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社畜さん、ヒモになる〜助けた少女は大富豪の令嬢だった〜  作者: 空野進
第二部

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14.

柔らかい枕を手に持つことを推奨します。(叩けるように)

 食事を終えるとなぜか二人とも俺の部屋にこもっていた。



「……どうしてこの部屋にいるんだ?」

「えっ、お兄ちゃんの看病をするんだよね?私もするよ」

「い、伊緒ちゃんだけには任せておけません。私も有場さんのお世話をします」

「……いや、ゆっくり休ませてくれ――」



 すぐそばで騒ぎあってる莉愛たちに呆れながら、俺はベッドで横になっていた。



 ◇



 体調は次の日には元に戻り、それからは莉愛や伊緒に誘われるがまま遊びまわっていた。

 そして、気がつくと最終日の前日になっていた。



「楽しい時間は早いですね……」



 莉愛がおもむろに呟いていた。



「そうだな……」

「明日はもう帰りますので、遊べるのも今日が最後ですね」

「まぁ、昨日までも思いっきり遊んでたもんな。最後の日だから思いっきり遊ぶか……」

「はい!」



 莉愛が大きく頷いてくる。



「そういえば伊緒はどこに行ったのでしょうね?」

「いつもなら朝から呼びにくるのだけどな……」



 もう日が昇ってるのに伊緒が姿を現さない。

 そのことを不思議に思い、俺たちは伊緒がいた部屋へと向かっていった。

 すると彼女の部屋はもぬけの殻だった。

 テーブルの上には手紙が一枚置かれていた。



『少し用ができましたので、先に帰ります。執事さんには伝えてあるけど、一応念のために手紙も残します。莉愛ちゃん、お兄ちゃんはあと一日、ゆっくり楽しんできてね』



 伊緒が舌を出して笑っている様子が目に浮かぶ。

 おそらく伊緒はこうなるようにわざと一日早く帰ったんだろう。



「全く……、変な気を使いやがって……」



 俺は溜息を吐きながら手紙をテーブルへと戻す。



「そ、それでどうしましょうか?」

「まぁ、楽しんでこいって書いてあるわけだし、二人で遊べばいいんじゃないか?」

「そうですよね……うん、それじゃあ二人で海に行きましょうか」

「そうだな……。それじゃあ水着に着替えたあと、海で集まるか」

「はいっ!」



 笑顔で頷いた莉愛が自分の部屋へと戻っていく。

 それを見届けたあと、俺も自分の部屋に入っていく。


 ◇


 先に着替え終えた俺は一人、ビーチのレジャーシートに座り、莉愛の事を待っていた。

 するとしばらく待つと館の方から小走りに莉愛がやってくる。



「お、お待たせして申し訳ありません」

「いや、大丈夫だ。……っ!?」



 莉愛の方を振り向いて思わず口を詰まらせてしまう。


 今まで莉愛は伊緒がいた時の比較的露出が少ない水着を着ていたので油断してしまった。


 今回莉愛が着ていたのは白いフリルがたくさんつけられていたビキニだった。



「あっ……、えっと、その……」



 何かあった方がいいのかと必死に思考を回転させるが、うまく言葉が出ない。

 すると莉愛が恥ずかしそうに言ってくる。



「あははっ……、さすがにこの格好は恥ずかしいですね……」

「でも、すごく似合っているよ……」



 莉愛が話してくれる事で驚くほどすんなり言葉を発することができた。

 すると今度は莉愛が顔を真っ赤にしてうつ向けていた。



「あ、ありがとうございます……」



 真っ赤な顔をしながら俺の隣に座る莉愛。



「そ、その……、少し大胆すぎたかなとも思ったんです……。で、でも、有場さんに見てもらいたいなって思って……」



 もぞもぞと体を動かして、なんとか照れを誤魔化そうとしている。

 それでも顔は真っ赤で本当に恥ずかしそうだ。



「そんなに無理をしなくても……」

「い、いえ、有場さんのためなら……」



 莉愛のこの気持ちはありがたいのだけれど、本当に良かったのかな?


 あまりに恥ずかしいのなら……と思ったが、隣に座っていた莉愛がゆっくり俺の方へ頭を預けてくる。

 トンッと肩に乗せられ、少し莉愛の温もりを感じる。



「えっと、莉愛?」

「その……、二人ですから、ちょっとだけこうしても良いですか?」



 やってから聞くのはどうなんだ?

 とも思うが、別に断る理由もないので俺は頷いていた。


 そして、二人で肩を寄せ合って流れる波を眺めていた。



「明日には帰ってしまうのですね……」

「まぁな。楽しかったか?」

「はいっ。こんなに楽しい夏休み、初めてです」



 莉愛が嬉しそうに笑みを見せてくれる。



「そこまで言ってくれるとありがたいな」

「有場さんは今までどんな夏を過ごされてきたのですか?」

「どんな夏を……か」



 莉愛に逆に尋ねられて去年の夏のことを思い出す。


 節電と言われて冷房が消された部屋で、うちわで扇ぎながら必死に仕事をしていた。

 熱中症で倒れると「気合いが足りない」と言ってくる上司。

 今思えばどう考えてもおかしい職場だったが、その頃は感覚が麻痺していたのだろう。

 仕事をしないと、という感覚に襲われていた。


 そんな過去を思い出して思わず苦笑を浮かべる。



「ど、どうかしました?」

「いや、何でもないよ。こうやって莉愛と一緒にいられるのは幸せだなって思って――」

「そ、それは私も……です」

「あと、さっきの質問だな。俺も今までろくな夏を過ごしてこなかったよ。今年が一番楽しい夏だよ」

「それなら私と同じですね」



 にっこりと微笑む莉愛。

 すると莉愛がゆっくり俺の手の上に自分の手を重ねてくる。



「莉愛?」

「……えへへっ」



 どうやら莉愛がわざと手を重ねてきたようだった。

 はにかんでくる莉愛。

 それならと俺はその手を握り返す。



「あっ……」

「こっちのほうがいいだろう?」

「……はいっ」



 一瞬驚いて目を細めたものの、すぐに笑みを見せて大きく頷いてくる。



「それにしても静かだな……」

「はい、基本的に執事の人たちは邪魔しないように裏で控えてくれてますから。それにこの島は私たちの他は誰もいないので――」

「波の音しか聞こえないな……」

「はい……。あと私は心臓の音が――」



 顔を染めて俺の顔を見ながら答えてくる。

 確かにここまで静かだと鼓動の音すら聞こえてきそうだ。



「そうだな……。俺も――」

「本当ですか?」



 莉愛が俺の胸元に顔を当ててくる。



「お、おいっ……」



 突然莉愛が近付いてくるものだから俺の鼓動は更に早くなる。



「本当ですね。すごく速いです……」



 しばらく顔をつけていた莉愛がちょっと離れて上目遣いを見せてくる。

 その顔はやはり赤く染まっていた。



「わ、私の方はどうですか?」



 莉愛が自分の胸元に手を当てて聞いてくる。

 ただ、さすがに莉愛と同じことは出来ない……。



「そ、そうだな……。さ、さすがに……な」

「大丈夫ですよ……。ど、どうぞ……」



 莉愛が俺の手を掴んできて、自分の胸元に当ててくる。

 さすがに突然のことで反応が遅れ、そのまま莉愛の胸に触れてしまう。



「ど、どうでしょうか……?」



 顔を真っ赤にした莉愛が聞いてくるが、俺にはその柔らかい感触のせいで鼓動の音には全然集中できない。


 でも何か答えないと今の状況から解放されないと俺は必死に首を縦に振る。



「そ、そうだな。すごく速くなってるな、うん」



 実際には俺自身の鼓動が速くなっているのだが。

 ただ、それで満足してくれたようで顔を赤くしながらも俺の手を離してくれる。



「ですよね……」



 それからなんだか妙に恥ずかしくなって、二人、無言で海を眺めていた。



「戻ったらあと少しで学校が始まってしまいますね……」

「そういえば莉愛は夏休みの宿題、終わってるのか?」

「もちろんですよ。そこはしっかり終わらせておかないとたっぷり遊べませんからね」

「さすがだな。俺は学生の頃、宿題はギリギリまでしないタイプだったからな」

「伊緒ちゃんがそっちのタイプですね。いつも終わりの方に大変そうにしています」



その姿があまりにも容易に浮かんできたので思わず微笑んでしまう。



「確かにそれは伊緒っぽいな」

「もっと早くにすれば楽なんですけどね」

「まぁ、結果的に終わってたらいいんだからな」

「えぇ、だから思いっきり遊ぶなら先にしておいたほうがいいんですけどね……」



くすくすと莉愛も微笑んでいた。



「それなら俺たちもギリギリまで遊んでおくか」



体を起こすと莉愛に向けて手を差し出す。

それを見て莉愛も笑みを浮かべる。



「そうですね。まだ遊べる時間ですもんね」



莉愛が俺の手を握り返してくれるので、その体を起こす。

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