第1話 白と桜と紅と
……キーンコーンカーンコーン____
「やっと終わったー!」
いち早く学校から出てきた少女の顔は、教室に居た時とはまるで別人のようで、珍しく年相応に子供っぽく晴れ渡っていた。
しかし、それは続かなかった。
少女の顔に再び影が差す。
なぜなら少女には悩み事があるからだ。
中学に入ってから1ヶ月が過ぎようとしている。
しかし、少女は未だに学校に馴染めていない。
髪を人差し指に絡ませながら、ひとり物憂げな表情で桜並木の道を歩く。そんな少女の髪に一枚の薄桃色の花びらが落ちた。
透き通るような白い肌、
ほんのりと色づいた淡い唇、
春風に揺れて光を反射する美しい白髪、
そして、深海を閉じ込めたような蒼い瞳。
目が醒めるような純白の美少女。それは少女の人見知りと相まって、近寄り難いものを感じさせた。
そう、少女____神無月 雪乃は、アルビノだ。
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その日も雪乃はいつものように桜の絨毯の上を歩いていた。
上を見上げると、昨日までの雨が嘘のように感じるほどの、吸い込まれそうな清々しい青空が広がっている。快晴だ。
いつの間にか桜もほとんど散ってしまい、青々をした葉が顔を覗かせつつあった。
空気もすっかり様変わりして、初夏の独特の蒸し暑さが雪乃にまとわりつき、雪乃は思わず顔をしかめた。
……ああ、夏がやってくる。
だが、雪乃にはまだ友達が出来ていなかった。
半ば友達の存在を諦めつつ、ひとりぼんやりと景色を眺めて歩いていた。
(私は夏が嫌いだ。
虫が多いし、何より長袖を着るのが嫌だ。
だからといって、日焼けするのはもっと嫌だ。
でも……出来ることなら太陽が照りつける真夏の海で友達と泳いでみたい。)
しかしそれは叶わない夢。
雪乃は何度も自分の体質を呪った。
本当は分かっている。
いつも体質のせいにして、自分自身と向き合うことを拒絶する弱い自分が惨めで惨めで、涙がこみ上げてきた。
雪乃は立ち止まり、天を仰ぐ。
ひと粒の雫が頬を伝って流れ落ちていく。
突如、雪乃の身体に強い衝撃が走った____。
何が起こったのか、気づけば雪乃は踏み潰された花弁の海に身を投げ出していた。
一瞬のことで、雪乃は理解ができず、ただ目の前にある、散った桜の花びらを呆然と見ていた。
視界の隅に黒い車体が映る。
どうやらあれに轢かれたらしい。
地面の桜が、雪乃の紅に染まっていく。
失われてゆく体温が、嫌でも自分が確実に死に向かっていることを実感させられる。
……家族で色々な所に旅行に行った。
小学校の頃は、数少ない友達もいた。
皆は今頃どうしているだろうか。
今までの思い出が走馬灯のように、目の前にぼんやりと映り出す。
意識が遠のいていく中、雪乃は思った。
(次に生まれ変わるなら、普通の女の子になりたい)
血に染まった桜の下、雪乃は静かに息を引き取った。