか?」
「俺も大丈夫だぞ」
まぁ、何がしたいのかおおよそ予測が付いているが、莉愛には驚いて貰った方が良いだろうと黙っておく。
「わかりました。では、十二時頃に食堂でお待ちしております」
遠山はそれだけ伝えると部屋を出て行った。
その後ろ姿を眺めていた莉愛は不思議そうに俺に聞いてくる。
「一体お父様は何しようとしているんでしょうか?」
「単に一緒に食事をとりたかっただけじゃないのか?」
「いえ、それならこうやって確認しに来たりするはずがありませんから。相変わらずわかりやすいんですよ」
「まぁ行ってみたらわかるだろう」
「……それもそうですね」
莉愛が苦笑を浮かべていた。
「それよりもお父様には一度文句を言おうと思っていたんですよ。わざと私を怖がらせようとしていましたし――」
「まぁ勇吾さんも色々莉愛のことを考えての行動だったんだろうし、ほどほどにな……」
「大丈夫ですよ。それに報告することもありますもんね」
俺の方を向いて莉愛が微笑む。
そして、そのまま俺の方に飛びついてくる。
「えへへっ、もう離さないですよ……」
甘えてくる莉愛。
二人きりの時くらいはまぁ甘えさせてあげてもいいよな。
俺は苦笑いしながらもそっと莉愛の腰に手を回す。
すると彼女は嬉しそうにはにかんでくれる。
◇
しばらく俺たちは二人、部屋でのんびりしていると気がついたときには昼前になっていた。
「時間が経つのって早いですね」
莉愛が残念そうに口を尖らせていた。
「まぁな……。ただ、食事が終わったらまた戻ってくるんだろう? 学校が始まるまでは莉愛のために時間を作るから――」
「はい、ありがとうございます……」
嬉しそうに微笑む莉愛。
そんな莉愛に対して俺は手を差し伸べる。
「それじゃあ食堂に行くか」
「はいっ!」
◇
食堂に入ると俺のときに鳴らされたようなクラッカーとは違い突然大きなくす玉が割られる。
その中に入っていた紙吹雪が俺たちの頭上に降り注ぐ。
「わっ……」
莉愛が驚きのあまり声を漏らす。
そして、俺たちを歓迎するように勇吾さんや伊緒、そして、遠山達が拍手していた。
「えっと、これは?」
勇吾さんの方に視線を向けて問いかける。
「もちろん有場君と莉愛が無事に付き合ってくれたことのお祝いだよ。当然じゃないか?」
「莉愛ちゃん、おめでとう。お兄ちゃんと幸せにねー」
伊緒もお祝いをしてくれる。
ただ、これだとまるで結婚式だ。
くす玉から紙吹雪の他に出ていた紙にしっかりと『お兄ちゃん、莉愛ちゃん、お付き合いおめでとう』と書かれていたから本当にただのお祝いに違いないみたいだった。
それにしては食堂の中央に置かれている巨大なケーキがすごく気になってしまう。
「お祝いにしてはあのケーキは大きくないか?」
何段にも積み重なった生クリームのケーキ。
写真とかでしか見たことのないそれを見て俺は嫌な汗が流れる。
先ほど結婚式に見えたのも大半がこれのせいだろう。
ケーキ入刀で使うようなものがドンと置かれている。
ただ、困惑する俺とは違い莉愛は目を輝かせていた。
「あ、ありがとうございます」
うれしさのあまり、勇吾さんや伊緒に対して何度もお礼を言っていた。
「大切な莉愛がようやく有場君と付き合ってくれたんだ。このくらいさせてもらうよ」
「うんうん、莉愛ちゃんのためだもんね」
「それよりもほらっ、ちゃんとケーキを切り分ける包丁を準備したよ。莉愛、有場くんも。一緒にケーキを切るといいよ」
……やっぱりこれは――。
「どう見てもこれは結婚式だろ!」
「いや、似たようなものだからね。だって君が莉愛を選んでくれたってことは婚約することも含めて承諾してくれたってことだろう?」
「うっ……、た、確かにそこは考えていたが……」
「なら何も問題ないよ。遠慮なく切っちゃってくれ」
「そう……だな。早いか遅いかな違いくらいだもんな……莉愛もいいか?」
「う、うん、健斗さんと一緒なら……」
それから俺たちは見守られながらケーキを切り分ける。
少し切るだけではなく、完全に切り分けたのは最後の抵抗からだった。
そして、分け終わったら皆で食事をしていった。
「あっ、そういえばお父様、私が怖がるように色んな仕掛けをしていたみたいですね?」
食事中、表情を変えずに話す莉愛に勇吾さんはその動きを止める。
隣にいるだけで何も関係ない俺ですら背筋が凍りそうになるその表情。
ただ声を発せずに料理を食べておくことしかできなかった。
「そ、そんなことないよ。わ、私としては莉愛たちに楽しんでもらおうと……」
「それならその時の写真はいりませんよね?」
にっこり微笑む莉愛に勇吾さんは冷や汗を垂らしていた。
「しゃ、写真? 何のことかな?」
「お父様がいつも写真を撮っていたのは知ってますよ? これも記念になるかなと何も言ってませんでしたが、肝試しの時の写真を返してもらっても……」
「す、すまなかった。もうあんなことはしない」
勇吾さんが青い顔をして莉愛に謝っていた。
それを見て俺は莉愛を怒らせないように注意しよう……と思うのだった。




