4.
「荷物、重いだろう? 俺が持つよ」
莉愛が持っていた水着の入った大きな袋を代わりにもつ。
「ありがとうございます……」
「それより、次は何を見るんだ?」
「目的は水着だったのでこれで果たされたんですよね。どうしましょうか?」
「水着……か」
そういえば俺もずいぶん昔に使ったきり、水着を取り出したこともなかったけど、まだ履けるよな?
「もしかして、有場さんも水着を買いますか? それなら私が選んであげますよ!」
俺が少し考え込むと莉愛がぐっと前のめりになりながら言ってくる。
「あっ、いや……、そうだな。選んでくれるか」
「はいっ」
一瞬迷ったもののどうせなら一着くらい買っておくのも悪くないと頷く。
すると莉愛が嬉しそうに笑顔を見せてくれる。
「それじゃあ男の人用の水着を探しに行きましょう!」
莉愛が腕を掴むと二人でショッピングモール内を探して回る。
しかし、女性服ばかりが並んでいて男物の店が近くには見当たらなかった。
この付近ではないのだろうか?
「うーん、ないですね……」
「もしかするともっと離れた場所にあるのかもな」
「そうかもしれませんね」
確かマップが中央にあるらしい。
そこを見に行くべきかもしれないな。
いや、こうやって探して見て回るのも醍醐味か……。
莉愛も楽しそうにしてるわけだし。
「ただ、ここは広すぎるな。一日で見て回れるか?」
「見つからなかったら明日も来ましょう」
結局見つかるまで探すことになりそうだ。
中央の近くまで行ったらマップを見るか。
◇
しばらく探していると男向けが置かれている店を発見した。
二日続けてショッピングモールに来ると言うことは回避されたようだな。
「見つかりましたね」
嬉しそうに早速水着を探し始める莉愛。
男用の水着を真剣に見つめる莉愛の姿はシュールだった。
「えっと、俺が選ぶから莉愛は見ててくれて良いんだぞ?」
「いえ、せっかくですから私も有場さんに似合いそうなものを探してみます」
そこまで言ってくれるのはありがたいのだが……。
仕方ない、さっさと決めてしまうしかないか。
「わかったよ、それで決めてしまおうか」
「はいっ」
◇
結局莉愛は一つに決めきれずに俺の目の前には男用水着が全て並べられた。
「どれも有場さんに似合いそうでしたから……」
「いや、まぁそうなるか……。それじゃあ俺はこれでいいかな」
適当に一枚選びだそうとするが、莉愛が何か思いついたように言ってくる。
「全部似合うなら全部買えば良いんですね。すみませーん、ちょっといいですか?」
「はぁ……?」
今莉愛がとんでもないことを言い出さなかったか?
いや、一回自分のときでやってるんだからそれをしてきてもおかしくないが、それでもこんなに水着があったとしても使い切れる気がしないんだが……。
「ちょ、ちょっと待て、莉愛。さすがに俺にはこの量は――」
「お待たせしました。どうかされましたか?」
俺が制止させるより早く店員が来てしまった。
「この水着、端から端まで全部下さい!」
にっこり微笑みながら莉愛が言うと店員は固まってしまう。
「えっと、この水着を全て……でよろしいのでしょうか?」
「はいっ!」
莉愛が元気よく返事すると店員が本当に良いのかとチラチラ俺の方を見てくる。
うん、その気持ちよくわかるぞ。
俺はため息交じりに答える。
「……あぁ、それで頼むよ」
「わ、わかりました。しょ、少々お待ち下さいー!」
さすがにこんな注文は受けたことがないんだろうな。
店員が動揺しながら一つずつ袋に詰めていく。
……そういえば今までも莉愛は無茶な注文してきたけど、あまり動揺されなかったな。
もしかして、今までの所は莉愛がよく大量に買ってるところなのか?
そんなことを思いながら俺は店員から大量の袋をもらう。
「こんなに水着を買っても使い切れないだろう?」
「そんなことないですよ。その日の気分で着たい水着を選ぶわけですから、いくらあっても足りないですよ」
にっこり微笑む莉愛。
ただ、その感覚がいまいち理解できない。
でも、莉愛と過ごしていく以上、それは理解する必要があるんだろうな。
◇
これで買い物は全部終わった。案外すぐに終わってしまったな。
さて、ここからどうするか……。
「他に行きたいところはあるか?」
「私は大丈夫ですよ。でも、まだ帰るには早いですよね?」
「そうだよな。ちょっとマップを見てみるか……」
本当なら初めにやるべきだったんだろうな。
今更気づいたことを苦笑しつつ、俺たちはショッピングモールの中央にあるマップを見てみる。
俺たちが行った服屋はほんの一部で他にもレストラン街や大型本屋、他にも電気屋や家具屋、その他にもカラオケや映画館といった様々な施設があった。
広いと思っていたが、本当にいろんな店があったんだな……。
この中で莉愛と行くなら……。
「せっかくだし、映画でも見に行くか?」
「映画……行ったことないです。行ってみたいです!」
莉愛が目を輝かせる。
たしかに莉愛くらいなら自宅で見たりすることができそうだもんな。
「よし、それなら今何がやっているかわからないが見に行ってみるか」
「はいっ」
嬉しそうにする莉愛と二人、映画館がある方へと向かって進んでいった。
◇
「えっと、今やってるやつは……」
恋愛系のやつが一つ、ホラー系が一つ、あとは国民的アニメのものが一つ……か。
莉愛とみるなら恋愛系が良いのか?
そんなことを思いながら莉愛の顔を見ると彼女はなぜかホラーの方に視線を向けていた。
「えっと……、流石にそれは莉愛だと怖いんじゃないか?」
「い、いえ、ただこれは伊緒ちゃんが面白かったって言ってたやつなんですよ……」
なるほどな。伊緒だったらホラー系のものでも喜んで見そうだし……。
「あの、有場さん……、ご迷惑じゃなかったらですけど、私とあの映画を見てもらえませんか?」
莉愛がホラーの映画を指差していた。
少し目に涙を浮かべている様子を見ると一人じゃ怖くて見られないということだろう。
でも、伊緒が話していたから見てみたい……という好奇心には勝てなかったと。
「わかったよ、それじゃああの映画を見てみるか」
「はいっ、ありがとうございます」
嬉しそうな莉愛と一緒にチケット売り場へと向かっていく。
そして、チケットを買うと、売店で飲み物とポップコーンを買う。
それを持って莉愛と二人並んで席に座る。
ただ、始まる前から莉愛は俺の手をギュッと握っていた。
「あ、有場さん、この手を離さないでくださいね……」
目に涙を浮かべてる莉愛。
「わかってるよ。俺がそばにいるから大丈夫だ」
安心させるように頭を撫でながら莉愛を落ち着かせる。
「それよりもそろそろ始まるぞ」
「……は、はいっ」
映画開始とともに莉愛が真剣な表情でスクリーンを眺め始まる。
◇
「うーん、平凡なホラー映画だな……」
スクリーンにはいかにも驚かそうとしてる幽霊がデカデカと映っている。
それを見て俺は小声でつぶやく。
ただ隣の莉愛は俺の腕にしっかりしがみついて、顔を埋めていた。
「うぅ……」
その体が小刻みに震えていることからかなり怯えていることがわかる。
「大丈夫か? 怖いなら外に……」
「い、いえ、最後まで見ます……」
「そうは言ってもなぁ……」
この状態を果たして見ていると言っていいのか……。
まぁ莉愛がそうしたいならさせてあげるべきだな。
「あ、有場さん……、幽霊がいなくなったら言ってくださいね……」
「ちょうど今は映ってないぞ」
スクリーンを確認した上で教えてあげる。
すると莉愛が恐る恐るスクリーンに顔を向ける。ただ、そのタイミングが悪く、莉愛が見た瞬間に画面には血まみれの幽霊が映される。
「……っ!!!?」
莉愛が声にもならない声を上げて、再び俺にしがみつく。
「あ、有場さん……」
恨めしそうな涙目を向けてくる莉愛。
「すまん、わざとじゃないんだ……」
小さく頭を下げると再び莉愛は俺の方に顔を埋めてくる。
それから周りの悲鳴に合わせるように莉愛が悲鳴をあげたり、油断をして画面を見た瞬間に幽霊が映り、再び俺の体にしがみついたりと何かと忙しそうにしていた。
ほとんど画面は見ていないながらもなんだか一番この映画を楽しんでいるのは莉愛じゃないかと思えてくる。
そして、エンディングが流れる。
「莉愛、もう終わりだから大丈夫だぞ……」
「うぅ……、ほ、本当ですか……?」
「あぁ、本当だ……」
何度か大丈夫だと思って幽霊を見たからか、かなり怯えながらゆっくり顔を上げていく。
「本当……です。うぅ……、怖かったです……」
もう大丈夫だとわかると改めて莉愛が泣き出していた。
莉愛が落ち着くまでしばらく俺は彼女の頭を撫で続けた。そして、ようやく落ち着いてきたときにポツリと莉愛が呟く。
「伊緒ちゃんがとっても面白かったって言ってたんですよ。だから信じてたのに……」
「でも、伊緒って莉愛が怖いものが苦手なことを知ってるのか?」
「……そういえば教えたことなかったです」
「それが原因だな。怖いものがダメだと知っていたら伊緒も勧めてこなかっただろうな」
「うぅ……。そ、そうですね。今度伊緒ちゃんには話しておきますね」
「でも、せっかく映画に来たのにまともに見られなかったな……」
莉愛がずっと怖がっていたので、俺もあまり意識して見られなかった。
すると、莉愛は申し訳なさそうに言ってくる。
「それならもう一つ、見ていきませんか? 今度は怖くないやつを……」
「そうだな。時間もまだあるし見ていくか」
俺が頷くと莉愛がホッとしたようで再び腕を掴んでくる。
「それじゃあ今度はこっちの恋愛モノを見ましょう」
今度は笑顔で進んでいく。
やはり、莉愛はこっちが見たかったんだな。
苦笑を浮かべながら俺は莉愛と一緒に受付でチケットを買う。
◇
「よかったですね。やっぱり、最後にはちゃんと付き合ってくれたところがよかったです!」
恋愛映画はよほど莉愛の趣向に合っていたようで、終わった後も興奮冷めやらぬ様子だった。
すごく話したそうにしていたので、俺たちは近くのカフェに入ると莉愛はグッと前のめりになりながらよかったところを必死に話していた。
「有場さんもそう思いますよね! やっぱり婚約をしていたら多少の困難があっても最後には結ばれて欲しいですよね?」
映画の話か?
そんなシーンあったかなと思い返しながら頷いていた。
「そうだな。やっぱり物語はハッピーエンドで終わって欲しいな」
「有場さんも私と同じ気持ちでよかったです。それなら安心ですね」
にっこりと今日一番の笑顔を見せてくる莉愛。
やっぱり最後にもう一度恋愛映画を観てよかったな。
「あっ、そうだ。来週はいよいよお祭りがあるみたいですね。一緒に行きましょうね」
「そうだな。楽しみにしておくな」
「はいっ!」
莉愛は大きく頷くと目の前に置かれているカフェオレを飲んでいく。
◇
そして、その日の夜。
寝る準備を終えた俺がベッドに入ろうとすると軽く扉がノックされる。
こんな時間に誰が来たんだ?
いつもなら誰もこない時間帯なのに……。
恐る恐る扉に近づいていく。
なんだか不気味に感じるのはやはりホラー映画を見たからだろうか?
「誰だ?」
扉の先にいるであろう人物に対して問いかける。
すると、震える声が返ってくる。
「私です。莉愛です。有場さん、ちょっといいですか?」
なんだ、莉愛か……。
俺は少し安心するとゆっくり扉をあけて行く。
すると大きなぬいぐるみをぎゅっと抱きしめながら顔を俯けている莉愛の姿が見えていく。
「どうしたんだ?」
「あの……、その……、ちょっと怖くなってしまって……」
あぁ、あのホラー映画を見たせいか……。
「それで、有場さん、一緒に寝てもらってもいいですか?」
そんな状態の莉愛を一人にさせる……ということはできず、俺は頷く以外の選択肢を選ばなかった。
すると莉愛が本当に嬉しそうに頷いてくれる。
「ありがとうございます」
一礼だけすると、そのまま俺のベッドに飛び込んでいく。
そんな子供っぽい仕草を見せる莉愛を微笑ましく思う。
「有場さんの匂い……」
莉愛が布団に入るとなぜか布団に顔を埋めて匂いを嗅いでいた。
「お、俺、そんなに匂いするのか?」
「はい、とってもいい香りがしますよ……」
莉愛のその反応に俺はおもわず自分の匂いを嗅いでしまった。
うん、特に匂いはしないな……。
俺が自分の臭いを気にしている間に莉愛はようやく安心できたのか、布団の中ですやすやと寝息を立てていた。
それを見て俺は小さく微笑む。
「しかたないな……。俺はどこで寝るかな……」
別にカーペットの所でも寝られるか……と適当にタオルケットを持ってきて、寝転がる。
「莉愛、お休み……」
それだけ告げるとゆっくり目を閉じていった。




