第3話 食虫果実
第2話の前半を少し変えました。
なので、分かりづらい部分があると思います。
本当に申し訳ございません。
しばらくして、雪乃は冷静さを取り戻した。
ふと、あの時の光の中の誰かの言葉を思い出す。
『異界に再び生を授けん』
ここが「異界」なのだろうか。
(……えっ? 異世界?)
雪乃はもうすでに地球では死亡したことになっている。もう雪乃の地球での居場所はとっくに無くなっていた。
雪乃は急に心細くなってきた。
知らない世界にひとりぼっち。
もう家族には会えないという事実は、雪乃に強い衝撃と悲しみを与えた。それと同時に、不安が雪乃の心を支配する。人と接するのが苦手な雪乃にとって、頼れる人がいない見知らぬ土地というのは、ハードルが高すぎる。
もしここが本当に異世界ならば、地球の森以上にこの森は危険だ。早くこの森を抜けて人がいる場所に行かなければならないだろう。
しかし、今から歩いてこの森を抜け出すことは不可能。
____雪乃はこの森に来たばかりだ。
慣れない森の中をむやみに歩きまわって道に迷いでもしたら、一巻の終わりである。
とりあえず当分の食べ物や安全に寝られる場所を確保しなければならない。
おそらく、この場所は今まで雪乃が寝ていても何も襲ってこなかったので比較的安全だろう。
少なくとも向こうに見える、鬱蒼とした不気味な場所よりは。
それに、ここにいると何かに包み込まれているような安心感を感じる。雪乃は己の直感を信じることにした。
雪乃がいる、明るく開けた場所と木々の群れの境界線上の木々には、色とりどりの果実がたわわに実っていた。
これを食べることが出来たら、当分は食べ物には苦労しないほどの量はある。
いくつかの種類の実があったが、どれも雪乃には見覚えがなかった。
桃のような形をした青いものや、
星のようにとげとげした濃い紫のもの、
楕円形で赤と黄のしま模様のもの。
どれも毒々しい見た目をしている。
しかし、食べられそうな物は今のところあの果実だけだ。少し躊躇いはあるが、雪乃はとりあえず全ての種類の果実を一つずつ取って来ることにした。
中身を抜いたリュックを背負い、木に足を掛け、枝を掴む。
数年ぶりに木に登ったが、意外と体が覚えているようで、雪乃はほっとした。が、制服を着ているせいで、とてつもなく動きづらく、なかなか思うように登れない。
苦戦しつつも、なんとか目の前に果実がある位置まで登った。
雪乃は必死に手を伸ばし、果実をもぎ取る。
リュックの中に潰れないようにそっと入れる。
雪乃はどうにか木から降りて、上着の中の果実を確認した。
最初に取ってきたのは青い果実だ。
草の上に座り、果実をしげしげと見つめる。
色は青だが、形も香りも桃だ……。
皮があるかもしれないと思い、雪乃は果実の表面を引っかいた。
中から現れたのは半透明の白っぽい果肉。
そこまで毒は無さそうだと思い、雪乃は意を決して舐めってみる。
(甘い……桃の味がする……)
普通に桃だった。
舌も痺れない。
……齧ってみる。
くにゅっという食感で、雪乃は前にジュースの中に入っていたナタデココを思い出した。
雪乃はナタデココが大好きだ。
無言で目を輝かせ、口元も少し緩んでいた。
(桃味のナタデココ、とても美味しい!)
青い桃を食べ終えた後、雪乃は星型の果実を取りに行った。さっきと同じように、リュックに入れて木から降りる。
そして、同じように観察する。
表面がツヤツヤしていて、硬そうな果実だ。
雪乃はとがっているところを折ってみる。
「パキッ」
濃い紫に包まれていた白く瑞々しい果肉が顔を出す。
舐めってみると、少し酸っぱい苺のような味がした。舌にも異常はない。
齧ってみる。
サクサクとしたリンゴのような食感で、苺の味に違和感を感じたが、慣れると普通に美味しかった。
雪乃は星型の果実を食べながら、次に取りに行こうと思っているしま模様の果実をぼんやり眺めていた。
その時、雪乃が何気なく見ていたある一つの果実に、大きめの虫が止まった……。
次の瞬間、果実はお尻の方からクリオネのように
「ぐわっ」と裂け、虫を取り込んだ。
「…………」
虫入りの果実は、何事も無かったかのように元の形に戻っていた。しかし、取り込まれた虫はまだ生きているのか、果実が不自然に揺れ動いている。
雪乃はその光景を、息を呑んで見つめていた。
そして、自分がどれほど恐ろしいことをしようとしていたのか気付き、鳥肌が立った。
あの虫がいなければ、雪乃はあの虫エキスがたっぷりの食虫果実を食べていたかもしれない。
「虫さん、気づかせてくれてありがとう……」
思わず独り言が漏れた。
気づけばだいぶ日も傾き、空には水色とオレンジのグラデーションが出来ている。
雪乃は草の上に寝転がり、空を眺めながら今日の出来事を振り返っていた。
(それにしてもここは見た事の無いものが多いな)
やはりここは異世界なのかもしれない。
(そうだ)
雪乃は今日分かった情報をノートにまとめることを思いつく。
リュックから取り出した中身の中から、数冊のノートとペンケースを拾い、果実の事を書いた。
°○*°○*°○*°○*°○*°○*°○*°○*°○*°○*
もう辺りはすっかり暗くなり、月明かりが寝静まった雪乃と草花たちをほのかに照らしていた。