第4話 探索
遅くなってしまい申し訳ございません!
翌朝、雪乃は日の出と共に目を覚ました。
昨日はいつもより早く寝たからか、今日は朝からとても気分が良い。ここまで気持ちの良い朝は初めてかもしれない。
太陽の光と赤く染まった僅かな雲。
夜と朝の境界が雪乃の瞳に映り込む。
その神秘的な光景に雪乃は目を奪われ、息をすることすら忘れて、美しくも力強い朝焼けに夢中になった。
雪乃はいつも起きるのが遅く、日の出を見る機会など無いに等しかったので、朝焼けがこんなにも美しいことを初めて知ったのだ。
早起きは三文の徳というけれど、それ以上に価値があるものだと、雪乃はたった今確信した。
それほどまでに美しい朝焼けだった。
だんだん昇ってくる朝日の輝きが目に眩しい。
雪乃は起き上がってぐーっと伸びをして、朝の静けさと爽快感に浸る。冷たい空気を吸い込むと、霧が晴れたように頭がシャキッとしてくる。
ふと、雪乃は自分の喉が渇いていることに気づいた。
昨日食べた青い果実が頭に浮かぶ。
確かあれは水分が多かったはずだ。
朝から木登りはしたくなかったが、喉の渇きには耐えられず仕方なく朝食として二、三個取ってくることにした。
リュックに詰めてきた青い果実を一つ取り出し、皮を剥く。
現れた半透明の果肉に齧り付くと、鼻を抜ける芳醇な香りと甘い果汁が口いっぱいに広がり、喉を潤していく。
それと同時に、雪乃の心も満たしていった。
気づけば、あっという間に三個目も平らげてしまっていた。
雪乃はお腹の中に収まった果実の余韻を楽しむ。
果実の甘味が身体中に染み渡り、僅かに残っていた昨日の体の疲れや心の疲れが吹き飛んでいく。
何もする事がないので、雪乃はしばらく食虫果実を眺めながらお腹を休めていた。
「ぐわっ」
しましまの果実が裂けて、虫を取り込む。
「…………」
いつ見てもあの光景は気持ち悪い。
そういえば、あの果実が取り込むのは本当に虫だけなのだろうか?
人間を食べたりはしないのか。
果実は雪乃の両手に収まるほどの大きさしかないので、そのようなことは起こらないはずだ。
しかしその事実は、今の雪乃の頭の中からはすっかり消えていて、もしかしたらあの果実に食べられるかもしれないという思いに埋め尽くされていた。
とにかくあの果実が生っている木には絶対に近づかないようにしよう、近付かないかぎり食べられることはない、と思いたい。
もうあの果実は見ないようにしようと思い、雪乃は正反対にある星型の果実の木の近くに移動した。
しばらく経ってお腹も休まった頃、雪乃は再び木登りを開始した。
今日は少し森の中を見て歩きたいと思う。
そのために、携帯用の果実を持って行こうとしていたのだ。
選んだのは、硬くて痛みづらそうな星型の果実。
一番近くに生えている木からその果実を五個ほどもぎ取って、リュックに詰め込む。
いつまでもここに居続けるわけにはいかない。
人は果実だけでは生きていけないだろう。
これから毎日少しずつこの森を探索して、森の出口を探そうと思っている。
昨日、寝る前に夜空を見ながら考えていたことだが、毎日少しずつこの森を探索して、日が暮れる前にここに戻って夜を明かす。
それが現状一番危険が少なく、かつ確実に森から出られる方法のはずだ。
雪乃はさっそく歩き始める。
朝でも薄暗くじめっとした場所に一瞬足が竦むが、意を決して雪乃は足を踏み出した。
道に迷わないように、拾った石で近くの木に少し傷を付けながら歩いていく。
森の中はさっきまで居た所とは打って変わって、小鳥のさえずりも聞こえなくなり、綺麗な野花はどこにも見当たらなかった。
静まり返る陰気な森。
しかし、確かに感じる多くの生き物の気配。
一瞬、誰かに見られているような気がした。
気味が悪い、怖い、帰りたい。
周囲のうす暗さと湿っぽさが纏わりついて、とても肌寒く感じる。そのせいか、雪乃の中の不安と心細さが増幅していき、徐々に体が震え出す。
溢れ出てくる恐怖心に押し潰されて、歩き続けることに大きな抵抗を感じた雪乃だったが、足を止めると動けなくなりそうな気がして、身を硬くしながらも必死に足を動かした。
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しばらく歩いていると、ようやくこの雰囲気にも慣れてきたようで、今まで目に入っていなかった森の様子を観察できる程に心に余裕を持てるようになってきた。
そして、だいぶ時間が経っていることに今更ながら気づく。
森の中はずっとうす暗く、太陽が見えないので忘れていた。
何が起こるかわからない森の中だ、明るいうちにここら辺で来た道を戻ったほうがいいだろう。
雪乃は近くの木に印を付けてから、今まで付けてきた印を頼りに歩き始めた。
あれからしばらく歩き続けて、ようやく無事にいつもの場所に戻ってくることができた。
雪乃は強い日差しに目を細める。
久しぶりに日の光を見たような気がする。
森の中での出来事は都会暮らしだった雪乃にはどれも刺激が強いものだった。
(そういえば、何も食べていなかった……)
雪乃はリュックの中の果実を思い出す。
携帯用に持って行ったが、食べる余裕もなく忘れていたのだ。
果実を食べ終えると、今まで感じなかった疲労が押し寄せてきた。
普段運動していない雪乃に追い打ちをかけるかの様な地面を歩いたせいか、足がとても重たく感じる。
雪乃はひと息つけた安心感と満腹感、太陽の光の暖かさでだんだん眠くなってきた。
ついに耐えられなくなって、草の上に横になる。
柔らかな風と暖かい光が心地よい。
雪乃は体が地面に沈み込んでいくかのような感覚になった。
だんだん瞼が重くなっていき、ついに雪乃は目を閉じる。
小鳥のさえずりを子守唄に、ゆっくりと雪乃の意識は夢の中へと落ちてゆく…………。