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社畜さん、ヒモになる〜助けた少女は大富豪の令嬢だった〜  作者: 空野進
第一部

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12.

 帰りの車に乗り込むと莉愛はすぐに眠りについていた。

 俺の手をしっかり握りながら――。


 朝早くから弁当を作ってくれた上で一日遊んでいたわけだもんな。

 疲れても仕方ないだろう。

 昼間に少し寝たといっても一時間程度だからな。


 隣で眠る莉愛の頭を空いてる手でゆっくりなでると気持ちよさそうに微笑んでいた。


 そして、館に着くと莉愛を抱え、彼女の部屋へと連れて行った。

 本当なら服を着替えさせた方が良いのだろうが、そこまですることも出来ずそのまま寝かせる。


 一人部屋に戻ってくると忘れる前に今日の出来事を紙にまとめていく。

 流石の俺も遊び疲れで眠い。


 この眠気と戦う様は会社で働いていたときのことを思い出す。

 まぁ、今回は遊園地のいいところと悪いところをまとめるだけでいいわけだからそこまで大変ではない。

 おそらく日が変わるくらいには寝られるだろう。

 そんなことを思いながら机と向き合った。


 ◇


 翌日、早朝に俺は勇吾さんを訪ねていた。

 部屋の前にやってくると軽くノックをしてみる。



「有場です。昨日の報告に来させてもらいました」

「入ってくれ」



 扉を開けると勇吾さんはすでに何かの書類仕事をしているようだった。



「それで昨日の報告……ということだが、それはもしかして――」

「えぇ、遊園地についてまとめた報告書です」

「ついに莉愛と付き合い……えっ!?」



 勇吾さんが驚きの声を上げる。

 何かと勘違いしたようだ。

 俺は昨日の夜にまとめあげた書類を勇吾さんに渡す。



「どうぞ、また余裕があるときに一読してください」

「あ、あぁ……。こ、ここまでしてくれるとは……、そ、その、私としては二人で楽しんできてくれたら良かったのだが……。君達を実際に見て問題点を洗い出そうとしてたわけだから……」



 勇吾さんはなんとも言えない様子で乾いた笑みを浮かべていた。



「それで、遊園地に行った莉愛はどんな感じだった?」

「とても楽しそうでしたよ。怖い乗り物に乗ってないときは終始笑顔だったと思います」

「そうか……。昔から莉愛を遊びに連れていく……ということはほとんどできなかったからね。できればこれからもよろしく頼むよ」

「かしこまりました」



 勇吾さんに頭を下げたあと、俺は部屋を出ていく。


 ◇


 そして、次に莉愛の部屋へと向かった。

 一応今日からまた学校が始まるので、送り迎えをしないといけなかった。


 まずは扉をノックすると中から声が聞こえてくる。



「有場さんですか? 少し待ってもらってもいいですか?」

「あぁ、わかった」



 莉愛が出てくるのを待ち、一緒に食堂へと向かう。



「昨日は楽しかったですね」



 朝食を食べながら莉愛が楽しそうに話しかけてくる。

 今日は機嫌がいいのか一段と明るい雰囲気だ。

 すると、そんな時に激しい音を鳴らし、食堂の扉が開いた。



「有場くん! よかった、ここにいたか……」



 呼吸を荒くしながら勇吾さんが食堂へ入ってくる。


 必死になって俺を探していたようだが、一体なんのようだろうか?



「どうかされましたか?」

「あぁ、実は先ほどの報告書のことなんだが……」



 もしかして報告書に何か問題があったのだろうか?

 全アトラクション回れなかったわけだもんな。



 怒られる要因を必死に頭を回し考えてみる。



「申し訳ありません! すぐに訂正して……」



 頭を下げてまず謝るところから始めるのは職業病なんだろうな。

 ただ、勇吾さんの表情は怒っているわけではなく、むしろ笑顔であった。



「まさかこれほどの報告書をわずか一日であげてくれるなんて思わなかったぞ。いや、本当にありがたい……」

「は、はぁ……」



 勇吾さんの反応に俺はわけもわからずに頷く。



「本音を言えば君をこのまま私の会社に勧誘したい所なんだが……」

「絶対にダメですよ!」



 莉愛が俺の腕にしがみついて勇吾さんを威嚇する。



「まぁ、そうなるよな。わかってるさ、だからまた新しく店を開くときとか、莉愛と一緒に出かけて貰うと思うがそれは構わないか?」

「それって昨日みたいに……ということですか?」



 昨日は仕事……というよりデートに近い感覚だった。



「まぁそうなるな。無理に……とは言わないが、今回の働きで私は改めて君が欲しくなった。だからまたよろしく頼む」



 手を差しだしてくる勇吾さん。

 それを払いのける莉愛。


 ……。



「いや、莉愛。今の欲しい……は仕事に協力して欲しいってことだぞ?」



 勇吾さんが苦笑を浮かべる。



「わかりました。俺もこの家に住まわせて貰ってる身ですから、できることはさせていただきます」

「ありがとう、助かるよ。それと、もう一つ、聞いても良いか?」



 今度は莉愛に聞こえないように小声で聞いてくる。

 俺もそれに合わせるように声を落とす。



「それで莉愛とはどこまで行ったんだい?」

「どこまで……? 普通に遊園地まで行ってきましたけど?」

「そういうことを言ってるんじゃないよ。莉愛はとても可愛い子だろう? そんなこと一緒に遊園地に行ったんだ。何も起こらないなんてないだろう?」



 まるで何か知っているような目つきで聞いてくる。

 ただ、俺は平静を装いながら伝える。



「いえ、特に何もありませんよ……」



 色々とあったが、それはわざわざ勇吾さんに言うことでもないだろうからな。

 それを伝えると残念そうな顔で勇吾さんは考え始めていた。



「遊園地程度じゃあれ以上の進展はダメか……。もっと、特別な場所を考えないと――」



 ブツブツ何かを言い出す勇吾さんから視線を離すと時計をみる。

 すでに時間はギリギリでそろそろ伊緒が待っている頃だろう。



「莉愛、そろそろ行かないとまずいぞ!」

「わ、わかりました。行きましょう!」



 俺たちは勇吾さんだけを食堂において、慌てて部屋を飛び出していった。


 ◇


 莉愛と二人で伊緒が来るのを待っていた。

 すると伊緒が慌てた様子で走ってやってくる。



「ごめん、莉愛ちゃん、お兄ちゃん。その、寝坊しちゃって……」

「大丈夫、まだ間に合うぞ」



 ギリギリではあるもののまだ十分間に合う時間だった。



「それじゃあ早速向かいましょうか」



 俺たち三人は学校へと向かっていく。

 すると伊緒が俺たちのカバンに付いているペンギンに気がついて言ってくる。



「もしかして、それってペアグッズ?」

「そうですよ。昨日、有場さんと一緒に遊園地に行ってきたんですよ」



 莉愛が笑みを浮かべながら話すと伊緒が羨ましそうにペンギンを見る。



「いいなぁ……。私も行きたかったなぁ……」

「それなら今度は一緒に行きましょう」

「えっ、いいの? やったー! 約束だよ!」



 喜ぶ伊緒が、そのテンションのまま駆け足で学校の方へ向かっていく。

 そんな二人を微笑ましく思いながら学校まで送っていく。


 ◇


 一人、家に戻ってくるとちょうど勇吾さんが館から出て行こうとしていた。



「有場くん、少し出てくるよ。君の報告書を会社に持っていく必要があるからね。この問題を改善するまでしばらくは家に帰ってこれないと思う……」

「わかりました」



 わざわざ持っていく必要もなさそうだけど……。

 俺の他にスタッフも見ていただろうし、あのくらいのことなら勇吾さんの方でも把握してたはずだ。



「また私が戻ってくるまで、莉愛のことをよろしく頼むよ」



 それだけ言うと勇吾さんは車に乗り込んでどこかへ行ってしまった。




 ◇◇◇◇◇




 勇吾さんが出て行って一月ほど過ぎた。

 いつも通り三人で学校へ向かっているその途中、伊緒が不安そうな表情を見せてくる。



「伊緒ちゃん、どうかしたのですか?」

「もうすぐ中間テストでしょ。私、自信ないから……」



 もうそんな時期なのか。

 そういえば俺もあまり自信はなかったな。それでもほとんど勉強もしなかったが……。


「私も今回はあまり自信がないんですよ……」



 莉愛も顔を伏せていた。


 流石にそれは意外だな。莉愛は勉強はできると思ってたのに……。



「でも、莉愛ちゃんいつも学年で上位でしょ? 私なんて下から数えた方が早いくらいだし、……そうだ! 莉愛ちゃん、私と一緒に勉強しない? それだと莉愛ちゃんにもお兄ちゃんにも勉強を見てもらえるからね」

「私は良いですけど――」



 莉愛が首を捻りながら俺を見てくる。


 いいの? って聞きたいのだろうな。



「俺もいいが、教えられることなんて何もないと思うぞ」

「そんなことないよ。お兄ちゃんって私たちより年上でしょ? きっと何でも知ってるよ」

「年上だからと言って勉強ができるわけじゃないぞ。まぁわかる範囲なら教えてやるが……」



 正直あまり自信はない。でも、莉愛がいるから大丈夫か……。


 その返事を聞き、伊緒は嬉しそうに両手を挙げて喜んでいた。



「わーい、それじゃあ早速今日の放課後から行くね」

「わかりました。私も楽しみにしてますね」





 放課後、なぜか俺の部屋に集まる莉愛と伊緒。



「有場さんの部屋が一番ものが少なくて勉強が捗りますからね」



 うん、確かに莉愛と買い物に行って以来特に増やすことなくそのままだった。

 だからこの部屋にはテーブルや椅子、ベッドといったものしか置かれていない。


 でも、他にも空き部屋があるのにわざわざ俺の部屋を選ばなくても……。


 ただ、莉愛達は真面目に勉強をしているだけなのでこれ以上俺から何か言うのも野暮というものだろう。


 テーブルの上に広げられた何枚ものノート。

 それぞれの性格が露骨に反映されているそれは莉愛のはわかりやすく整っていて、大事なところは一目でわかるようになっている。

 一方の伊緒のノートは……。



「……このノート、何も書かれていないぞ?」



 なぜか伊緒のノートは真っ白で授業内容のことは一切書かれていなかった。



「えっと、ほらっ、学校って眠たくなるでしょ?」

「伊緒は授業中は寝てばかりなんですよ。だから大事なところが写せていないんですよ」



 莉愛が口を酸っぱくして伊緒を注意する。

 彼女のそんな様子は珍しいので興味深く眺める。



「大丈夫、今日から必死に莉愛のノートを写すから」

「写すだけじゃ勉強にならないんですよ、全く……」



 そう言いながらノートを渡してあげるあたり莉愛は優しいなと思う。

 ただ、しばらくは俺の出番はなさそうだな。


 苦笑を浮かべながら部屋を出て行こうと立ち上がる。



「有場さん、どこか行かれるのですか?」

「いや、二人とも頑張っているからな。ちょっと飲み物やつまめるようなものを買ってくるよ」

「わーい、私、ポテチが良いな」

「ちょっと、伊緒! もう……、すみません……」

「いや、俺から言い出したことだ。気にするな」



 それに莉愛達が黙々と勉強をしている中、一人ジッと見ているのは耐えられる自信がないからな。

 部屋から出て行くと、そのまま館の外へと向かっていった。



「まぁ、多めに買っておいた方が良いよな」



 俺は近くのコンビニで両手一杯のお菓子や飲み物を買ってくる。

 今日だけだととても食べきれない量だろうが、これからテストまで何回も来ると考えればすぐになくなってしまうだろう。


 そう思いながら館に戻っていると道歩く大家さんを発見する。

 何かを探すようにキョロキョロと周りを見ている様子だった。


 どこからどう見ても不審者だ……。

 それにアパートから結構遠い、莉愛の家の近くなのにどうしてこんな所にいるのだろうか?


 そんな疑問が浮かびながらもせっかく会えたのだからと声をかける。



「大家さん、どうかしましたか?」

「わっ!? ……って有場さんか――。驚かさないでくださいよ……」



 悲鳴を上げて驚く大家さん。

 急だったかなと俺は少し反省する。



「すまない……。それでこんなところで何か捜し物か?」

「うん、ちょうど有場さんを探していたの。ほらっ、有場さんってうちのアパートも借りたままでしょ? 郵便受けがすごいことになってたから、持ってきてあげたの。でも、その……家がわからなくて――」



 まぁ、確かに初見で隣に見える高い塀の先に館があるなんて思わないもんな。

 俺は大家さんから手紙を受け取る。

 あまり使いそうにはないものばかりだが、何枚かは気になるものがあった。



「ありがとうございます……」

「有場さんがあまりにもアパートに帰ってこないので困っていた人からも手紙を受け取りましたよ。えっと……、確かこれだ」



 大家さんは手紙の中から一つ大きな封筒を抜き出す。

 そこには『株式会社リグルスト』というところからの郵便物だった。

 わざわざ手で運んでくるなんてよほど大切なものなのだろう。


 でも、リグルストってあれだよな?

 確か神楽坂グループに匹敵する大企業……。

 そこの名前がリグルストだった気がする。


 どうしてそんなところから手紙が届いているのだろうか?


 少し不思議に思いながらも、あとからゆっくり読もうと鞄にしまい込んだ。



「もうこんなことにならないように住所の変更するなり、たまに見に来るなりしてくださいね」

「もうしわけありません。次からは気をつけますね」



 軽く頭を下げると大家さんは満足したように頷いていた。



「それで有場さんは……ぱしり?」



 俺が持つ大量のお菓子などが入った袋を見て大家さんは首を傾げる。



「そんなことないですよ! これは勉強を頑張ってる莉愛達への差し入れです」

「へぇー……、やっぱりずいぶんと仲良くなったんですね。……達?」

「えぇ、莉愛の友達も来てるんですよ。一緒に勉強するみたいで――」

「それは有場さんにとっても役得ですね」



 大家さんがニヤリと微笑みながら俺に顔を近づけてくる。



「そんなことないですよ。どうにも部屋に居づらくてこうして買い出しに来てるんですから……」



 すると大家さんは顎に手を当てて少し考え込む。



「よかったら私も一緒に勉強を見てあげようか? こう見えても昔、塾の講師とかしていたんですよ」



 それは莉愛達が喜んでくれそうだ。



「それじゃあお願いしてもよろしいでしょうか?」

「うん、一回につき焼き肉一回ごちそうしてくれるだけで良いですよ」

「さすがにそれは俺の金が持ちませんよ……」



 そう言いながらも手元には未だに手つかずの莉愛から貰った百万円があることを思い出す。


 何か買うときも結局自分の金で払ってしまうんだよな……。


 でも、こういった機会に使うのは悪いことじゃないかもしれない。



「でも、そうですね。莉愛達のテストが終わりましたら、みんなで焼き肉に行くのも良いですね」

「うんうん、そうだよね。それで決定です! それじゃあ行きましょうか!」



 嬉しそうに表情を浮かべる大家さんと一緒に俺は莉愛達が勉強する部屋に戻っていった。

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